第4話 搾取母と欲しがり妹の断罪
「……エルシャさん。私、四年以上も妹の不正に手を貸していたの……どのくらいの罰を受けるのかしら……」
セシリアさんが職員室の前で足を止めて言いました。
「たった四年ですよ。セシリアさんの未来は何十年もあるんです」
小さく震えている、セシリアさんの手をぎゅっと握りました。
「大丈夫です。わたしも一緒に怒られますから」
「怒られない方がいいんだけど……」
弱々しく笑って、セシリアさんはこくりと頷きました。わたしたちは職員室の扉をノックします。
「失礼します。エルシャ・グリーンフィールズと、セシリア・ローウェルです」
「入りなさい」
答えたのは、上級生を担当しているラザフォード先生です。
「ベアトリスさんの課題について、お話があります」
わたしの言葉に、先生の視線が少しだけ鋭くなりました。
「……聞きましょう」
「今まで、提出されていたベアトリスさんの課題は、ほとんど全てをセシリアさんがやっていました」
言葉を飾らず、事実だけを伝えます。
「……セシリアさん、本当ですか?」
「はい……」
「なぜです?」
セシリアさんを見上げると、きつく目を閉じて俯いています。
「目を開けて……。ゆっくり、ゆっくりです。大丈夫ですよ!」
セシリアさんは頷いて、話しはじめました。
「わ、私は地味で貴族女性として無価値だから、せめて妹の役に立てと……母に……」
搾り出すように言いました。何度聞いてもひどい言葉です。
「……なるほど」
「全ての課題ですか? 刺繍や作文だけでなく、計算問題や研究レポートも?」
「はい……申し訳ありません」
ラザフォード先生はしばらく考え込んでいましたが、立ち上がって何枚かの紙と道具箱を持って来ました。
「心苦しいのですが、あなたの言葉を鵜呑みにすることは出来ません。先ほどの話が正しいと、証明して頂きます」
「証明……ですか?」
「今朝ベアトリスさんが提出した作文を書いてもらいます。同じものが書けるはずですよね?」
「はい……」
原稿用紙を受け取り、セシリアさんがペンを走らせます。迷いはありません。
「確かに……。筆跡も同じ、内容もほぼ同じです。一応、刺繍も刺してもらえますか? 一部だけで構いません」
「わかりました」
セシリアさんが、淀みなく針を動かします。しばらくすると、凛々しいヘンリーの顔が布の上に浮かび上がりました。
「ヘンリー!」
「はい、ヘンリーです」
「あなたたち……。これは由々しき事態なんですよ! はしゃいでる場合ではありません!」
「はい……すみません」
「以前から教員の間では、ベアトリスさんの普段の学力や授業態度と、提出物が噛み合わないことは問題視されていました。まさか、セシリアさんが介入していたとは……」
ラザフォード先生が、こめかみに手を当てて大きなため息をつきました。
「あなたは、自分の提出物やテストの手を抜いていましたね? 一学年上とはいえ、あなたの評価は低すぎる……!」
「はい……。私は目立ってはいけないと、母に……。申し訳ありません」
「いえ……、家庭の事情に踏み込むことに、躊躇していた我々教師の責任です。今まで、辛かったでしょう……!」
先生の言葉を聞いて、セシリアさんの目から、はらはらと涙がこぼれました。わかってくれる大人がいる……それだけで、どんなに心強いか……!
「これは、私だけでは対処出来ませんね。ローウェル侯爵を学校にお呼びしましょう」
「お父様を……?」
「明日の放課後に面談を行います。二人とも、教室へ戻りなさい」
* * *
「で? 娘たちの成績に、何の問題が?」
翌日の放課後、セシリアさんと応接室に呼ばれました。入って来たローウェル侯爵は、いきなり不機嫌そうに言いました。
「はい。ベアトリスさんの提出物について、お話しなければなりません」
「以前から教員の間では、ベアトリスさんの普段の学力や授業態度と、提出物が噛み合わないことは問題視されていました」
「どういう意味だ?」
「授業態度は不真面目、質問にもほとんど答えられませんし、テストや実技試験の日は欠席します。落第を免れているのは、課題の提出が完璧で、内容がいつも素晴らしいものだからです」
「それに、何か問題があるのか?」
「少なくともこの三年間、ベアトリスさんの提出した課題に、本人が一切手をつけていないと、確認が取れました」
「……何だと?」
「これにより、ベアトリスさんには実力試験を受けた上で、下級学年より学び直して頂くことになりました。実力テストの成績は、初級生並みの点数です」
落第どころか、下級生からやり直しですか……。これは体面を気にする高位貴族としては致命的ですね……。ローウェル侯爵も絶句しています。
ドアが開き、ベアトリスさんが入って来ました。
「先生、ねえ、もう帰っていいでしょう? 色々やらされて疲れちゃったわ」
応接室の静まり返った空気を、物ともせずに言いました。
「ベアトリス、お前は……」
「あら? お父様? なんでこんなところに?」
「ベアトリスさんは、もう帰って結構ですよ。夫人は、こちらへ。話し合いに参加して頂きます」
応接室にローウェル侯爵がいるのを見て、夫人の顔が硬直しています。
「お母様、先に帰っているわね。お茶会の予定があるんだから、早く済ませてね」
ベアトリスさんが、心底退屈そうな顔で帰って行きました。また応接室に沈黙が流れます。
「お話を再開しますね」
「あ、ああ……」
「ベアトリスさんは、先ほど説明した通りです。ですが、セシリアさんにも問題があります」
