第3話 グランドマスター
話をしていると、視野が一瞬、ブラックアウトする。
ほんの数秒だったが、その違和感はすぐに分かった。
エントランスルームの掲示板に、あまり見たくないエンブレムロゴが現れてしまったからだ。
「パンプキンかよ、参ったな」
「先程までのラグは、大したことはないと思ってたんですけどね」
カボチャのお化けが、不敵な笑顔で、クルクルと動くアクションをしていた。
このロゴが出たということは、今日のライセンスマッチが出来ないサインであったため、二人は、残念そうに肩を落とす。
「こりゃ、女性陣二人のキレっぷりが目に浮かぶなぁ」
「ええ、そうですね」
本来なら、この時間に合流するはずだったクランの二人は、普段は温厚なのだが、稀に表示される、パンプキンのケラケラとしたモーションを見ると、対戦が出来ない怒りで、声のトーンが、何時よりも低くなり、とても近づけないオーラを発つからだ。
「まぁ、しゃーないか、二人には、俺が後で連絡入れるから、今日は解散とするかい?」
「そうですね。運営のことですから、復旧まで、それほど時間は掛からないと思いますから」
「だな」
「ロイさんは、今日はもう落ちますか?」
「うんにゃ、せっかく潜ったんだし、クラフトスキルのレベリング周回でもするわ」
「僕は、今日は落ちますね。長時間のプレイは、流石に堪えますから」
「久遠にとっちゃ、こっちでの生活が大事なのは分かるけどよ、無理しちゃな」
「ええ」
「それにしても、どうやったらクラフトスキルをカンストすんだよ、まったく。俺が今のクラスに上がるのに、どんだけ手間取ったか!スキルが上がるほど昇格条件が、エグイほど鬼畜になってきやがるからなー」
「特に、これと言って苦労はしなかったんですけどね」
「嘘だろ、マジかよ」
頭をヘッドバンキングしながら、ロイは、大袈裟にリアクションを取る。
その目には、羨望と、嫉妬の混じった色を浮かべ、
「何かコツとかないのか、な?あるだろ、あると言ってくれよ、大将~」
仕舞いには、涙を浮かべ、久遠にしがみつく有様だ。
「ど、どうしたんですか、ロイさん?」
「レベルL で提示される、素材と錬金を行う場所と時間、それに、レアモンスターからのドロップ率の記載とか、色々と無理ゲー過ぎるだろ、あれ!」
ニル・ヴァーナの世界は、複合的な世界を現すコードであって、そのプレイ環境は、実に多彩である。
先程まで、久遠達のいた世界は、正確には『ニル・ヴァーナ・アトラス』と呼ばれるフィールドで、ジャンルで言えば、タクティクスTPSに分類される。
ロイが、先程から必死に懇願し、攻略法の指南を求めているのは『ニル・ヴァーナ・オリジン』と呼ばれるフィールドのことだ。
この世界では、他の世界に持ち出せる、アイテムやタオ、スキルやアバターの衣装や装備品、スキンなどに必要な素材を集めることが出来るため、この世界に足を踏み入れたプレイヤーは、真っ先に、このフィールドから攻略するのが、定石であり、子供でも知っている常識であった。
なかには、そんな事を無視して、先程で言えば、チュートリアルマッチに飛び込み、初心者狩りに遭って戦意喪失し、アトラスのフィールドから去る者もいた。
「最高レベルのZ まで行ったグランドマスターって、俺の知ってる限り、お前しか知らんわ」
「僕も会ったことはないですね、公式サイトでも表記されてませんから」
「プレイヤー表記のメニューバーに表示されている、レベルZ のエンブレム、マジでパナイは、格好良すぎだろ!」
ロイが言っているのは、プレイヤーアカウントを表示するタスクバーの事で、プレイヤーのバイタルサインの下に、手に入れたスキルの称号が、勲章のように表示されるのだが、久遠のクラフトスキルのエンブレムには、双頭の鷲の中央に、百獣の王が雄叫びを上げる、実に雄々しく、神々しいグラフィックが表示されていた。
普通に行き交うプレイヤーには、スキルのメニューバーを見ることは出来ず、ユーザー名と、バイタルしか表示されないが、フレンドになるか、クランを組むことで初めて、詳細な情報を、互いに確認することが出来るのだ。
だからこそ、ロイが初めて、久遠と行動を共にした時の驚きは、凄まじいものだった。
全てのスキルを上げるだけでも、途方のない修練と、作業量をこなす必要があるからだ。
久遠は、その全てのスキルレベルが、カンストにほぼ近いものばかりであった。
ニル・ヴァーナでも、人づてで噂になるプレイヤーであり、『銀翼の魔術師』の二つ名を持つのが、他ならぬ久遠であった。