第5話 エルシャ、往診について行く
皆さま、こんにちは。
エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。
学校が休みになる週末を、ハドソンおじいちゃまのお宅で過ごしています。今はヘンリーとお庭をお散歩中です。
「あなた、エルシャちゃん、そろそろ往診の時間ですよ」
ハドソンおじいちゃまの奥様、ハンナおばあちゃまです。最新式の耳に掛けるメガネが、とてもよく似合っています。
今からわたしは、おじいちゃまの往診にお供するのです。
わたしは辺境でトーマスおじ様と生薬のことはたくさん学びました。
でも、まだまだ足りないことばかりです。なので、おじいちゃまに付いて医療も学んでみようと思っています。
今日はしっかり、おじいちゃまの後について現場の空気を知るところからはじめようと思います。
手を洗って居間に入ると、テーブルの上には湯気の立つお茶と、小さな焼き菓子が並んでいました。
「ひと休みしたら、お着替えをしますよ!」
ハンナおばあちゃまが笑って、わたしを席に座らせてくれました。
「はい。往診ですから、清潔な服に着替えないとですよね」
「ふふ、それだけじゃないのよ」
おばあちゃまが、片目をつむって言いました。なんでしょう?
ほんのりシナモン風味のクッキーを食べていると、おばあちゃまが奥の部屋から何か持ってきました。
「ハンナ、嬢ちゃんはまだ食べておるじゃろう。少しは落ち着かんか」
「だってあなた、待ちきれないわ。ふふ、すごくいい仕上がりなのよ? ほらほら、見て!」
ハラリと広げて見せてくれたのは、子供サイズの看護服一式でした。
「パフスリーブのワンピースに、白いエプロン、ふんわりと大きな帽子……! きっとエルシャちゃんに似合うわ!」
「すごいです……! これ、ハンナおばあちゃまが?」
「そうよー! 久しぶりに夜なべしちゃったわ!」
「でも、わたし……見習いなのに……」
「いいのよ! 可愛いもの! 患者さんだって、年寄りの医者の顰めっ面なんかより、可愛いちびっ子ナースを見た方が元気になるわ!」
「全く……無茶苦茶を言いよるのう……」
「さあ、あっちで着替えましょうね!」
大きな鏡の前で着替えていると、鏡の中のおばあちゃまが、わたしの肩や背中を見ているのが映って見えました。
「……その背中の傷は……なんてむごいことを……」
「あの、もう痛くないんです。おじいちゃまのお薬、よく効きました」
急いで、ワンピースを着ました。見ていて楽しいものではありませんから……。
「あの人の作った、緑色のくさーい傷薬ね? 効いて良かったわ! 次はね、“もう傷は痛くないはずなのに、ときどきチクチクする心”を、ゆっくり治していきましょうね」
「……心にも効くお薬、あるんですか?」
「もちろん!」
「おいしいごはんと、ふかふかのおふとん、甘いおやつに、仲良しの犬……。それから、“ただいま”って帰れる家……」
「わたし、お家がたくさんあります。お帰りって言ってくれる人も、たくさんいます」
「うんうん。それが一番効き目のあるお薬よ。私が、うんとあまーいお薬にしてあげるわ」
新品のワンピースの上に、大きな胸当てのエプロンをつけ、髪の毛を全部入れて帽子をかぶります。
「似合うわエルシャちゃん! ねぇあなた、写真を撮りましょうよ、三人で!」
「カメラがあるんですか? すごい……!」
写真は庶民の間で大流行しています。ですがカメラはとても高価なので、写真館に行って撮るのが一般的なのです。
「この人の道楽なのよ。ちょっと待って、私も看護服に着替えるわ!」
ハンナおばあちゃまは、長くおじいちゃまの助手として働いていた人です。
「わあ、さすが本物の看護婦さんです!」
おばあちゃまの制服姿は、とても板についています。格好いい!
「さあ撮るぞ。しばらく、じっとしているんじゃぞ」
「あの、ヘンリーもいいですか? 言って聞かせれば、じっとしていますから」
「もちろんじゃよ」
カメラをセットして、全員で並んで撮影しました。出来上がるのが楽しみです!
* * *
往診先は、煉瓦造りの集合住宅でした。おじいちゃまは診療所を息子さんに任せて、自分は往診だけです。しかも、庶民しか診察しないのです。
「春先から、流行性感冒が流行っとるから心配でな」
中庭に馬車を停めると、次々に患者さんがやって来ました。ヘンリーは馬車の裏手で待機です。犬が怖い患者さんもいますからね。
「酸っぱい牛乳を飲んで腹が痛い? パン粥でも食って大人しく寝ておれ」
「嬢ちゃん、下痢止めとりんごを」
「はい!」
「転んだ? 見せてみろ」
「嬢ちゃん、傷薬を塗って、湿布を貼ってやってくれ。えっ、りんご欲しい? 持っていけ!」
「はい!」
目が回るくらい忙しいです。今日は見学だけのつもりだったのですが……。
ようやく患者さんの列が途切れる頃には、空が茜色に染まっていました。
「おじいちゃま、お代はもらわないんですか?」
「ああ、払えるやつは払えばいいんじゃよ。わしの往診は、金持ちの隠居じじいの道楽だからのう」
口の悪いおじいちゃまです。しかもツンデレですね。ふふ、ツンデレは、怒りんぼうの顔をした優しい人のことです。おじいちゃまにぴったりです。
帰りじたくをしていると、走って来る女の人がいました。
「良かった! 間に合った……。先生、下の息子がすごい熱なんです。関節が痛いと泣いていて……」
「咳や鼻水は?」
「咳はゆうべから、ずっと……」
「うむ、流感かも知れんな。嬢ちゃん、わしは診察に行って来るから、お前さんは馬車の中で待っていなさい」
「わたしも行きます……!」
「子供は流感をもらいやすいんじゃよ。待っていなさい」
「はい……」
おじいちゃまは、大きな診察カバンを持って行ってしまいました。置いていかれてちょっと寂しいです。
仕方なく、馬車の中で薬の補充をしていると、外から怒鳴り声が聞こえて来ました。
「ついて来るなよ! お前なんか妹じゃない! あっちに行けよ!」
窓からのぞくと、十歳くらいの男の子が、小さな女の子に手を振り上げていました。
無意識でした。
気がつくと、わたしは走って女の子の方へと向かっていました。でも、わたしよりも早く、女の子の前に立ちはだかる黒い影がありました。
「ヘンリー!」
ヘンリーは女の子を背に庇って、身体を低くして唸り声をあげています。
「な、なんだよ、この犬……!」
ヘンリーを止めるために抱きしめて、わたしも男の子と対峙します。振り上げられた手に、身体がガタガタと震えてしまいます。
「そ、その手をおろして下さい……。小さな女の子を叩くのはやめて下さい!」
※『流感』は流行性感冒、現在のインフルエンザのことです。
読んでいただき、ありがとうございます。
ヘンリーの半分は、作者の『すてき』で出来ています。
もう半分は『おばかわいい』成分です。
次話はヘンリー、もっと活躍します。『ぜひ読みたい!』と思った方は、↓下の方にある☆をポチッとお願いします。作者の指が滑って、明日も投稿してしまうかもしれません笑




