7話
※
「ちょっと待って。ちょっとまって! ちょっと待ってくださぁいい!」
ウチだってちゃんと説明したい。
今の状況なんですが、楓蓮さんが黒澤くんに代わってから、急に追い詰められた感じがした。
コレは駄目だ。駄目すぎる。
次元の違うレッドゾーンだ!
この事態にすぐに慣れろというのは不可能だ。
今までは女の子だったのがたった2分で男の子に変貌してしまったのだ。
対応できないに決まってる! ビビって当たり前だと思います!
「すみません……楓蓮のままの方が良かったみたいですね。でも……もう入れ替われません。さっき言ったように4時間クールタイムがあって……」
ここで4時間縛りが……
「余計なことをしてしまいました……」
落胆させてしまった。で、でも……
今のウチには励ますという選択肢は選べなかった。
それよりも今の状況を自力でどうにかしなければ!
「ごめんなさい! ちょっとウチ……男の子慣れしてなくて、こう言った経験が……ないだけで」
こんなショボい返答するのが精いっぱいだった。
ダサすぎる……わかってる! でも声に出せたのは奇跡すぎる。
「すみません。三輪さん。本当に余計な事を……」
蓮くんとは面と向かって喋られないことに、今、気がついた。
こんなところで……
白峰家と三輪家の紹介が終わって、後は帰るだけなのに……
ウチにとっては最大の試練が待っていた。
※
「一人で……帰りますから、大丈夫です。色々と考えながら……」
「でもこんな時間に……一人で帰らせる訳にはいきませんので……じゃあ少し離れて。ついて行っていいですか? 」
黒澤くんはたった数分で理解したのだろう。
ウチが黒澤くんになってから、一気に冷静さを失った理由を。
「じゃあ帰ります」
ようやく出発する。
黒澤くんはウチの歩く3メートルほど後ろを歩いてくる。
めちゃくちゃ気を使ってくれている。それがまたツライんだ。
あぁ、情けない。
黒澤くんになって、急に崩れた理由なんてバレバレじゃないか。
それは黒澤くんが異性である。ということでウチが急に意識し始めたのを。
異性になった瞬間、ウチは……女の子のような、メスのような本能が勝手にあふれ出した結果……
見られるだけで意識してしまい、ジャージである事を恥じて、その視線を真っ向から受け取ることが出来なくなっていた。
現金すぎる。楓蓮さんのときは全く感じなかったのに……
自分もただの女だったのだと、身をもって思い知った感じがした。
油断してたんだ。見た目は完全に女の子だったから。
でも、オカンも最初から言ってたじゃないか。男だって!
本人も男だって、そう説明してくれたのに、ウチはクールなフリしてて落ち着いた対応を見せたから……
実際、麗華ママが零斗パパになっても、ウチはその場を読んで明るい表情で凌いだ。その結果、それなら楓連さんも……男に変わっても大丈夫。そう思っても不思議じゃない。
だけど蓋を開けてみると、慌てふためき、目も合わせられない本来のウチの正体がバレたってことだ。
「ごめん。ごめんなさい! ほんとうにごめんなさい!」
ウチは振り返って必死に頭を下げるけど、顔を上げることが出来ない。
肝心の顔を見て喋るという、ごくごく当たり前の対応が出来ない!
