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電書第3巻(完結)配信中 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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番外編 ジョンソン副長

「わあ、すごい! ジョンソンさん、もう一回!」


 俺が口から吐き出した煙草の煙が、大きな輪になって空へと上がっていく。

 エルシャが目を丸くして、ちいさな手でそれを掴もうとする。


 細かい輪を、頬を叩いてポポポと吐いてやれば、手を叩いて喜ぶ。可愛いもんだ。


 詰所のアイドルは、夜勤明けの冴えない中年男にも、惜しみなく癒しを与えてくれる。


 霧の爆弾魔事件の犯人が逮捕されてまだ三日。騒ぎが収まり切らないこの日の夜勤は、さすがにキツかった。無理が効かない年齢を自覚する。


「あー、面白かった! あっ、そろそろ時間です。行ってきますね!」


 元気いっぱいに手を振って学校へ向かったエルシャと入れ違いで、ダグラスが中庭へ顔を出した。


「ジョンソン、まだいたのか。疲れているだろう、早く帰って寝ろ」


 ぶっきらぼうな物言いは、出会った頃から変わらねぇのな。


 五年前の新聞で『霧を払う騎士』なんて格好いい二つ名を見ていた時は、俺とは一生縁のないエリート様だと思ってた。

 妻子が犠牲になった挙句に左遷されたと聞いた時も「踏んだり蹴ったりだなあ」なんて他人事で。


 だから、ダグラスが二年前に隊長として赴任してきた時は面食らった。


『元特務捜査隊のエースが、なんでこんな庶民の詰所に?』


 俺を含めて隊員たちは、誰もが口に出さずにそう思っていた。そして、妙な視線を俺に向けて来る。


 前任の隊長が定年で引退した後は、副長だった俺が隊長へと昇格する予定だったからな。


 正直、俺だって『あれ? 次の隊長、俺じゃねぇの?』って、思わなかったわけじゃない。


 だが、よく考えたら柄じゃないし、責任と給料を天秤にかければ副長くらいが丁度いい。養わなけりゃならない家族がいる訳でもないし。


 赴任当時のダグラスは、どこか投げやりなところがあって、言葉を尽くすことを疎かにしていた。

 情もあるし、気づかいだって充分しているのに、人を寄せ付けない雰囲気がそれを台無しにしていた。


 まあ、今でも言葉足らずは変わってないんだけどな。


 俺は、やつを放って置けなかった。


『ああ! もう一言、言ってやらないと伝わらねぇって!』


 ダグラスがぶっきらぼうに命じて、隊員がしょんぼりしてるときは、大抵俺の出番だった。


「違う違う、あれは怒ってるんじゃねぇんだ。心配してんだよ」


 そう言って、帰りに一杯奢ってやる。


 よく副長のことを『女房役』なんて言ったりするけれど、俺はどちらかと言うと『おかん』だったと思う。我ながらお節介を焼きまくった。


 一年が過ぎる頃には、隊員はすっかりダグラスの物言いや態度に慣れて、『うちの隊長、格好いい!』なんて尻尾を振って懐きだした。


 まったく調子の良い連中だよ。


 そうしてダグラスがうちの隊長になってから二年が過ぎて、エルシャが詰所にやって来た。


 ガリガリに痩せた、傷だらけの女の子だ。


 ダグラスはその薄い肩に自分の上着をかけて、誰にも触らせまいとするみたいに立っていた。


 二人は妙な速度で近づいていった。


 エルシャはやつの後ろをちょこちょこついて回り、やつはやつで、仕事中でも構わずエルシャを側に置いた。


 エルシャは行儀も聞き分けも良くて、仕事の邪魔なんてしなかったけれど、俺は二人の距離感に、どこか危うさと痛々しさを感じていた。


 ダグラスは失った『愛する、庇護する存在』を。エルシャは『求めても得られなかった大きな背中を』。二人はお互いに、必要としているものが、噛み合い過ぎている。


 ぴたりと噛み合い過ぎた歯車は、遊びも逃げ場もない。ほんの少しの衝撃で、ガタガタに壊れてしまうかも知れない。

 その時二人はきっと、更に大きな傷を負ってしまう。今のうちに、距離を取る助言をした方がいいんじゃないか? 俺はそんなことを考えて、ヒヤヒヤしながら二人を眺めていた。


