第59話 忍びの里
「相変わらず、耳が早いねぇ」
南雲は感心したように、又吉を見ると、
「俺の情報網に掛かりゃ、某国のトップのスキャンダルもお手のモンだぜ」
又吉はニンマリと得意げに、自分の頭に人差し指を当てると、
「あんまり驚かねぇんだな」
南雲の反応に又吉は、物足りない様子で頭をゴシゴシと掻き、
「おやっさんよりも先に、俺に教えてくれたヤツがいたんでな」
「ほー、そりゃ、大したもんだ」
感心したように、今度は顎を摩り、往年の俳優のように渋くリアクションすると、
「何て名だい?」
又吉は興味ありげに、南雲に尋ねると、
「ははっ、そいつは言えねぇな」
勿体ぶるでもない態度を見て、
「まっ、いいさ」
それ以上は聞かず、又吉はハンドルを軽く握ると、
「ちょっと寄り道でもするかい?」
「いいねぇ」
その言葉を聞いて、南雲は顔を綻ばせると、警護の二人が、
「あの、手筈というものが」
「そうです」
二人は慌てたように、南雲を見ると、
「大丈夫だって」
「まぁ、今から行くところは、この国で、一番安全な場所って言っても、過言じゃねぇんだぜ、お二人さん」
新しい煙草を吹かして、心配そうにしている、二人の顔をバックミラーで見ると、脳天気な声で話し、
「……そんな場所が」
「あるんですか?」
二人は互いの顔を見合わせて、その言葉が嘘でないことを、南雲たちの態度を見て確信すると、
「じゃ、行くぜ」
都内某所に向けて、又吉が車を走らせる。その際、車に備え付けられた、ディスプレイをタッチすることを忘れない。
「用心はしておかねぇとな」
そのボタンを押すと、光学迷彩によって車体の色が瞬時に変わった。
さらに、GPSからの情報をシャットダウンする、ステルス・フィールドが展開する。
衛星上から、南雲が乗った首相専用車の位置データは、ゴーストのように、全く違う場所に表示される。
「相変わらず、こんなモン作るなんざ、公安のメカニックは、スパイ映画が大好きなんだな、ったく」
その最新鋭の、一般には出回っていない、軍事兵器よりも先をいく、日本独自のオーバーテクノロジーを見て、南雲は誇らしげに頷いていた。
「あ、あ……」
「……」
警護の二人は、開いた口が塞がらない状態で、浦島太郎のような気持ちになると、
「へへっ、喋るんじゃねぇぞ」
釘を刺すように、又吉が二人を見て、不敵な笑みを浮かべると、両者はコクコクと慌てて首を縦に振る。
車を走らせて暫くすると、目的の場所に着いた。
閑静な住宅街だが、何処か、異質な空気を漂わせる空間には、街灯の内部に極小の電子機器が内蔵され、独自のクローズド・ネットワークを構築されていた。
外部からの情報を意図的に遮断し、また、それを悟られないよう、ダミーのネットワークを、重複するように走らせる。
文字通り、日本に於ける陸の孤島となっていた。
「ここじゃ、警護の必要はねぇぜ」
又吉は二人に囁くと、ただの民家にしか見えない住居を指さした。
家の中で子供達が、キャッキャッと遊ぶ声が聞こえるなか、その父親であろう人物が、窓越しに又吉を見て微笑む。
が、その後ろには狙撃銃が、さも、当然と言ったように立て掛けてあった。
その事実を説明すると、
「ま、又吉さん!」
「何なんですか、ここは!」
又吉は小さな声で、二人を威かすように、
「ここら一体が、日本国が諜報活動するための本拠地、通称『忍びの里』さ」
エリア全体、そこに住む家族が一緒に暮らすことで、部外者からは違和感なく、自然に溶け込むように徹底された空間。
二人のように命を賭け、主人を護る立場の人間ならば、その独特な空気を、辛うじて感じることが出来たが、一般の人間には、ただの住宅街にしか感じられない。
それ程に、平穏で、のどかな街並みとしての仮面を見事に体現していた。
南雲と又吉は、車から出ると、古びた趣のある喫茶店へと入っていった。
警護の二人も、面食らった様子で後に続く。