「ちょっと時間を下さい。ちゃんと理解できるようになりますから」
蓮くんの足元が見える。すぐそこまで来ている。でも顔を上げられない。
「じゃああの、さっきみたいに手を繋いでくれますか? 心の中で喋れませんか?」
手を差し出してきたのが見えると、ウチは条件反射的に離れてしまっていた。
ビビったんじゃない。もう一つのドス黒い感情が……黒澤くんの手を触れるのを拒絶した。
「ご、ごめんなさい! ち、ちがうっ! 違うんですっ!」
必死に言い訳してると、思いっきりバランスを崩して倒れそうになった瞬間――
蓮くんの手がウチの腕を取って引っ張ってくれた。
「触れてません! 服の上からじゃ大丈夫なんですよね?」
すぐさま手を放してくれた。
確かに服の上からだったので心を読んだり出来ない。
「違う……違うんです……」
もう冷静さなんて完全に吹き飛んでて何を喋っているのか、何を喋ればいいのか、全く分からなかった。ひたすら「違う」と「どういえばいいのか分からない」とか言ってた気がする。
しかも場所は交差点近くだったので人目がある。
「おんぶしていいですか? 肌には触れませんから」
今のウチには選択肢もクソもなかった。言われるがまま身体を預けると、本当に黒澤くんの背中におんぶされてた。
そんな状況よりも、ウチには言わなければならないことがあった。
何で【心の中で話をしたくないのか?】 これの理由を話さないと……そればかり考えていた。
「すません。家を知らないんです。どっちの方向か、教えてくれると嬉しいです。指を指して教えてくれてもいいですよ」
ウチは真っすぐ手を伸ばした。
「分かりました。曲がる時はまた教えてください」
黒澤くんは何も言わず、黙々と歩いていた。
本当に肌が触れていないみたいで、おんぶされているのに彼の心の中は聞こえてこない。
すでにウチの頭の中は「おんぶされている」という恥ずかしすぎる現実はすっぽ抜けてて、なぜ心の中で話すのを拒否したのか。その理由を伝えようとする事で頭がいっぱいになっていた。
冷静に考えてみれば凄い状況なのに、考える時間を黒澤くんが作ってくれたと、そう解釈していた。
それが良かったのだろう。
※
マンションまで到着してしまった。
オートロックなのでこれ以上、おんぶをしてもらう訳にはいかない。
ここだ。ウチはずっとこの瞬間に話そうと、頭の中で覚悟を決めていた。
「ありがとうございます。送ってもらって……」
マンション入口の前で黒澤くんの背中から降りると、意を決して喋りだす。
「まず一つ、先に謝っておかないといけない事があります」
当然、黒澤くんの顔は見れず、足元までしか顔を上げられない。
「顔をみることが……できません」
ウチは正直に言った。
自分で言っておいて、なんて情けないことを言ってるのか、分かってる!
「何故か、と言われても、答えるのが……答えることが……できないです……」
ダメだ。泣きそうになってくるけど、ウチは必死に口を開いた。
「ちょとだけ時間をください。ちゃんと……ちゃんと顔を見て喋るように、なりますので! これ以上は……うぅ……ちょっとだけ……」
そこまでが限界だったみたいで、涙腺が崩壊した瞬間――
「すみませんでした。三輪さん……何も……何も言いませんから……ごめんなさいっ……ごめんねっ……」
謝り続ける黒澤くん。最後にごめんねって言われた時――
まるで楓蓮さんの声で、泣きそうな声で言われたような錯覚に陥った。
そこから感情の壁が崩壊して、涙が止まらなかった。
※
「あの……人の心が読めるのって、あんまり気分のいいものではなくて……」
黒澤くんは、うんと頷いてくれる。
「知りたくないことまで、分かってしまう時があるんです」
そこからウチはちょっとした昔話を黒澤くんに話した。
小学生のころ、人の心を読める能力は、万能だと疑いもしなかった頃にその事件が起こった。
仲が良く、ウチもその子が好きで、凄くいい子だと思ったのに、
ふと、頭の中を読んでみると、その子はウチに笑顔を見せながら――
ウチのことを罵っていたのを読んでしまった。見えてしまった。
それが、人の心を読むのはデメリットがあるのだと、その時初めて知った。
