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塔の上  作者: 八尾文月
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神はいない 13



 ファビナは口元を扇で隠す。


「罰が当たったのですわ」


 仄かな暗さを覗かせて囁いた。


「あの二人は人を、地を蔑ろにし過ぎたのです。その付けを払わされたのでしょう」


 ファビナの目は、少し離れた場所で談笑しているレノアに向けられている。アルフィードもその視線を追い、婚約者の姿を見て目を細めた。

 艶やかに輝く栗色の髪が、黒く染まっていたのは半年程前のこと。

 その原因となった者達が誰か、ファビナもアルフィードも知っていた。


「所詮、王の器ではなかったのです。だから碌なことにならなかった」


 喜ばしい祝宴に相応しくない毒を、ファビナはあえてアルフィードに聞かせる。


「どのみち引導を渡すつもりだったのですから。それが遅いか早いかの違いしかありません」


 ファビナにしてみればどちらも父とも兄とも呼ぶに値しない人間で、元々から姉の幸せに口出しさせる気もなかったのだ。


「地獄でも生温い。奈落の底へ落ちぶれて、這い上がることなく朽ちていけばいい」


 穏やかな姉と比べて妹は随分と気性が荒いらしい、とアルフィードは内心で呟いた。

 先程から、一国の王女にあるまじき言動である。


「それで、彼らは君の願った通りになったのかい?」


 その問いに、ファビナは微笑んで軽く首を傾げた。その仕草は、先程の発言をした者とは思えない程に可愛らしい。


「アルフィード様、王宮とは不思議な場所ですわ。正気ならば必要もない奥深い地下にまで、入り組んだ廊下と部屋をわざわざ作っているのですから」


 ただし、可憐であっても紡がれる言葉は変わらず冷然としていた。

 何せ、実の父と兄を秘された地下牢に閉じ込めたのだと言外に告げているのだから。


 アルフィードは不思議そうに片眉を上げた。


「塔にはしなかったのだね」

「あら」


 艶やかな紅唇の両端がつり上がる。


「これでも気を遣いましたのよ。思い出の場所だと思ったものですから。現実で姉様と初めて会った場所ですものね?」

「…それは、ありがとうというべきなのかな?」

「礼には及びませんわ」


 珍しく表情を作り損ねたアルフィードと、してやったりといった顔でほくそ笑むファビナ。


 しばらくして、アルフィードは苦笑した。


「君は相変わらずレノアが大好きだね」


 出会って早々に威嚇されたのは記憶に新しい。


「当たり前ですわ。あの人は私の大事な姉様ですもの」


 ファビナはアルフィードの目を真っ直ぐに見つめた。


「姉様を幸せにして下さい。これ以上はないというくらいに」


 その瞳が強く強く煌めく。


「姉様を悲しませることは許しません。万が一泣かせたときは、死ぬ方がマシだと言う目に合わせて見せましょう」


 王者よりも尊大に、彼女は自国よりも遥かに強大な国の王子に言い放った。


「貴方は姉様を、世界で一番幸せにする義務があるのですから」


 その言葉に、アルフィードは知る。ファビナがレノアの最初の妹であり、同時に一番の騎士であるということを。


「…君も、クラトリスに来るかい?」


 アルフィードの言葉に、ファビナは首を横に振った。


「これからは、貴方が姉様を守っていってくれますでしょう?」


 この胡散臭いが有能な男と王太子妃としての身分は、余程のことがない限りレノアを守ってくれるだろう。それだけの力は持っている。


「しかし、弟妹達はそうは行きません。キーリは?ユリファスは?サリーシャ、マリーシャ、トゥーリにショウン。私までこの国を出れば、誰が彼らを守ってくれるでしょう?」


 特にユリファスは王として、これから国を治めていなければならない。

 王を諌めた家臣が宮廷から遠ざけられ奸臣が多く蔓延っていた王宮は、未だ荒れている。そのすべてを弟だけに押し付けようと思う程、ファビナは非道ではなかった。レノアとて、まだ幼い弟妹のことが心残りに違いない。

 姉が自分達のために自らの幸せを捨てるような選択をするなんて、ファビナには許せないのだ。ならば、自分がこの城にいればいい。そうすれば、姉は安心してくれるだろう。


 あとはクラトリスで大規模な催し物があるときにでも王宮へ弟妹達を送り込めば、レノアに彼らの姿と成長を見せることもできる。

 国王となるユリファスだけはそうそう国を出ることもできないために会うのは難しいかもしれないが、それはそれで何とか都合をつければいい。何しろこれからは、同盟を組んだ友好国となるのだから。


