第1話 エルシャ、貴族学校へ入学する
皆さま、お久しぶりでございます。
エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。
グリーンウッド家からの離籍届が受理されて、グリーンフィールズを名乗るようになりました。
それとほぼ同時に、わたしの後見人が決まりました。
名乗り出てくれたのは、西区八番街警ら隊のダグラス・リード隊長、西区の取調官のチャーリー・エバンスさん、下町で有名な偏屈医師であるハワード・ハドソン先生です。
わたしは誰かひとりを選ぶことができなくて、三人ともお父さんと呼び、全員と“家族ごっこ”をはじめてみることにしました。
ただ、紛らわしいので、呼び方はきっちり決めました。
ダグラス隊長は『ダグラスお父さん』。エバンス取調官は『エバンスお父様』。ハドソン先生は『おじいちゃま』です。
ただいまと言って家に帰り、一緒に食事をして、おやすみなさいと言って眠ります。三つも新しい家ができてしまいました。
辺境の牧場と詰所もありますから、なんとわたしの家は五つです。そんなの聞いたこともない? そうでしょうそうでしょう、えっへんです!
昨日から、エバンスお父様のおうちで過ごしています。今回で三度目の訪問なのでだいぶ慣れました。
エバンスお父様は、奥さまのシャーリーお母様と二人暮らしです。
シャーリーお母様はお身体が弱く、結婚前から子供は諦めていたそうです。わたしが行くといつも大歓迎してくれて、色々とお世話をしてくれます。
髪を梳いてくれたり、爪をきれいに整えてくれたり……。柔らかくて少し冷たい手が、とても気持ちいいです。
儚くて上品なシャーリーお母様は、キャサリンとは似ても似つかないので、嫌なことを思い出すこともありません。
以前ピートくんがエバンスお父様のことを、『早く家に帰ることしか考えていない』と言っていました。すごくわかります。
こんなに優しくてきれいな奥さんがいたら、わたしも仕事なんか早く終わらせて飛んで帰ると思います。
貴族にも、仲良しのご夫婦がいるんですね。
今日は午後から、貴族学校の初等科への入学式があります。制服を着て、準備を整えてもらっています。
「髪の毛はどうしましょうか。軽く結んでみる?」
「はい、お任せします」
「ふふ、柔らかくて素直な髪ね。きれいな髪留めがあるの。……ほら、素敵」
手鏡を使い、横顔を見せてくれます。髪留めは繊細な銀細工で、お花の意匠です。
「わぁ……。わたしじゃないみたい」
「ふふ。しっかり者のお姉さんの出来上がりよ」
ずっと前に……母様が元気だった頃、こんな風にお洒落して二人でお出かけをした気がします。残念ながら、その頃のわたしは幼すぎてあまり覚えていないのですが。
「エルシャくん、制服がとても似合っていますね。シャリーは今日も春の花々より魅力的です。二人をエスコート出来るなんて光栄だよ」
エバンスお父様が貴族らしい振る舞いで、馬車に乗せてくれました。にこやかで、仕事の時とは別人みたいです。
ヘンリーもたっぷりブラッシングしてもらって、毛並みがピカピカです。
「ヘンリーくんは、馬車の中でも大人しくしていて、えらいわね」
「はい。でもやんちゃな時もあります」
「そう……。うふふ。最初は大きいから、びっくりしちゃった」
「わたしもです。最初に会った時は、食べられちゃうかと思いました」
わたしたちの会話を聞いて、エバンスお父様がそっと目がしらをハンカチで押さえています。どのへんが琴線に触れたのかわかりませんが、嬉しそうなので良かったです。
ヘンリーが“ぼくの顔、怖いの……?”と落ち込んでクゥーンと鳴きました。
「わうっ」
“凛々しくて格好いいですよ”と犬語で言うと、尻尾をパタパタと振ります。なんでも素直に受け取るヘンリーは本当に可愛いですね。
馬車はすぐに学校へと到着しました。
「私たちは入学手続きと、保護者説明会に出席して来ます。エルシャくん大丈夫かい?」
「はい。ヘンリーが一緒ですから」
「説明会が終わったら迎えに来るから、一緒に帰りましょうね。ヘンリー、エルシャをよろしくね」
「わふっ!」
ヘンリーは校長先生からの依頼で、週に二回程度一緒に登校する予定です。『特殊技能を持つ動物とのふれあいを通して、情操の育成を促す』らしいです。
『情操の育成』はわからないので、あとで辞書で調べようと思います。
「わぁ……!」
学校の中庭はまさに春爛漫でした。何本もの大ぶりのアーモンドの木が、薄紅色の花を綻ばせています。花壇ではアネモネやチューリップなどの茎の長い花が風に揺れています。
きれいに刈られた芝生に、白いテーブルセットとパラソル。隅々まで整えられたお庭は、腕のいい職人さんが作った箱庭のように可愛らしいです。
平民になったわたしが、なぜ貴族学校へ入学できるのかというと、試験で満点を取って特待生に選ばれたからです。えっへん!
『入学の案内』のパンフレットを取り出して、自分の席へと向かいます。テーブルにはケーキスタンドとティーカップが用意してあります。さすが貴族学校ですね。
「ねぇ、どうして犬を連れているの?」
同じテーブルの子に聞かれました。
「ヘンリーは救助犬なんです。校長先生に、連れて来るように頼まれたんですよ」
「お、おおきいね……。噛まない?」
隣の席の子からも声をかけられました。みんなヘンリーに興味津々ですね。
「噛みません。ヘンリーはヒヨコを頭に乗せてあげるくらい、優しいですよ。でも、熊を追い払ったこともある、強い犬です。背中にも乗せてくれます」
ワアッと歓声が上がりました。
「さわってもへいき?」
「ぼく、せなかに乗ってみたい!」
「ケーキ、食べるかしら?」
ヘンリーは一瞬ピクッと耳をそば立てましたが、ゆっくりと伏せて頭を下げてくれました。
あっ、あれはヒヨコを頭に乗せるポーズです。ヘンリーの中では、貴族の子供たちはヒヨコと同等に分類されたみたいですね。
子供たちがヘンリーの周りに集まります。みんなほっぺを赤くして、目をキラキラとさせています。可愛いですね。いえ、わたしも同じ年齢ですが。
貴族学校にも、エミリーみたいな子ばかりではないんですね。これなら友だちが作れるかも……!
あっ、いましたね。エミリーみたいな子。
ポツンとテーブルに残されて、顔を真っ赤して怒っている女の子がいます。ずいぶんと年上みたいです。『ベアトリス』と書かれた名札と『案内係』の腕章をつけています。
「なによ! 私が話していたのに……!」
「……あのおねえさん、じまんばっかりなんだもん」
「あんない係って言ってたけど、ぜんぜん学校のはなし、しないし」
「ねー、ヘンリーとあそぶ方が、たのしいわ」
こしょこしょと、ナイショ話のつもりでしょうけど、けっこう声、おおきいです。
「何ですって!」
ほら、聞こえちゃった。
「あんた、何なのよ! 犬なんか連れて来てえらそうに……ふふん、そうだわ! 私がその犬、買ってさしあげるわ。おいくらかしら?」
そう言って立ち上がったベアトリスさんは、高級なお店の宝石みたいな美人さんです。でも――そのぶん、言葉だけが見事に、最低でした。
読んで頂きありがとうございます。
本日より第二章の投稿開始します! まだまだ続きますので、ぜひブクマと☆評価をお願いします。
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