「なんだ……?」
ローウェル侯爵が、もう聞きたくないという顔をしています。わたしは、聞きたいです。
「実力を、偽っていました。テストや実技で手を抜き、課題にも全力で取り組んでいたとは言いがたい……」
「どういうことだ」
「ベアトリスさんと同じく、実力テストを受けてもらいました。結果は極めて優秀……飛び級してもいいくらいです」
「何ですって! セシリア、あなた、あんなに言って聞かせたのに!」
夫人が血相を変えて怒鳴りました。
「お前、何を言っているんだ? 成績優秀な娘をなぜ叱る?」
「待って下さい。成績優秀なら良いというわけにはいきません。セシリアさんは、不正に手を貸していたんですから」
ビクッとセシリアさんの肩が跳ねました。また、ぎゅっと目を閉じてしまいます。
「お前が、妹の課題をやっていたのか? なぜ?」
「わ、私は地味で貴族としての価値がないから、せめて妹の役に立てと……」
セシリアさんが、震えながらも顔を上げました。
「誰がそんなバカなことを言うんだ!」
わたしとセシリアさんの視線が、夫人の方へ向きます。あっ、先生も見ていますね。
「な、何よ、あなたも言ったじゃない。『妻は美しいほうがいい』って……。ベアトリスは美しいわ! だから当主に相応しいの。当主の仕事なんか、セシリアがやればいいのよ!」
お父様の顔が、見る見る赤くなりました。
「お前、なんてことを! ずっとそんなふうにセシリアを扱っていたのか?」
「だって、セシリアはあなたの母親にそっくりなんですもの!」
応接室の空気が、凍りつきました。
「嫁いびりされた姑そっくりな娘なんて、愛せるわけないじゃない! わたしはあなたにふさわしい、美しい娘を育てているのよ!」
セシリアさんが、顔を覆ってうずくまりました。嗚咽で背中が揺れています。
「ローウェル侯爵夫人……母親なら無条件に子供を愛するべきだとは言いません。ですが、今の言葉は親として、人として、子供に向けてはいけない言葉です」
もう黙ってはいられませんでした。実の親に傷つけられる痛みを、わたしはよく知っています。
「う、うるさいわね! だいたい、あなた何なのよ! 何でいるの? 平民の子供に貴族の家のことがわかるはずないじゃない!」
「平民の子供でも、わかることです」
「その子の言う通りだ。わからないなら、お前は少なくともセシリアの母親じゃない」
「あなた……」
ローウェル侯爵が、セシリアさんに歩み寄りました。
「セシリア」
膝を折り、肩を抱いてくれます。
「私は、お前に謝らねばならんな。済まなかった。家のこと、子供のことに、もっと目を向けるべきだった」
そう言って深くため息をつきました。
「セシリアが望む生活の形を話し合おう。母親や妹の顔も見たくないというなら、それでもいい。償いにもならんかも知れんが、私が責任を持って、対処しよう」
「お、お父様……」
セシリアさんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれます。
「ラザフォード先生」
「はい」
「学校の規則に則り、二人の娘に必要な処分を。ベアトリスは下級生からやり直しで構わない。娘と妻が、迷惑をかけて申し訳ない」
「承知しました」
「それから、君」
えっ、わたしですか?
「はい」
「セシリアに寄り添ってくれて感謝するよ。年はずいぶん違うようだが、これからもセシリアの友人でいてあげて欲しい」
「もちろんです。セシリアさんは素敵な人です」
「ありがとう。私もこれから、それを知ろうと思うよ」
ローウェル侯爵は、笑うとセシリアさんに似ていますね。なぜこんなまともそうな人が、家族を放置したのでしょう。貴族の在り方は、やはりわたしには理解できません。
「イザベラ、お前は当分セシリアとは接触禁止だ。領地の修道院に入り、人としての生き方を学び直せ」
「な、なんですって!? わたくしが悪いみたいじゃないの!」
「悪くないと思っているのか? はあ、仕事ばかりしていた私の責任だな……」
* * *
「やっと……終わりました……」
応接室を出た廊下で、セシリアさんが、ふうっと大きく息を吐いて言いました。
「はじまりました、ですよ! セシリアさんが勝ち取った未来が、ここからスタートするんです」
「そう……ですね」
セシリアさんの頬には、涙の跡がまだ残っています。でも、さっきまでよりずっと顔色が明るくなりました。
「お父様が、あんなに親身になってくれると思わなかった。ずっと私たちには興味がなかったから」
「そうですか……。でも反省していましたし、言っていることはまともでしたよ。あれなら、捨てなくても大丈夫かも」
「捨てる?」
「わたしは家族と貴族の身分を全部捨てて、やっと“ドアマット幼女”から卒業出来たんです」
「ふふ。私は今日で『不遇姉』卒業、ね!」
顔を見合わせて、笑ってしまいました。
“元・不遇姉”と“元ドアマット幼女”です。自虐が過ぎて、笑いが止まりません。
「私、今日からは自分の勉強ができるのね……。たくさん学んで、もう二度と『価値がない』なんて言わせないわ!」
「その意気です! セシリアさん、格好いいです!」
わたしたちは手をつないで、軽やかに廊下を歩き出しました。
読んで頂きありがとうございます。
この四話が『欲しがり妹編』です。エルシャのドアマットヒロイン救出劇の第一弾。第一弾がジャブとすると、第二弾は右ストレート、第三弾はボディブロー。そして、いよいよ『霧の爆弾魔編』へと入ります。
この先も、どうぞお楽しみに!




