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昔馴染み

「トルテ。お兄様の所へ、手紙を届けてきてちょうだい」

 レジーナに命じられたトルテが、スカートの裾をちょこんと摘まんで片足を引く。

「…………はい」

 礼儀正しい所作とは裏腹に、いかにも不満げな返事だった。

 この最年少の侍女は、主人の傍から遠くに離れたがらないのである。

「あとこれ、お小遣いね。帰りに好きなものを食べてきなさい」

「おまかせ、お嬢様」

 即答する現金なトルテに、レジーナは苦笑した。


 ◆


 王都の住民は、頻繁にカフェを利用する。

 ちょっと暇があれば立ち寄って、くつろぎのひと時を楽しむ。

 瀟洒な高級店から労働者が気軽に入れる店など、店構えも客層に合わせた様々だ。

 その中には、甘味を売りにしているカフェもあった。


 街路にテーブルを並べたオープンカフェに、お仕着せ姿のトルテがいた。

 閑静な裏通りで、時間帯のせいもあってか他に客の姿はない。

 カフェの店員が、彼女の前に注文のスイーツを置いて去った。

 それは生クリームをのせ、たっぷり蜂蜜を垂らしたパンケーキだ。

 トルテはナイフとフォークを構えると、真剣な面持ちで切り分ける。

 全てを均等に分割してからフォークを突き刺し、ぱくりと口に入れた。

 ゆっくりと咀嚼してから呑み込んだ後、コクコクと何度も頷く。

 かなりお気に召したらしい。


「へえっ! 美味しそうなの食べてるね!」

 いきなり背後から、底抜けに陽気な声を掛けられる。

「ねえ! あっちと同じものをちょうだい!」

 トルテの耳に、ガタガタと椅子に座る音と、注文の声が聞こえた。


 トルテは席に座る際、用心深く周囲を見渡しやすい位置を選んでいる。

 にもかかわらず背後の人物は、視界に入らず気配も感じさせないで接近した。

 しかしトルテは、微塵も動揺を見せない。

 生クリームと蜂蜜の濃厚な甘さと、しっとりしたパンケーキのハーモニー。

 人生最後になるかもしれないスイーツを、心ゆくまで堪能した。


「なにこれ!? あまっ! 甘すぎるよ!?」

 同じパンケーキを食べたのか、騒々しい声があがる。

 気に入ったスイーツを貶され、トルテは黙っていられなくなった。

 甘ければ甘いほど正義だと、剣呑な眼差しになる。

「イノ、うるさい。騒ぐな。あっちいけ」


 トルテの背後にいるのは、戦鬼リオンの仲間、イノ。

 リオンをご主人様と呼んで慕い、隠密仕事をこなす少女である。


「ひさしぶりだねー! 生きてたんだねー! 良かったー!」

 イノの台詞から察するに、二人が顔見知りであることがうかがえる。

 しかしトルテは無視して、黙々とパンケーキを食べ続けた。

「二年ぶりぐらいかな! トルテは元気だった? わたしは元気だよ!」

「…………」

「でも、おっかしーの! あのトルテが堅気の仕事をしているなんて!」

 ケラケラと、イノが愉快そうに笑う。

「しかも貴族のお嬢様の侍女とか! まるっきり似合わないよね!」

「…………用は、なに?」

 いつまでも続きそうなお喋りに、トルテは根負けして応じる。

「別にー? たまたま偶然、昔馴染みを見掛けたから、挨拶しようと思っただけだよー?」

「…………白々しい」

「懐かしいねー。昔はパンを半分に割って、仲良く食べたっけー」

「…………いつも大きい方、とられた」

「うえっ!? まだ根に持っているの!」

「…………別に」

 昔話なんか持ち出してもほだされはしないと、トルテの態度は頑なだ。


「ねえねえ! 貴族様の侍女って、稼ぎは良いの?」

「…………」

「もしなんだったら、良い小遣い稼ぎの口があるんだけどなー?」

「…………詳しく」

