第2話 エルシャと欲しがり妹
貴族学校の新入生歓迎会で、案内係のベアトリスさんから『ヘンリーを買ってやる』と言われました。
格好いいヘンリーが欲しくなる気持ちはわかりますが、あまりに傲慢な物言いです。
これが噂の“欲しがり妹”ですかね?
「ヘンリーはわたしの弟で家族です。売り物じゃないですよ」
「あはは! 犬を家族だなんて、馬鹿みたい! じゃあ、あんたも犬なのね! ほら、これでも食べなさいよ!」
ポンッと、サンドイッチを、わたしの足元に放り投げました。あまりのことに、一瞬、何が起きたのか、わかりませんでした。これ、怒っていい場面ですよね?
ベアトリスさんは、たぶん十三〜四歳くらいです。こう言ってはなんですが、わたしは新入生の幼女です。大人気なくないですか?
周囲の子供たちも固まっています。ヘンリーがのそりと立ち上がり、わたしの前に立ちました。
「な、なによ!」
その時、おずおずと声をかけてくる女の子がいました。
「あ、あの、妹が失礼なことをして、ごめんなさい」
謝りながら、サンドイッチを片付けてくれます。名札の名前はセシリアさん。欲しがりベアトリスさんのお姉さんなんですね。
……すっかり注目が集まってしまいました。そこへ、大人の女の人が、靴音も高く歩いて来ました。香水の匂いがきついです。
「どうしたの、ベアトリス。なにを騒いでいるの?」
「お母様ぁー。私、あの犬が欲しいの。それなのにあの子、犬が家族だなんて変なこと言うのよ」
今度はお母さんですか。家族がどんどん来ますね。でも、なぜ保護者がこの会場にいるんでしょう。保護者は説明会に出席しているはずなのに。
「あら、あなた……さっき犬に話しかけていた子ね? 動物に話しかけるなんて、大丈夫なのかしら」
「うえーっ、気持ち悪い。変な子! あんたより、うちで飼ったほうが、その犬も幸せなんじゃない?」
次から次へと、暴言が飛び出します。言い返す暇もありません。
「ベアトリス、やめなさい。エルシャさんは試験で全教科満点を取った非常に優秀な特待生です。お母様も、暴言はおやめ下さい」
セシリアさんが庇ってくれました。とても困った顔をしています。
「特待生? じゃあ施しで入学する平民なのね。帰りにお金をあげるから、その犬を置いて行きなさい」
「お母様! あまりに失礼です!」
「うるさいわねぇ。お姉さまには関係ないでしょう!」
「セシリア、あなたどっちの味方なの? 姉なら妹を庇いなさいよ。そんな子の味方をするなんて、どうかしてるんじゃない?」
大騒ぎになってしまいました。腕章をつけた先生が走って来ます。
「どうしました? 何かありましたか?」
「あら、子供同士がちょっと揉めたらしいの。あなたたち、仲良く遊びなさいね」
先生が心配そうにしています。わたしは大丈夫というふうに、にっこりと笑いました。
「ローウェル侯爵夫人はこちらへ。勝手に入られては困ります。それに、まだ保護者説明会は終わっていませんよ」
ぷんぷん怒っている暴言母を連れて行ってくれました。あれ、ベアトリスさんも行っちゃうんですか? 案内役がいなくなりましたね。
残されたセシリアさんが、大きくため息をつきました。
「わたしの家族が、ごめんなさいね。せっかくの入学式なのに……」
「大丈夫です、気にしません。わたしはもうすぐ七歳になりますし」
威張って言ったつもりなのに、微笑ましい感じの笑顔を向けられてしまいました。でも……笑うときれいで可愛いです。さっきから困った顔ばかりしていましたからね。
「さあ、学校の説明をしますよ。お茶とお菓子を頂きながら、のんびり聞いて下さいね」
「はあい!」
子供たちが良いお返事をして、パタパタと席につきました。わたしも子供なので『はあい』と無邪気に言いました。
ヘンリーが足元でずっと、ぶつぶつと文句を言っています。
“エルシャちゃん、ひどい。飛びかかろうとしたの止めた。あんな子の犬になるくらいなら、蚤のお風呂に入る方がマシだよ!”
ごめんね、嫌な想いをさせて……。止めたけど、実はわたしも飛びかかりたかったです。
波瀾万丈の幕開けではありましたが、翌日から、わたしの貴族学校幼年部生活がはじまりました。
今朝は詰所から通学なので、ダグラスお父さんに制服のボタンを留めてもらいます。
自分でも出来るのですが、一度やってもらったら思いのほか嬉しくて。えへへ、毎回やってもらっています。
「首、苦しくないか?」
「ちょっと苦しいけど、大丈夫です」
「苦しいのか」
「我慢できます」
「我慢しなくていい。ひとつ外せ」
こんなやり取りに、小さな幸せを感じます。
学校へは、詰所から歩いて大通りへ出て、馬車の乗り場まで行きます。ピートくんが送ってくれる日もありますし、ダグラスお父さんが一緒の日もあります。
ヘンリー? もちろん一緒です。
校長先生からは週に二回程度、というお話でしたが——子供たちに大人気なので、いつの間にか毎日になりました。
『学校行きたくなーい!』
『ヘンリーくんが待っているわよ』
『行く!』
……という会話が、あちこちの家で交わされたそうです。
先生たちは最初こそ「大きいですね……」と顔を引きつらせていましたが、辛抱強くて子供たちのいたずらにも決して怒らないヘンリーを、今はとても可愛がってくれています。
歓迎会で騒ぎを起こしたベアトリスさんは——何かと噂の人でした。
淡い金色の髪はつやつやのふわふわ。長いまつ毛に縁取られた大きな目は、夏の空みたいな濃いブルー。品のいい小さな鼻も可愛らしいです。
「あんなに美人なのに、口を開くとたいてい意地悪だよね」
「本人は意地悪のつもりじゃなくて、『普通でしょ?』みたいな顔してて、なおさら厄介なの」
——などと、的を射た話が学年の垣根をこえて聞こえてきます。
「ベアトリスさん、今日もお休みなんですって」
水曜日は実技の日、金曜日はテストの日です。ベアトリスさんは、その二日を必ず休みます。
反対に、必ず登校するのは月曜日。この日は課題の提出日。
大事な日に欠席するのに、成績は上位。提出物の出来は抜群。
みんな、不審に思っているようですが、口に出す人はいません。
セシリアさんは、その逆です。
噂に上がることはほとんどありません。目立たないし、声も小さい。笑うとあんなにきれいなのに。
提出物の評価は悪くて、先生からは『怠け者でやる気がない』なんて言われているらしいです。
わたしが会った時の印象と、まるで別物です。セシリアさんがそんな人だと、わたしにはとても思えません。
先生方は、ベアトリスさんの欠席や提出物について、何とも思わないのでしょうか?
「偶然って、そんなにしょっちゅうは起きないですよね」
そう呟いた瞬間、おじい様の本棚で生まれた“ちびっ子探偵”が、わたしの中でこっそり起き上がりました。
読んでいただき、ありがとうございます。
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