第三百三話 意外と『てくにしゃん』らしい
「では若輩の身ではありますが、立会人はこのゲツヤが務めさせて頂きます」
俺たちのそばに控えるのは、普段の剣士衣装ではなく、少し派手な格好のゲツヤ。こちらも相撲を行う際の審判者の姿らしい。たかだか裸の『じゃれあい』にしては物々しいが、片割れが将軍家の長男ともなれば様式美が求められるのだと言う。
「おう、やれやれ。やったれぇ! わははははは」
一方でその主君といえば、軒先に腰を下ろし真昼間から酒を煽って非常にご機嫌である。しかも、傍には俺たちが利用させてもらっている宿の従業員──極上の美女を侍らせ、お酌をさせている始末である。
「今更だけど、あんな弟を持って苦労するなぁあんた」
「……アレの下につくかと考えると、いささか早まったかと思わなくもない」
ランガとしては、既にロウザの傘下に入ると誓った上に、俺との立ち合いに口添えまでしてもらった立場である。文句の述べるのは義理に反するものの、文句の一つも言えないのは流石に同情する。
また、この様子は他にも多くの者たちからも注目されていた。
ロウザとランガ、それぞれの家臣団が集っている。両陣営の合流ということもあり、親善会にも近い役割もあるのだ。ロウザもその辺りを考えて、ランガの申し込みを受け入れたのだ──酔っ払ってる姿からは想像できないが。
もちろん、ロウザもこれで万事が上手く進むとは考えていない。血を流すような間柄では無かったとは言え、先日までは競争相手同士。一朝一夕で仲良く手を結ぶのは難しい。
それでも、これを切っ掛けにして徐々に融和を進めていくのだと語っていた。
酔っ払いでも、ちゃんと考えているのだ。
「お二人がた、そろそろ」
ゲツヤの声を受けて、俺たちは距離を取る。
腰を深く落として前屈みになると、拳を作った片手を地に付ける。
これも相撲独特の構えだ。
緩み切っていた空気が締まり、緊張の糸が張り詰める。
いわばこれはお遊びの範疇を越えはしないのだろう。
厄獣や悪党の討伐に比べれば気安いものだ。
──だからと言って、手を抜いて良い道理もまた無かった。
開始の合図は立会人が宣誓するのではない。
両者の拳が揃って地についた時。
その瞬間を互いに見逃さず、俺とランガは同時に踏み出した。
腰を深く落とした体勢から出せ、かつ威力のある攻撃を考えれば実にシンプル。踏み込みの速度に全体重を乗せた体当たりだ。
「どっせいやぁっ!」
「──ッッ!」
申し合わせた訳ではないのに、俺とランガは共に肩から全力でぶつかり合った。途端、人間相手とは思えない、とてつもない反動が返ってきた。厄獣と衝突したと思った方がまだ納得できるほどの威力が肩から伝わってくる。
それでも、最初のぶつかり合いを制したのは俺の方だ。ランガの巨体が当たり負けし後ずさる様に周りが騒然となる。
構わず俺は腕を振りかぶり、拳を叩きようと振りかぶる。相手の膝や腕が地についた時点で勝ちが決まるのであれば、よろめいているところに更に一撃を食らわせてやれば倒すのは簡単だ。
が、バランスを崩したと思いきや、ランガは即座に体勢を立て直すと俺が繰り出した拳を半回転しながら横に回避。すれ違いざまに俺の廻しを掴むと、勢いそのままに投げ飛ばす。
「ぬぅぅんっ!」
「おっとぉぉぉぉ!?」
──ズンっ!!
