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電書第3巻(完結)配信中 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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後日談 陽だまりを目指して

 皆さまこんにちは。


 エルシャ・グリーンフィールズ七歳です。


 ヘンリーと馬車道通りを歩いていたら、駅の方から、まだ乾ききっていないインクの匂いが漂っていました。


「号外! 号外ー!!」


 新聞売りの男の子の甲高い声に、人々が我先にと群がっていきます。怪我人が出ないかちょっと心配ですね。


『そうしたらぼくの出番だね』


 隣を歩くヘンリーが、得意そうに言いました。ヘンリーの救助犬バッグには、打ち身用の軟膏や傷薬が入っていますからね。

 でも、ヘンリーの出番はない方がいいのです。そうしたら救助犬バッグには、おいしいお菓子やヘンリーのおもちゃを入れましょう。


「お嬢ちゃん、号外が欲しいのかい?」


 人だかりを遠巻きに見ていたら、杖をついたお爺さんに声をかけられました。


「号外を受け取ったんだが、わしには文字が小さ過ぎて読めんかったよ。良かったら持っておいき」


 最新の号外は、きっとジェーンさんが喜びます。お礼を言って受け取りました。おじいさんは、お孫さんに読んでもらって下さいね。


 わたしとヘンリーは、ジェーンさんの家に向かっています。ジェーンさんの家は、図書館の近くのモダンなコーヒーハウスです。


「前に私の霧の爆弾魔のスクラップノートを見せたじゃない? あれ以来、雑誌の特集記事もたくさん出てるし、いくらやっても終わらなくて……。良かったら手伝ってくれないかしら」


 ジェーンさんの言う『あれ以来』は、霧の爆弾魔が逮捕された日のことです。

 わたしとダグラスお父さんが乗り越えた、あの、霧の夜です。


「いいですよ。お手伝いします」


 わたしも事件のことを整理したかったので、喜んで引き受けました。


   * * *


「まずは最初の号外から片付けましょうか。これ、すごいですね。逮捕されたのは夜なのに、翌朝には印刷されてます」


「号外は情報の鮮度が命だからね」


 雑談を交わしながら、新聞にハサミを入れていきます。


王都中央日報 号外

【霧の爆弾魔 逮捕!】


東区郵便局にて制圧 西区八番街警ら隊が逮捕・連行


警ら隊発表によれば、犯人は同所にて拘束され、西区八番街警ら隊の手により王都警ら隊本部へ連行された。爆発物はすべて回収済みであり、単独犯であることから再発の可能性も薄く、事件は五年を経てようやく終焉を迎えられそうだ。


五年前、工場および市内施設の爆破事件が多発した。標的や犯行を匂わす予告状が相次いで届き、市民生活に深刻な不安を与えていた。犯人は予告状の内容から「霧の爆弾魔」の通称で広く知られていたが、六件目の爆破を最後に沈黙していた。


近頃、新たな予告状が届き世間を震撼させたが、犯人逮捕により未遂に終わった。


なお、事件の詳細および犯人の身元については、現在取り調べが進められている。



「犯人逮捕の瞬間、エルシャちゃんも一緒だったって本当?」


 ジェーンさんが切り取った記事に、ペタペタと糊をつけながら言いました。さりげない風を装っていますが、興味深々な様子はバレバレです。


「えっと……、はい」


 ジェーンさんは子供の頃から、お父さんのファンなのです。


「お父さん、格好良かったです! こうして、こうして、がしっとして“容疑者、確保!”って!」


「こうして、こう? きゃあ、素敵!」


「それから、わたしがヘンリーの救助犬バッグからロープを出して渡して、お父さんは銀笛を吹いたんです」


「エルシャちゃんも、活躍したんだね! 怖くなかった?」


「怖かったです。犯人じゃなくて、お父さんが……。でも、お父さんはちゃんと“隊長”でしたよ」


 あの後、お父さんは副長のジョンソンさんに怒られてました。すごく心配していたみたいで、涙目で“あんたって人は……!”って。お父さんは“すまん”って謝ってました。


 わたしはエバンスお父様とピートくんに叱られました。またエバンスお父様を泣かせてしまいました……。反省はしてますよ? でも必要なことでした。


 次の記事は犯人の動機について書いてありました。これはわたしも、知りたかったことです。


王都中央日報

【霧の爆弾魔事件の真相】

元学術研究員 煙突破壊が目的 一連の犯行を“社会的使命”だと主張


本紙の取材により、霧の爆弾魔とされる被疑者は、かつて学術研究機関に所属していた人物であることが判明した。


被疑者は長年、霧の夜に悪化する気管支系疾患について独自の調査を行い、「工場の煙が市民の肺を蝕んでいる」と周囲に訴えていたという。特に実弟が重度の気管支疾患を患っていて、霧夜には著しい発作に苦しんでいたことが、犯行の背景にあるとみられる。