 興味を惹かれたように、トルテが続きを促す。

「とっても簡単なお仕事だよ! スターシフのお嬢様の情報を、こっちに流すだけ!」

「…………ふむ」

 パンケーキの最後の一口を食べ終えると、トルテはフォークを置く。


 ガシャンッ

 トルテの蹴り飛ばした椅子が、イノの椅子と激しく衝突した。


 タンっと、トルテはテーブルを叩いて飛び越え、膝をついて着地する。

 ふわりとスカートの裾がめくれ、太腿のベルトに差したナイフを引き抜く。

 屈んだ格好のままで独楽のように回転し、投擲体勢に入った。

 追尾【三】 発―――― 


「もー、いきなりなにすんのよー」

 能天気な声が、後頭部に降ってきた。

 視線の先には、既にイノの姿はない。

 トルテの目元が緊張し、状況を分析する。


 イノは自分の動きに追随して、死角へ回り込んだのだ。

 二年前よりもスキルに磨きが掛かり、体術の差もかなり開いている。

 近接戦闘に関しては、どうあがいても敵わないとトルテは悟った。


「荒事はナシ! 平和的に話し合おうよー」

 しかしイノの方も、それほど余裕がある訳ではない。

 トルテが所持する追尾スキルの恐ろしさを、誰よりも熟知しているからだ。


 視認するだけで標的として捉え、どこに隠れようとも位置の特定が可能。

 さらに弓などを使用すれば、矢は運動量の限り標的を追い続ける。

 トルテが手段を選ばず執拗に付け狙ったら、逃れる術はほとんどない。

 イノにしてみれば、絶対に敵に回したくない相手なのである。


「……なにが、目的?」

 身動きの取れないトルテが、低い声で尋ねる。

「あのねー? いま押さえている標的、ぜんぶ解除してくれない?」

「…………なんで?」

 意外な要求だったのか、トルテの声には戸惑いがあった。


 追尾は高性能なスキルだが、幾つか制限もある。

 たとえば標的として確保して置ける枠は、三つしかない。

 その三つを解除しろと、イノが頼みという形で脅している。

 現在、第一の枠は主人であるレジーナ、第二の枠はヨシタツを収めている。

 この二つの枠が、イノの思惑と関係があるとは考えられない。

 あるとすれば新たに追加した第三の枠だろう。


「アレか…………」

 あの日、レジーナの友人と付き人、それに王女と一緒に訪れた、四人目の人物。

「そう! 実はなんと! わたしのご主人様なんだぞ!」

 イノが堂々と、自慢げに告げた。

「やー、失敗だったなー。もっと早くトルテに気付いてたら、絶対に会わせなかったのになー」

「…………」

「トルテさー。ご主人様のこと、標的にしたでしょ?」

 イノの問い掛けには確信と、刃のごとき凄みが込められている。

「…………」

「まあ、ご主人様だから仕方ないっかー。鼻の効くトルテが、見逃すはずないもんね!」


 危険人物に対して、トルテは独特の勘が働く。

 だから最初はヨシタツを警戒し、今では弟分であるキールを拘束しようとした。

 そして直感的な脅威を感じ、リオンを追尾スキルの標的にしたのである。


「ねーねー、一生のお願いだから! お礼に――」

「――解除した」

「はやっ!?」

「めんどうなのは、めんどう」

 イノに絡まれるよりは要求を呑んだ方が楽だと、トルテは即決した。

 後で改めてレジーナを枠に入れておけば、当面は問題ない。

「その代わり、お嬢様にかかわるな」

 自分やレジーナの周囲を嗅ぎまわっていると知ったトルテは、イノに釘をさす。

「…………はいはい、りょーかい」


 本当にトルテが追尾スキルを解除したのか、イノが本気で約束を守るのか。

 彼女達は、改めて確認するような無駄な真似はしない。

 裏切れば、言い訳も詭弁も屁理屈も通じない。

 容赦ない報復は、周囲の人間も対象となる。