咄嗟に足を前方に出すと、手加減せずに全力で踏みとどまったからか、微かに地面が揺れた。
廻しを掴んでいる腕を叩いて引き剥がすと、一旦ランガとの距離を取った。
「あっぶねぇ……最初の当たり負けは囮かよ」
強引に転倒は免れたが、反応があと少しでも遅れていればそのまま投げ出されて終わりだった。地面に倒れた方が負けという単純な勝敗ではあるものの、だからこ一瞬で決まりうるその緊張感を存分に味合わされた。
「いや、潰す気持ちで行ったというのに、よもや巨岩の大山に衝突したかと思ったほどだ」
ぶつかり赤くなった肩を手で押さえるランガ。表情は変わらずの仏頂面であるものの、声色はどことなく楽しそうだ。俺としても、こうした気兼ねのない純粋な力比べというのは爽快感がある。
「さぁ、まだまだ行くぞ」
「おっしゃぁこいやぁ!」
ユキナとランガの相撲勝負が始まり、集った家臣たちは最初は驚愕した。
エガワ将軍家長男ランガは、サンモト軍を纏め上げる総大将としての才覚もさることながら、その実力は間違いなく最強格。特にその膂力は、身の丈を超える大岩をも担ぎ上げ投げ飛ばすほどと称されるほどだ。
その剛腕の持ち主であるランガが、異国からやってきた青年に当たり負けしたと言うのだからこれで驚かない方が無理というものだ。衝突の際にその激しさの余波が、遠間で見守っているものたちにまで届くほどであった。
「始まるまでは少し剣呑気味だったけど、案外大丈夫そうね」
「ランガ様とまともにぶつかり合える人間など、この城どころかサンモト全土を探しても片手指程にもいませんからね。並々ならぬ衝撃は確実でしょ」
当初の興奮も少しは冷めたようで、のんびりと用意されたお茶を啜るキュネイとミカゲ。普段から傭兵としての活動し同行しているため、この程度は茶飯事だ。今更驚くほどでもない。
「俺としちゃぁむしろ、ダーリンの体当たりを喰らって、あの程度で済んでるのが驚きだよ。つか今も、真正面から殴り合ってるじゃねぇか。どうなってんだよ」
眉を顰めるリードの視線が向かう先では、ユキナが硬く握りしめた拳をランガが半身を前に出して二の腕で受け止める。完全には踏みとどまれずとも僅かに後退するだけにとどめ、返しとばかりに指を開いた手の平の『底』で迎え撃つ。まるで牽制の速度で次々と打ち込まれる掌底でありながら、受けるユキナの表情は苦い。一発一発に含まれている衝撃の重さを物語っていた。
「多くの者が誤解しておりますが、ランガ様はただの力自慢ではありません。ご自身の膂力を存分に活かす術を身につけておられる。簡単に言えば、身体の使い方が抜群に上手いのです」
当人が類稀なる剛力の持ち主であるのは間違いない。ランガはその己の肉体が持つ力を十二分に発揮する技術を磨いているのだ。
ユキナの拳を受け止める際には、最も衝撃を逃がしやすい位置とタイミングを計り、掌底を繰り出す時には己の腕力と体重が存分に乗り、かつユキナが防ぎにく角度と部位を見極めているのである。
「見かけによらず技巧派なのね」
「とはいえ、大体の者は、その『技』をランガ様に使わせる前に地に伏しているでしょう」
どっしりと腰を落とした構えで腕を振るっていると思いきや、時には機敏な足つきで体を入れ替えてユキナの攻撃を捌いている。
「つって、長男も厳しそうな面してんな」
リードの目には、ランガの表情が最初よりも若干だが険しいように映っていた。
「他ならぬユキナ様が相手なのです。神経もすり減りましょう」
実力を十全に発揮しながらも拮抗し、あるいは上回るほどの怪力無双と相対しているともなれば、緊張の連続で重圧も並大抵では無い。
「でも、なんだかんだで楽しそうね、あの二人。この催しの切っ掛けとか思惑とか、どうでも良くなってそうよ」
「ランガ様も全力を発揮して立ち会うのが久しぶりでしょうし、ユキナ様にしても力で真っ向から向かってくる相手というのは珍しいですから」
「男の人って単純よねぇ」と、穏やかな表情の三人が見守る中で、男二人は愉快げに戯れあっていた。
『相撲』とは書いてますが、多分現代日本の相撲ルールとは違ったりしてますのでご了承ください
心にいつも「ふぁぁぁぁんたずぃぃぃぃぃぃ!」の精神を宿しておくとラノベは楽しめると思います。