実弟が死亡したタイミングで犯行が収束していたことを確認した。


また、予告状の文面には警ら隊の動向を揶揄する記述も見られ、被疑者が警ら隊を翻弄すること自体に強い執着を抱いていた可能性も指摘される。


本件は、霧および煙害が市民の健康に及ぼす影響について、改めて議論を呼ぶものとなりそうだ。



「弟さんが……」


「うん、同情すべき点もあるけど、他にもやり方があるだろう! って思うよね」


 わたしもおばあ様の咳には苦しめられました。咳で弱っていく家族を見るのは本当に辛いです。


 王都には煙突がたくさんあります。でも、そこで働いて生活をしている人や、その工場の製品を必要としている人もいるのです。


 簡単な問題ではありませんね。


 逮捕当初の記事の中に、小さなコラムを見つけました。


王都中央日報 コラム


【王都各地で“犬騒動”】

先日の爆破未遂事件の夜、市内各所において多数の犬が一斉に走り回り、遠吠えを繰り返す騒動があったことが分かった。


目撃証言によれば、橋の上や駅前広場、官庁街周辺などで数十匹規模の犬が確認され、一部では「何事か」と通行人が足を止める場面もあったという。


怪我人や実害は報告されていないが、警ら隊は「事件との直接的な関連は確認されていない」としている。


専門家は「気圧や霧の影響、発情期の重なりなども考えられる」と分析している。



 あれから王都の犬さんたちとは、とても仲良くなりました。

 わたしとヘンリーが歩いていると、皆さん声をかけてくれます。


 ところで……。


 発情期って、なんですかね?



「あっ、そうだ。ジェーンさん。来る途中で号外もらって来ましたよ」


「また出たんだね。ありがとう」


 カバンから出した号外を渡します。



王都中央日報 号外

【警ら隊上層部に問題浮上】


本紙の独自取材により、五年前に同様の爆破未遂事件が一時的に終息していた背景に、警ら隊上層部と被疑者との間で非公開協定が存在した疑いが浮上した。


複数の関係者証言によれば、当時、被疑者との間に事実上の不訴合意が成立。再犯防止と引き換えに逮捕を見送り、機密費から相応の金銭が支払われたと見られる。


協定内容には「王都からの退去および沈黙」が含まれていたとの情報もあり、被疑者は数年間にわたり表立った犯行は確認されていなかった。


五年の沈黙を経て、被疑者は犯行予告を再開。リード氏が王都へ復帰していたことを知った後、予告状の内容はより挑発的になった。


警ら隊は協定の存在について公式なコメントを控えているが、議会では「機密費の運用および捜査判断の妥当性」に関する追及が避けられない情勢である。


「これは……!」


 難しい言葉が並んでいて、ほとんど意味がわかりません! わたしが目を回していると、ジェーンさんが解説してくれました。


「えーっとね……、霧の爆弾魔が五年前に犯行をやめたのは、警ら隊のえらい人と取り引きをしたからみたい。

『もう爆弾仕掛けないって約束するなら、逮捕しないから王都から出て行ってくれ』っていう……。

それと、『そういう取り引きをしたことは内緒にしてね』って、口止め料も渡したんだって」


 どうやら警ら隊の上層部問題についてみたいですね。エバンスお父様が頑張って追及している件です。


 爆破を止めたかった気持ちはわかりますが、それまでの犯行を見ないふりをしたり、口止め料を渡したりするのは、いけないことです。


 エバンスお父様が『正義の敗北』と呼んでいました。正義は負けちゃダメです。


 わたしは七歳の幼女ですが、世の中がきれいなことばかりでは回らないのを知っています。 


 それでも。

 だからこそ。


 正義は負けないで欲しいと……。


 そう、思うのです。


   * * *


「エルシャちゃん。晩ごはん、食べて行くでしょう? スクラップ、手伝ってくれた御礼に、私の得意料理をご馳走したいな!」


「あ……。すごく嬉しいんですけど、今日はダグラスお父さん、早く帰って来てくれる約束なんです。だから、マーサおば様がお父さんの好きなお豆のスープを作ってくれるんです」


「そうなんだ。じゃあ、また今度ね! 手伝ってくれてありがとう」


「はい! ヘンリー、帰りますよ!」


 ジェーンさんの家を出ると、低い雲が空を覆っていました。遠くの煙突の上に、霧がふわりと立ち上りはじめています。

 ガス灯に火を入れる点灯員が、長い棒を肩に担いで歩いてきました。パチパチと小さな音がして、橙色の明かりが順番に灯っていきます。


 図書館の脇を抜け、駅前広場を横切って、商店街へ寄り道します。マーサおば様に頼まれたベーコンを買わなくてはいけないからです。

 厚めに切ってスープに入れると、お豆がぐんと美味しくなるのです。


 新聞記事の中の英雄ダグラスは、わたしの知らない人のようでした。ちょっと格好良く書き過ぎですよね。

 家でのお父さんは、お風呂あがりにガシガシとタオルで私の髪をふいてくれます。すごく下手くそです。制服のリボン結びも、いつも縦になります。あと、学校の宿題の朗読を真剣な顔で聞いてくれたりします。


 英雄はいつか忘れられていくけれど、わたしのお父さんはいなくなったりしないのです。

 

 わたしはお父さんの側で、ゆっくり大人になるのです。


 さて、おうちの明かりが見えて来ました。ここからはヘンリーと競走で帰ります。お豆のスープが待っています。


 名残惜しくはありますが、それでは皆さま、さようなら。


 エルシャ・グリーンフィールズ七歳。まだまだ人生序盤の幼女です。


 これからも、わたしらしい陽だまり目指して、邁進する所存です。



本作は、これにて完結となります。長い間、おつきあいいただき、本当にありがとうございました。

これからも、皆さんに楽しんでいただける作品を書いてゆきますので、よろしくお願いしますね。

また、☆評価がまだの方は、ぜひよろしくお願いします。完結作品の評価ポイントは、皆様が思うよりずっと、作者の力になります。


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― 新着の感想 ―
『英雄はいつか忘れられていくけれど、わたしのお父さんはいなくなったりしないのです。』 泣けました。うれし泣きです。
 新聞と日常時のエルシャ視点での、例の人のギャップも含め、良き後日談でした。
素敵な終わり方でした。 次回作も楽しみにしております!
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