 そういう常識の中で、二人は生きてきたのである。


「トルテが物分かり良くて助かったー。これでひと安心だよ!」

「…………」

「最近のご主人様、珍しくやる気出しててねー?」

 邪魔されたら困るのだと、イノは笑う。

「お嬢様に害がないのなら」

 こちらから干渉するつもりはなかったのにと、トルテは思う。

「ほら、スターシフとグランドルフのお嬢様方が、お友達だからね?」

「ふーん?」

 意味が分からないのか、トルテは生返事である。


「ところでさ、スターシフのお嬢様って、トルテの過去を知っているの?」

「…………うん」

「へえ? それでよく、トルテを傍においておけるね?」

 身の危険を感じないのかと、イノは呆れ気味に尋ねる。

「…………お嬢様は、ちょっとおバカ。厄介者ばかり、かかえ込む」

 トルテの口調が、温かく柔らかいものになる。

「でも貴族様なんだから、いずれ使い潰されるよ?」

 逆にイノの声が一瞬、ひやりとした響きを伴う。

「…………それでも、かまわない」

「えっ?」


 トルテは、女主人に対して不満を抱いている。

 ちゃんと貴族らしく配下を駒のように扱い、自身は安全な場所に引っ込んでいてほしいのだ。


「でも、お嬢様には無理」

 しかし現実は真逆で、情に厚く侍女達を友と呼び、災難から遠ざけようとするお人好しである。

 さらに自ら火中に飛び込む気性とあっては、護衛役のつもりでいるトルテの心配は尽きない。


「ほんと、困る」

 でも、そんな主人(レジーナ)だから、トルテは大好きなのだ。

 矛盾する自分の想いに、彼女は困り果てていた。



「……そっかー。トルテも、自分の居場所を見つけたんだねー」

 これはスカウトは無理だなと、イノは諦める。

 トルテが仲間に加われば、きっと主人(リオン)の役に立つと考えていたのだ。

「さて」

 トルテは立ち上がって膝の埃を払うと、イノから離れて歩き出した。

「トルテ、帰るの?」

 数年ぶりの再会なのに、お互いの顔を見ることさえできない。

 そんな一抹の寂しさが感じられた。

「イノ」

「なーに、トルテ?」

「…………あと、よろしく」

「え?」


「………あの、お客様。よろしいですか?」

 そこに店員の声が割り込んだ。

「壊した椅子を弁償して頂きたいのですが」

「え? いや、ちょ、ちょっと! なんでわたしが!?」

 イノの焦った声を聞きながら、トルテは足を早める。

「お友達の分の支払いが、まだなのですが……」

「こらっ! トルテ――――!!」


 叫ぶイノを置き去りにして、トルテは一目散に逃げ出した。


 ◆


「お嬢様、ただいま」

「お帰り、トルテ」

 アパートに戻ったトルテは、レジーナにお使いの首尾を報告した。

 イノとの遭遇については口をつぐむ。

 面倒事に首を突っ込んでほしくないからだ。


「みんなは?」

 報告を終えると、トルテは弟分と同僚達の居場所を確認する。

「厨房じゃない? どうかしたの?」

「クッキー、買ってきた」

「あら、気が利くのね」

 渡したお小遣いで、お土産を買ってくるとは。

 出会った頃は殺伐としていた少女の成長ぶりが、レジーナには感慨深い。

 実際はイノに奢らせ、お小遣いが残ったからなのだが。


「それじゃお茶を淹れて、皆で頂きましょうか」

 レジーナが嬉しそうに提案すると、トルテが小首を傾げる。

「お嬢様の分は、ない」

「ちょっと! なんでわたしだけ仲間外れなの!?」

「うそ。ちゃんと、ある」

「トルテ!!」

 レジーナが顔を真っ赤にして怒り、ダンッと床を踏む。


 トルテの口元に、ちらりと笑みが浮かんで消えた。

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