 けれど、エルシャは意外に逞しくて、寄りかかるばかりの子供じゃなかった。小さなこぶしをギュッと握りしめ、細い両足をふんばって自分で立ち上がろうとした。

 ダグラスはそんなエルシャを、いつでも支えられる距離で、見守ることを覚えていった。


 これならきっと大丈夫だ。そのうちエルシャが『ダグラスお父さん、臭いから一緒に寝るのイヤ!』とか何とか言い出して、ダグラスが涙目になるみたいな、当たり前の父娘みたいな光景が、見られる日が来るかも知れない。


 そう、安堵していたのに。


 あの事件が再燃した時、一番近くにいた俺は生きた心地がしなかった。

 ダグラスの目が、どんどん濁っていった。五年前と同じ、復讐だけを宿した、いつ折れてもおかしくない、ヤバイ目だ。

 

 エバンスから、あいつの辞表を見せられた時は心臓が跳ね上がった。


「あの馬鹿、絶対、一人で刺し違える気だ!」


 膝の痛みも忘れて、王都中の路地裏を泥だらけになって走り回った。あんなに必死になったのは、二十年以上の警ら隊人生で初めてだったかもしれない。


 だから。


 あの銀笛の音が夜の闇を切り裂いて聞こえた瞬間、俺はその場にへたり込んじまった。


「……生きてやがった」


 安堵か、脱力か、それとも怒りか。自分でもよくわからねえまま駆けつけて、開口一番怒鳴りつけた。


『てめぇ……! なに考えてんだ!』


 涙目になって食ってかかった俺に、あいつはなんて言ったと思う?

 

『すまん』


 ……それだけだ。たった三文字で済ましやがった。

 俺たちの肝を冷やした責任を、そんな短い言葉で片付けられてたまるかってんだ。


 そんな俺たちを、エルシャが微笑ましそうに見つめて『ふふ』と肩をすくめて笑った。不思議な子供だ。たった七歳の幼女のくせに……時々、お袋に会った時みたいな気分にさせられる。


 だが、あいつを踏み留まらせたのは、間違いなくエルシャだ。……まったく大した子供だよ。俺も、エバンスも、ダグラスのお袋さんですら、出来なかったことを。あの小さな身体でやり遂げちまった。


 俺は、あの時二人を引き離したりしないで良かったと、心の底から思った。




「おーい、隊長。今日こそは奢ってもらわねえと気が済まねえからな!」


 去っていく背中に、俺はわざと大きな声を張り上げた。

 ダグラスは振り返りもしなかったが、少しだけ肩をすくめたように見えた。


 ったく、愛想のねえやつだ。


 でも、復讐に燃えていたあの恐ろしい目じゃない。いつもの、仏頂面で、最高に無愛想な、八番街の隊長の目に戻ってる。


 俺はもう一本、新しい煙草に火をつけた。

 肺に染みる紫煙が、今日は妙に染み渡る。


 王都は今日も相変わらず煙たいけれど。……空を見上げれば、霧の向こうに一番星が見えていた。



読んでいただきありがとうございます。

それでは皆さま、また次回作でお会いしましょう! 良かったら☆評価と、お気に入り登録お願いします!




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― 新着の感想 ―
エルシャ口調の文章も大好きですが、ジョンソンだとちゃんとジョンソンになっていて素晴らしいと思います。 完結おめでとうございます。 ずっと読んできてよかった! 素敵な物語ありがとうございました。ご活躍を…
 ジョンソンさんの視点でも例の人は時折、危うかったんですね。そして、とあるコとの距離も……。 繋がりの深さなどを感じさせるお話でした。
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