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電書第3巻(完結)3/25コミックシーモア配信予約開始 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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第6話 エルシャとヘンリーの大ジャンプ

 皆さま、こんばんは。


 ちびっ子ナースこと、エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。


 兄妹ケンカなのでしょうか。男の子がわたしよりも幼い女の子に、手を振り上げている場面を目撃して、我を忘れて飛び出してしまいました。


 その男の子の手は、グリーンウッド邸でわたしに振り下ろされていた手とよく似ていました。

 乗り越えたつもりなのに、身体が震えます。けれど、だからこそ。『元ドアマット幼女』の誇りに賭けて、男の子から目を逸らすわけにはいきません。


「その手を下ろして下さい」


「何なんだよおまえ、関係ないだろう!」


「いいえ、人に暴力を振るうのは悪いことです。悪いことをする人がいたら、わたしは警ら隊に通報します」


 警ら隊と聞いて、男の子が振り上げた腕を下ろしました。女の子がほっとした様子で顔を上げます。


 ヘンリーがクゥーンと鳴いて、女の子の赤くなった頬をぺろぺろと舐めています。“痛い? 大丈夫? エルシャちゃんがお薬、塗ってくれるからね”と言っています。


「通報でもなんでも、勝手にしろよ! おれは悪くないからな! 悪いのは、母さんを殺したこいつだ!」


 男の子は、悪態をついて女の子を指差すと、そのまま走っていってしまいました。男の子が見えなくなると、ようやく女の子が口を開きました。


「おねえちゃん、だあれ?」


「わたしはエルシャ、ちびっ子ナースです。ほっぺに湿布を貼りましょうね」


 手を引くと素直について来てくれました。馬車の中で湿布を小さく切って、頬に貼ります。


「ちめたい……」


「冷たくて、気持ちいいでしょう? 膝も擦りむいていますね。傷薬を塗ります。くさいけど、よく効きますよ」


 女の子は黙ったままで、わたしが傷薬を塗る手を、じっと見つめています。


「あなたのお名前は?」


「アニー。もうすぐ、ごしゃい」


「わたしは、もうすぐ七歳になります」


 五歳にしては、背も小さくて痩せています。言葉も少し、幼いかも知れません。


「さっきの男の子は、お兄様ですか?」


「うん、でも、ちゃーうのかも。いつも、ちゃーうって言われりゅ」


 腕に強く握った指の跡があります。足にもいくつか、ぶつけた跡があります。


「ここは、痛くないですか?」


「いちゃい……」


 あざに湿布を貼って、包帯を巻きます。


 兄妹仲が悪いだけでしょうか。でも『母さんを殺した』という、男の子の言葉が気になります。


 アニーちゃんが、膝をくんくんと嗅いでいます。


「くしゃい」


「はい、くさいです。でも効き目は抜群です」


「ふふ、くしゃい」


 何が面白かったのか、アニーちゃんが笑いました。へにょっと眉が下がって、かわいいです。


「りんごを……」


 食べますかと聞こうとしたら、馬車の扉をバンバンと叩く音と怒鳴り声に遮られました。


「おい、ここを開けろ! 子供を返せ!」


 窓から外を覗くと大人の男の人が、ヘンリーに吠え掛かられています。


 アニーちゃんが、男の人の声を聞いて、身をすくめました。父親でしょうか?


「ガルルルル! ワウ! ワウ!」


 あっ、ヘンリーが本気です。熊に吠えた時よりも、本気で威嚇しています。“おまえ、悪いやつ! エルシャちゃんに近寄るな!”と言っています。


 お酒の瓶を持って、ふらふらとしています。顔も赤いし、酔っ払っているみたいです。


「アニー! 出て来い! そこにいるんだろう!」


 アニーちゃんの表情が、スッと消えました。さっきまで怯えた様子だったのに、フラフラと馬車を出て行こうとします。


「アニーちゃん? イヤなら行かなくていいんですよ?」


 返事がありません。うつろな目をして……小さな声で、つぶやくように歌を口ずさんでいます。俯きながらも、馬車の扉を開けてしまいました。


 男の人は、アニーちゃんの腕を掴んで連れて行こうとします。ヘンリーが今にも飛び掛かりそうです。


「ヘンリー、待って! 人を傷つけてはダメ!」


「ガルルル、ガウーッッ!」


“どうして! あの子、連れて行かれちゃう!”