正体を知ってしまったからには、ウチからは仲良くすることが出来なかった。
それなのに、その子はウチと仲良く振舞う。
だからウチはこう思った。
あの時は、たまたま機嫌が悪かったとか、そういう事だったのだと――
だけど心の中を覗くと、やっぱりウチを罵る感情しか見えてこなかった。
そこから人の心を読むのを躊躇うようになった。
特に、自分が大切だと思う人ほど、人の心を読むのが怖くなったのだ。
「さっき、心の中で話そうって言ってくれた時、きっと黒澤くんはウチを励まそうとしてくれたと思う。でもね、真剣な話をしている時ほど……そういうトラウマを植え付けられたことが多くて……」
「怖くて……できなかった」
真剣な話じゃなくて、笑い話や、楽しい話題やそういう空気ならまだ大丈夫なんです。今日だって華凛ちゃんと心の中で話せたのも、そういう空気が全くない状態だったから。
オカンやさおりん以外の人間にこの能力を話すだけでもレアなのに、怖くなかったのはきっと華凛ちゃんみたいな純粋な子供だったからだと思う。ウチを嫌うなんてまだ無かった。楓連さんも華凛ちゃんも、まだ何もウチの事を知らないと思えたから大丈夫だった。
ようやく信頼できそうに思えた時に――
目の前の人間が、変化しただけでパニックになってしまった。
心は同じ人間なのに、それを理解しようとしても、できなかった。
「ごめんね。黒澤は何も悪くなくて、これはウチがやらないといけない、克服しないといけない事だとと分かってます。だから少しだけ……時間をください。少しづつ、お話できるようにしますから……」
黒澤くんは「うん。わかりました」と言ってくれる。
きっと他にも言いたい事があるハズなのに、それ以上は何も言わなかった。
立ち上がると、これは最後に言っていかないといけない。
「ウチは黒澤くんと、仲良くしたいです。それだけは分かってほしいです」
これ以上は無理だ。多分また泣いてしまう。
もうこれ以上情けない姿を見られたくない――
「帰ります」と伝えてオートロックを開けると、その時に黒澤くんはこんな事を言った。
「今日はもう話さない方がいいですよね? な、ないちゃい……ますよね?」
その言い方が、妙にウチの心を動かした。
泣いちゃいますよね? これ以上話すと? 三輪さんは泣いてしまいますよよね?
つまりウチが泣くようなことを言おうとしてるけど、言っちゃダメですか? ってこと?
そんな風に変な解釈をした、その結果――
ウチは黒澤くんの顔を見てしまっていた。そこには……
「ごめんね。三輪さん……俺も三輪さんと仲良くしたいです」
彼の悲しそうに見つめる表情と、楓蓮さんの表情がだぶったように見えた。
「じゃあこれで帰りますね。後でラインします」
ウチは二つ返事で返した。
ラインならきっと伝えられる。いろんなことを。
分かって貰わないと、ウチのことを。黒澤くんのことも色々と聞かないと……
※
この後、黒澤くんとラインでのやりとりを行うと、さっきまでの名誉挽回を8割がた終わらせることに成功していた。
ウチはまだまだお話したかったが、ここで黒澤くんが【男でいられる時間】のお話をされる。
つまり、男に入れ替わってしまった為、明日の学校での基本時間を減らしたくないということだった。なのでラインもほどほどにして明日に備えるウチであった。
もう大丈夫。大丈夫だ。
時間を空ければなんてことは無い。
きっと明日からは黒澤くんの顔を見て喋れるようにしなければ。
で、学校での過ごし方について少しお話をすると、
この関係は極秘。
つまり親同士が結婚した。というのはまだ誰にも伝えない。
まださおりんにも内緒だ。まずは黒澤くんとの関係を強固にすべきということ。
当然、他人のフリをする・なので知らんぷり。
これが妥当だと思う。お互いの高校生活に支障がないようにする。
そして……ゆくゆくは高校でも自然に仲良くやっていこうという意見で一致した。
今日のようなダサい自分はオシマイだ。
絶対リベンジするんだ。すげー三輪さんを見せてやる!
あぁ早く学校に行きたい。早く名誉挽回したくてウズウズして寝れないのであった。
1章終わり・
次回は登場人物1です・