「お申し出はありがたいですが、私にはまだ国でやるべきことがありますので私は行けません」


 だから一緒には行かない。ただし、保険は掛けさせてもらおう。


「代わりに一人、侍女をつけさせて頂きます」


 いつの間にか女が一人、ファビナの背後にひっそりと立っている。今は濃紺のドレスを着ていることを除けば、アルフィードは彼女に見覚えがあった。


「既に見知っておいでとは思いますが」

「セリーヌ・ドルテと申します」


 塔の上で会っているにも関わらず改めて名を名乗り、深々と頭を下げる女。


「まだ若いですが、有能な者です。姉様にも、彼女の名を言えば納得してもらえるはず」


 セリーヌは元々からレノアの侍女だった。為す術もなくレノアが連れて行かれたことをファビナと共に嘆き、彼女を救い守るためにと武術と医学を習い始めたほどレノアに心酔している。

 ファビナと交代で塔に登り、レノアの世話をしていたのも彼女だ。


 元々騎士の娘であるセリーヌは、父親の血をしっかりと受け継いでいたらしい。今では騎士を凌ぐ腕前を持った女剣士である。そして父親と同じく、主と定めた者以外には名乗らない。

 真名を主に捧げる彼らは、普段は愛称を本名として生活しているのだ。


 それを正式に名乗ったということは、セリーヌがアルフィードを認めたということ。


「彼女は侍女であり護衛です。何ものからも姉様を守るでしょう」


 人間からも、それ以外からであっても。


 ファビナは居住まいを正し、アルフィードに深く頭を下げた。


「…姉様をよろしくお願いします」


 これから、レノアを守るのはファビナではない。夫となるアルフィードだ。


「約束する」

「ありがとうございます」


 宴の行われている広間の片隅で、アルフィード・カイン・クラトリスはセリーヌ・ドルテを証人としてファビナ・ルイ・ディナントに誓った。

 生涯をかけてレノア・メイリ・ディナントを守り幸せにする、と。









 翌日、王を始めとする王族が門前に勢揃いしていた。


「ファビナ姉様、本当によろしいのですか?」


 キーリが昨日からファビナに問うていたことを再び繰り返す。


「ええ、ユリファスとやらなければならないことがあるから。私の代わりに、姉様の晴れ姿をちゃんと見てきてちょうだいな」


 レノアの出発と同時に、ファビナとユリファス以外の兄弟達もクラトリスに向かう。アルフィードとレノアの婚礼に出席するためだ。残る二人は見送りである。


 式を挙げるのは二ヶ月後。クラトリスで、レノアの弟妹達はディナントの大使の元に滞在する予定だ。

 婚礼はレノアがクラトリスに慣れる間もなく行われるが、特に問題はないのだろう。何せ、ユリファスの即位式でクラトリス王とその王妃とは顔合わせを済ましているのだから。

 一貴族を装ってお忍びでやってきたという彼らだったが、破天荒で規格外なのは国柄なのだろうか。



「レノア姉上」


 ユリファスが微笑みながら声をかける。


「クラトリスに行ってもお元気で」


 手渡すのは、薔薇を模した髪飾りだ。


「ありがとう」


 レノアも微笑み、ここ数年で自分よりも背が高くなりつつある弟の頬に口付けた。ユリファスもキスを返し、アルフィードに睨まれる前にファビナに場を譲る。

 要領の良い弟に苦笑しつつ、ファビナは姉を真っ直ぐに見た。


「レノア姉様」


 包み込むような優しさを持つ目と硬質な光を宿す目、二対の榛色の瞳が交差する。


「レノア姉様、忘れないで下さい。いつまで経っても、ディナントは姉様の故郷だということを。私達が貴女を愛しているということを」


 レノアはファビナを抱き締めた。


「私も、愛してるわ」


 その背に手を回し、ファビナは軽く目を伏せる。


「幸せになって下さい」

「ファビナ、貴女も」


 レノアの言葉に、黙って手に力を込めた。



 レノアとアルフィードの乗った馬車とキーリを始めとする弟妹の乗った馬車、二台の馬車を見送った二人は城内に踵を返す。

 その顔に表情はなかった。





 二ヶ月後、クラトリスで王太子の華々しい婚礼に人々が沸いた日。

 ディナントでは、歴史に残る盛大な粛正が行われた。







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