 ヘンリーにうまく説明出来ません。わたしだって納得していないのです。アニーちゃんの何も見ていないあの目……。つぶやくように口ずさんでいた歌……。


 あれは心を守るために、全てを遮断した目です。あの歌は、現実を見ないための鎧です。アニーちゃんは、もう限界です。


「ヘンリー、わたしに力を貸して下さい。アニーちゃんを、助けにいきます!」



   * * *



 おじいちゃまが戻って、わたしがいないと心配しますから、急いで置き手紙を書きます。


「ヘンリー、アニーちゃんのにおいを追って、お家を探して下さい」


「わうっ!」


 ヘンリーは少しの迷いもなく、集合住宅の階段を登っていきます。わたしも無言でついていきます。

 全身の血が怒りで沸騰しそうです。あんな小さな子を、心が壊れるまで追い詰めるなんて、どんな理由があろうと許せません!


 アニーちゃんのお家は、二階の角部屋でした。ドアの向こうからは怒鳴り声が聞こえてきます。ガタガタっと物が倒れるような音も聞こえます。もう、猶予はありません。


「こんにちは! 開けて下さい! 開けて下さい!」


 大声で呼びかけて、ドンドンとドアを叩きました。ドアノブを回しましたが、鍵がかかっています。


「うるさい! 今は忙しいんだ! 帰れ!」


『ドガンッ!』


 ドアが大きな音を立てました。何かぶつけたか、蹴ったようです。


「どうしよう、ヘンリー……」


 本当は、詰所まで走ってダグラスさんを呼ぶべきなのかも知れません。

 でも、ここから詰所までを往復していたら、そのあいだにも、アニーちゃんは何度も殴られてしまう。


 今は、アニーちゃんを、あの家から連れ出さなくてはいけません。たとえそれが、強行突破だとしても。


 わたしは一旦馬車に戻り、おじいちゃまの予備の白衣を掴んで、中庭へ走り出ました。


 馬車の屋根を踏み台にすれば、ヘンリーならきっと二階の窓まで飛べるはずです。


「ヘンリー、あの窓です。わたしを乗せて、あの窓を破って部屋に突入して下さい!」


「わふっ!」


 わたしは、おじいちゃま白衣を頭から被って、ヘンリーの背中に乗りました。ガラスの衝撃から、わたしとヘンリーを守るためです。


 救助犬ハーネスをしっかり握ります。


「お願いします!」


 ヘンリーがどんどん加速します。わたしは低く伏せて、背中の毛並みに顔をうずめました。耳もとで風が唸り声を上げています。


 ヘンリーが力を溜めるように、一瞬身を低くして、地面を蹴りました。馬車の屋根を踏み台にして、大きくジャンプします。

 ヘンリーの身体が宙に躍った瞬間、急に風の音が止みました。スローモーションのように窓が近づいてきます。


『ガッシャーン!』


 ガラス窓を突き破って、部屋へと飛び込みました。白衣に当たったガラスの破片が、パラパラと音を立てて床へ落ちていきます。


 いました! 西日でオレンジ色に染まるキッチンに、アニーちゃんが頭を抱えてうずくまっています。


「そこまでです!」


 男の人が驚いた顔で振り向いています。


「な、いったい何なんだ……子供と、犬?」


「ちびっ子ナースにして、元ドアマット幼女のエルシャ・グリーンフィールズと、スーパー救助犬のヘンリーです!」


「はぁ? 人様の家の窓を壊しておいて、何を言っている?」


「アニーちゃんの身体と心は、わたしが預かります。申し開きがあるなら、西区八番街警ら隊詰所までいらして下さい!」




読んで頂きありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
 怯えより現実逃避や諦め、自棄が上回るほどの虐待……か、どうか怪しい段階ですが、アニーちゃんはかなりマズい状況のようですね。  エルシャちゃんも大分ムチャしてますが、割れガラスより危うそうな傷がちらつ…
カッとしてカチコミ… 貴族でもない一般の平民がそこまでやったら拙いのでは?親父さんが揉み消すんだろうか。
この街、弱いこどもだったら当たり散らしても構わないみたいな風潮ありません!?エルシャに、セシリアおねーさまに、今度はアニーちゃん!! 親がそうする・言ってるから子もそうする言ってる、間違いだと思わない…
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