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電書第3巻(完結)3/25コミックシーモア配信予約開始 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第一章

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第44話 走馬灯が見せたもの

 三度目の走馬灯が、回りはじめました。


 暗闇の中で、丸い光の輪が浮かび上がります。ぐるぐる回る光のひとつひとつに、小さな窓のように別の光景が映っています。


 最初に見えたのは、知らない街の公園でした。


 夕焼け色に染まる遊具のそばで、女の人が笑っています。髪をひとつに結んで、エプロンをつけています。滑り台のてっぺんから、小さな男の子が「ママー!」と手を振っています。


 歓声を上げて滑り降り、女の人の方へ走って来ました。


「そんなに走ったら転ぶよー」


 女の人――森中えりこさんが、笑いながら両手を広げます。男の子が勢い良く飛び込んで、その胸におさまりました。


 あの、真っ暗な団地の一室で、父親の足音に怯えていた女の子と同じ人とは思えません。笑顔の眩しい、お母さんです。


 えりこさんの腕は、殴るためじゃなくて、抱きしめるために使われている。


「『陽だまりのエルシャ』を読んだだけじゃ、私の人生は変わらなかったんだよ」


 えりこさんの声が聞こえました。


「エルシャみたいに我慢してても、現実では誰も助けに来てなんかくれない。だから感想文を書いたの」


 養護施設の小さな部屋が見えます。ひどい職員もいるけれど、えりこさんの相談ごとを真剣に聞いてくれている人もいます。


 夜間大学に通って、資格を取って、夢だった仕事に就いて。結婚して、子供を産んで――。


 走馬灯の光の中のえりこさんは、しっかりと前を向いて、たくましく自分の人生を歩いていきます。


「私も怖かったよ。父親みたいになったらどうしようって。弟も泣きながら、そう言っていた」


 えりこさんが、子供の寝顔を眺めながら、呟くように言います。


「でもさ、あんなのは親じゃなかった。私も弟も、今は愛することを知っている。それを教えてくれる人に出会えたんだよ」


 虐待の連鎖という鎖は、えりこさんを縛ってはいませんでした。えりこさんは諦めずに根気強く、鎖から抜け出したのです。


「あなただって、出来るよ。愛することも、愛されることも、もう知っているでしょう?」


 そう言って笑うえりこさんは、どこか母様に似ていました。



 光の輪が、また回ります。


 深い森が見えました。雪の積もった斜面にショーンが立っています。前に見た時より、少し背が伸びています。精悍な顔つきで周囲を見渡しています。


 周りには、たくさんの犬たち。黒い毛並みの犬、耳の垂れた犬、片目のつぶれた犬……。犬に視線を移すと、ショーンの目は優しく緩みます。


「ほら、こっちだ」


 ショーンは、人間の言葉と犬の言葉、両方で群れを導いています。


 ショーンは犬たちの飼い主でも、犬使いでもありません。()()()()()なのです。


 安全なねぐらを作り、危険な動物を避ける工夫をし、食べ物を蓄えます。厳しい冬を乗り切るために、やることはいくらでもあるのです。


 遠くに人間の村の明かりが見えました。でも、ショーンはそちらを振り返りもしません。


「あそこには、ぼくの場所はなかった。恨んだこともあったけれど、もういいんだ。仕返しをしたいとも思わない。ぼくの大好きな犬たちに、そんな汚いことはさせたくない」


 ショーンは森での暮らしを選びましたが、人間であることをやめたわけではないようです。森の恵みや貴重な植物、獲物などを人間の狩人と取り引きをしています。

 決して豪華ではないけれど、暖かい衣服を着ています。


 ショーンは自分を育ててくれた犬たちのように、群れのたくさんの子犬を慈しんで育てました。


「……ぼくは人間の残酷さに絶望していたけど、ぼくの人生はそれだけじゃなかったよ。愛することも、愛されることも、犬たちが教えてくれた」


 ショーンは自分を繋ぐ鎖を、自分で研いだ牙で、噛み砕いて断ち切ったのです。


「人間の世界には戻らなくていいと思ったんだ。後悔もしていないよ。ぼくはぼくの選んだ場所で、思うがままに生きた」


 ショーンは、長生きは出来ませんでしたが、犬たちに見送られて静かに眠りにつきました。


 群れの犬たちが、一斉に遠吠えをしています。哀しみに満ちた声は、いつまでも森にこだましていました。


『また、いつか会える』『きっと、どこかで』。そう言っていました。



 ああ――。


 わたしは、気づきました。


 えりこさんとショーンは……。自分の居場所を勝ち取った人です。時には信頼する人や、優しい仲間に助けられながら、諦めずに進んだ人です。


 そして、わたしも――。



 光の輪が、大きく回りました。


 走馬灯の光の渦の中に、あの屋根裏部屋が浮かび上がります。本棚とベッドを軽々と押し上げて、ダグラスさんが昇っていきます。ポケットにはハチミツ飴が入っています。



 あの夜、屋根裏部屋から叫びました。声の限りに叫びました。それは六歳のわたしの、たったひとつの出来ることでした。取るに足りない、悪あがきでした。


 でも、わたしの声を聞き逃さずに、真夜中なのに警ら隊に連絡してくれた人がいた。おざなりの対応をせずに、屋根裏部屋まで来てくれた、ダグラスさんがいた。


 寡黙で心配性のダグラスさん、やんちゃなヘンリー。陽気なピートくん、面倒見のいいハドソン先生、真面目で涙もろいエバンスさん。


 穏やかなソフィアさん、マイペースなベックさん、厳しくも優しい師匠のトーマスおじ様。


 わたしがわたしであるだけで、愛してくれたおばあ様。慈しんで育ててくれた母様。


 みんながわたしを呼び、手を差し出してくれます。その手を取った時の、くすぐったい気持ちをはっきりと思い出しました。


 わたしはあの寒々としたグリーンウッド邸だけが、世界の全てじゃないことを知っている。


 だから――。


(わたしは、あの人みたいにはならない)



 その瞬間、わたしに絡みついていた鎖が、弾けてバラバラに飛び散りました。


 走馬灯が、ゆっくりとその動きを止めてゆきます。


 わたしは、きっともう……大丈夫です。




読んで頂きありがとうございます。


さぁ、いよいよ、次話は父親との対決ですよ!

エルシャの正念場です。彼女がどんな選択をするのか、

何を捨て、何を掴むのか。

どうか、最後まで見守って下さい。

第一章のクライマックスなので、連続投稿しちゃいます。

続きが気になる方はブクマ(第二章もあります!)

面白いと思ってくれた方は、☆での応援お願いします!

皆さんの応援が、エルシャを強くしてくれます。

作者の燃料にもなりますよ!

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― 新着の感想 ―
とても素敵な走馬灯でした。 虐待の鎖は断ち切れるという強いメッセージを感じました。
 人物名を始め、より具体的にエルシャちゃんへ成長場面や復讐心などとの決別を見せ、新たな絆や道筋を見せる走馬灯から、簡単に言わないでなどと怒鳴り散らさずに学ぼうとするエルシャちゃんの様子が熱いですね。 …
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