エピローグ ―エンドロールの、その後で―
「……よし、今日も来てないな」
花の香りと、懐かしい家の匂いの吹く風が心地よい、金色の麦畑の向こうに、何十年も変わらぬ姿で立ち続ける桃の木を見遣り、ヒマワリが咲き乱れる丘の上に建てた丸太小屋から出てきた少年は、ほっとしたような、寂しいような心持ちで、一人つぶやく。
小屋の外にあるテーブルの上に、何冊目になったか忘れてしまった、観賞した映画のあらすじや感想を書きつけるための濃紺の表紙のノートを置き、その脇にコーヒーとスケッチブックを出し、鉛筆を手にして、
「……今ごろ、何してるかな。今年で何歳になったんだっけ……」
いっそ、数日前から、心の中で呼びかけても応えのない、愛しい人の面差しを描こうかと鉛筆の先を滑らせ始めたその時、
「喬くーん!!!」
虹の向こう側から、自分の名を呼ぶ声がして、彼は思わず立ち上がった。
「絵麻!!!」
間違いない。
初めて出逢ったその日の幼い背格好と、懐かしい赤いタイのセーラー服姿で、黄色いレンガの道を走ってくる彼女の手には、
「ほら見てー! パルム・ドールのトロフィーだよ! 最後の最後に取ったやつ! おめでとう! ありがとう! やったね、あたしたち!」
『二人』で撮った、最後の長編映画――映画監督『星降絵麻』の遺作となったそれで、ついに勝ち得た、クリスタルと金のヤシの葉が光っている。
永遠に枯れる気配のない桃の木の下まで互いに駆け寄ると、絵麻は喬を目掛けて飛びつき、喬も絵麻の身体を抱きかかえ、まるで映画のワンシーンのように、二人は共に大笑いしながらぐるぐると回って喜びを分かち合う。
そうしてそのまま、二人して道の脇の、柔らかい麦わらの上に倒れ込んだ。
色も光も、何もかもが眩しく明暗の深い世界で、長い時間を経て再び出逢った二人は、待ち焦がれていたように長いキスを交わすと、それぞれ腕を伸ばして、青空に透かしつつ、一緒に掲げたトロフィーを眺める。
青と黄色と灰色の美しいコントラストがどこまでも広がる『世界』の中に、木の葉の緑が、小屋の側に植えられた花々の赤やピンクや紫が、こぼれそうなほどに芽吹き、咲き誇っている。
懐かしくふざけ合った後、まだしばらくの間、この『世界』に留まることを決めた二人は、手を繋いで思い出を語りながら、どこまでも深く蒼い夕暮れにレモン色の月を引っ掛け、さんざめく銀の星が瞬き降りそそぐ空の下、出逢ったあの日の客席に繋がる金色の麦畑の合間の小径を、睦まじく並んで登って行った。
〈終〉




