第48話 明鏡止水の境地
久遠の鋭い剣撃を、ギリギリまで引きつけると、ノルンは、真剣白刃取りで受け止める。
同時に、左手を掌底、右手は拳で久遠の剣を挟むと、勢いよく叩き付けた。
瞬間、久遠の剣は凄まじい金属音と共に、切っ先から真っ二つに折れた。
「!」
驚く久遠の僅かな隙を見逃さず、ノルンは後ろ回し上段蹴りを、久遠の頭部に叩き付けた。
見事にカウンターが決まると、久遠の身体は、地面に激突する直前、
「くっ!」
意識を翼に集中させ、大きく羽ばたかせると、地面すれすれで、その身を浮かせてダメージを回避した。
「……」
ノルンは上空で久遠の安否を確認すると、スッと地上へと降下していった。
再び、対峙した二人は無言で相手を見る。
先に声を掛けたのはノルンだった。
「まだ立ち上がる余力があるのですね」
「……」
久遠は頭を抑えながら、フラつく身体を支えるように立ち上がる。
「僕の剣を折るなんて、信じられません」
久遠が動揺するのも無理はない。
折られた剣は、懇意にしている鍛冶屋の女主人、ラリマによって鍛え抜かれた一級品であった。
その耐久値は、ラリマの技術の粋を尽くすことで、極限まで高められた逸品であったからだ。
その剣を素手で折るなど、到底信じられるものではなかった。
「龍人化した肉体を侮ってはいけませんよ」
如何に耐久値が落ちたとしても、その強靱な肉体を覆う、龍の鱗の物理特性は、ノルンが言う通り、警戒しなければ、足下を掬われる危険なファクターであった。
「条件は同じ……ですか」
そう言って、剣を無くした久遠が、小声で自分を言い聞かせるように反芻していたが、その声を聞いていたノルンは、
「本当に条件が同じか、確かめてみますか?」
その表情は一切の油断はなく、真剣そのものであったが、こと体術に於いて、自信があるのか、その目は好戦的な色を帯びていた。
ノルンの表情を見て、久遠は、ロイとの組み手稽古を思い出していた。
男なら、空手くらい覚えておいて損はないと、半ば強引に、ロイが久遠に一から格闘術のいろはを、懇切丁寧、
と言っても、アイギスとの稽古よりも、ニル・ヴァーナの世界で行う、ロイの鬼畜なまでのメニューを思い出し、久遠は、
「格闘術を使う機会は中々ありませんから、上手くいくかわかりませんが……」
と言って構えを取る。
「!」
その構えを見たノルンは、思わず感嘆の声を上げる。
久遠の言葉とは裏腹に、その構えは、実に無駄がなく、洗練されたものであったからだ。
「?」
ノルンのリアクションに、久遠は意味が解らず首を傾げる。
反対にノルンは、その構えをロイ、いや南雲と重ねると、
「ふふっ、ソックリですね」
と言って微笑むと、息吹をして構えを取った。
そして、
「行きますよ、久遠さん!」
ノルンが先に仕掛ける。
翼の風力と、自身の脚力を利用して、一気に距離を縮める。
先程、アイギスとの戦闘で、ロイが使用した縮地に、龍人化した、肉体とが掛け合わさったそのスピードは、ロイよりも技の精度が上回っていた。
「はぁっ!」
瞬時に距離を縮め、己の拳を、人中線の急所目掛けて放った、ノルンの攻撃は、容赦なく久遠を捉えたと思った瞬間、
「……」
久遠の身体は、流れる水のように淀みなく、その攻撃を最小限の動きで躱す。
体勢を僅かに崩した、ノルンの首に手刀を放ち、間髪入れず、下段蹴りで、前足を掬うように蹴り上げた。
ノルンの身体は空中で一回転して、地面に強かに打ち付けられた。
「え?」
余りの出来事に、事態を把握出来ないノルン。
地面に横になった身体と、視界に映る空を呆然と眺めていた。
その圧倒的な格闘術に思わず、
「……何が起きたのですか?」
自分に起きた、一連の出来事を理解すると、ノルンは身体を慌てて起こす。
久遠は殺気など微塵も感じさせない、いや、ニュートラルな状態で、不思議そうにノルンを見ていた。
そして、
「あ、あの、大丈夫ですか?」
こともあろうに久遠は、敵であるノルンの身を案じていた。
どうしてノルンが派手に倒れているか解らない様子で、無意識に反撃を行ったことにも気付いていない。
その事を理解したノルンは、思わず背筋が寒くなった。




