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VR&RW Online  作者: 田島 康裕
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第9話 政界の古狸

 テレビを見ていた視聴者も、南雲の思いを、肌で感じ取ると、「いいぞー!」という、賛同のシュプレヒコールが沸き起こった。


 この男なら、本当に、この国を変えてくれるかもしれない。


 いや、俺たちが、一緒に変えてやるという、かつてない、国民一人一人の感情のパラダイムシフトが起きた。


 その後に行われた、解散総選挙では、戦後最大の投票率を叩き出し、南雲は、国民の信任を強く受け止めた。


 驚くべきことは、その後の政局にあった。


 今まで、与党の政策を批判していた、野党の議員の中からも、南雲が実現しようとする政策に共感し、党を越えて、協力の意志を表明した。


 それは、国民の多大な支持を得た、南雲に便乗した人気取りではなく、己の政治家としての矜持を全うしようとする、純粋な意志によるものだった。


 それだけではない。


 南雲の政党で、長らく鎮座していた大物政治家で、齢八十を越える、小泉宗右衛門(こいずみそうえもん)までも、その心を動かしたのだ。


 かねてより、黒い噂も絶えなく、自身の保身や、利益を最優先することに、血まなこになっていた小泉を、南雲から政界の古狸と批判の矛先にも上がった人間が、側近の議員に溢した言葉があった。


 「今の時代にもいるんじゃな。あれ程までに、この国の行く末を憂いて、自身の御旗を、臆面もなく掲げる丈夫ますらおが……」


 宗右衛門は、貧しい農家の末っ子として育ち、明日の見えない日々の中で、しかし、自分のような暮らしを、後の世代にさせるものか、と言う思いを、幼い頃より抱き、必死になって勉学に打ち込んだ。


 学校に行くことが出来なかった宗右衛門は、同級生で親友であった、安倍龍治(あべりゅうじ)に学術書を借り、藁半紙に全て書き写し、もの凄い勢いで習得していった。


 寝食を惜しみ、沢から蛍を捕まえては、日々、己の研鑽を積んでいった。


 その評判は、小さな村でも、人づてで広がり、学校で安倍の担当だった、教師の、芹澤源三郎(せりざわげんざぶろう)が教室に呼び、その実力を調べるため、わざと、初等科では習わない、中等科や高等科、更には、難解な中学から、大学受験までの様々な問題を解かせたところ、その解答は全問正解だった。


 その実力に、芹澤は驚きを隠せなかった。


 安倍から、学術書を借りて、勉強をしてることは知っていたが、それ以上の知識を有していることに、雷が落ちたかのような衝撃と、興奮を抑えられない様子の芹澤は、


 「貴様、この知識はどこで覚えたのだ?私が教えている、初等科の知識だけでなく、この問題は、帝都大学の受験で出される問題であるぞ」


 そう言うと、少年の宗右衛門は、屈託のない笑顔で答えた。


 「はい。あっちゃんから借りた学術書は、すでに習得致しましたので、街にある帝国図書館の書物を拝見させて頂き、自身の知識として身に着けました。司書官のご婦人様にも、親切にして頂き、特別に、閲覧する許可を頂戴したことに、私は、深い感銘を受けました」


 芹澤は信じられなかった。


 その、深い知識の在り方だけではない。


 宗右衛門が住む、この場所から、帝都図書館までの道のりは、馬を走らせても三時間は掛かる。


 そんな、移動手段もない宗右衛門は、その幼い足だけで通うなど、芹澤が、信じられないのは無理もなかった。


 いや、それ以上に、この傑出した逸材が、このような片田舎で、このまま埋っていいはずがないと、身を震わせ、芹澤は興奮を抑えきれずにいた。


 「宗右衛門よ。なぜ貴様は、そこまで勉学に打ち込むのだ、答えてみなさい」


 宗右衛門は、考える素振りを見せず、即座に答えた。


 「この国を良くしたいからです。私のように、満足に勉学に触れることの出来ない環境を無くし、誰もが平等に、安心して、日々の暮らしを享受する日常を、私は、作りたいと思うのであります」


 その眼差しは、無邪気で屈託がなく、同世代の子供たちと同じ、可愛らしい表情だったが、その目には、烈火の如く、熱い血潮を内包していることを、芹澤は、もはや、驚きを通り越すほど晴れやかに、宗右衛門の(まなこ)を、ジッと見据えると一言、


 「天晴れじゃ!貴君の行く道が、幸多からん事を、私は、全力を持って応援させて貰うぞ!」


 「ありがとう御座います!」


 宗右衛門は深々と一礼する。


 その爽やかなまでの少年の笑顔を見据え、芹澤は自身が出来る、最大限の支援を行うことを決意する。


 それまで、満足に生活の出来なかった、小泉の家を助けるため、村人一人一人に、宗右衛門の存在が、如何に、この村に、そして、この国に取って必要な存在かを、辛抱強く説得していった。


 それは、次第に、大きな支援の輪となって広がると、村総出で、宗右衛門を応援するようになっていった。

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