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旅立ち

 


「んな……冗談だろ? すずが、引っ越すだと?」

「冗談だったらよかったんじゃけどな……すずが話してくれた。あとひと月ほどで、遠く──遠いところへ引っ越すんじゃと」

「遠いところってどこだよ」

「さあ。そこまでは言わなんだ」



 ニケもタリーも、コッポ──は寝てるけど、いつもはすずの名前を出してからかうだけで飛んで逃げるくせに、神妙な顔をしていることが逆に腹立たしい。

やーい。引っかかってやんの! って、笑えよ!



「じゃがまあ、あれじゃ。猿山に落ちたんが、すずがいなくなる前でよかったの」

「いなくなるとか言うな! 死んじまうように聞こえるじゃねーか! 引っ越すだけだろ! ああ気分わりぃ。もう帰る。じゃあな!」



 ふっざけんな! 何が引っ越しだ! 勝手にそんな…………

なんで俺には言わねぇんだよ……バカすず……





「おやっさん。なんですずの引っ越し先、あいつに教えなかったんですか」

「教えてどうなる? 陸走では行けんところじゃぞ」

「まあ、そうですけど……」

「そこまでの橋は架かってないんですか? ええっとぉ……おきなわ? でしたっけ?」

「架かっとらんな。何百キロも離れとるんじゃ。船か飛行機でしか行けんよ」

「おいらが掛けるッス! 割ってもいいッスよ! あっ、大っきい縄なら引いてもいいッス!」


 …………。


「お前は朝まで寝てていいぞ」



 ▷▷▷



「ボスにゃ〜ん……ボスにゃんちゃ〜ん。いないの〜? お腹空いてるでしょう? ご飯持ってきたよ〜」


 ……チビザルめ。お前は俺を裏切ってるんだぞ! そんな猫なで声に騙され──


 グゥゥ


 ──きょ、今日だけは騙されてやろう。

飯だけ置いて、さっさと立ち去れ!



 木の陰からチラッと顔をのぞかせると、ホッとしたような顔をして、

「ここに置いとくね〜」と言いながら去って────行かない。

縁側までは戻ったけど、そこに腰掛けてこっちを見ている。


 簡単に近づける距離じゃあないから、まあいっか。


 安全な縁の下まで運び込むのはやめて、そのすぐ手前で食べることにした。

今日は出汁を取ったあとのいりこだ。珍しい。

すずの母親はこれを捨てず、佃煮なんかにしているのを知っている。

すずが前に言ってたからな。


 というか、俺に言うことがあんだろう! ムシャムシャ食べながら睨んでいたら「何やってんの。学校、遅れるよ!」母親に怒られ、バイバイと手を振って家の中へ入って行った。


 ほぼ一週間ぶりのまともすぎる飯をゆっくり味わいたかったけど、急いで腹に収め後を追う。まだ俺は、すずのボディーガードだからな。





 じーさんからすずが引っ越すことを聞いてから二週間。

身勝手な八つ当たり中なんで、じーさんたちには会わないように気をつけながら、落ち着かない日々をやり過ごしていた。


 そうしてすずン家が、外からでもわかるほどバタバタし始めたころ、ようやく本人から引っ越すことを打ち明けられた。



「わたしたちは引っ越すけどね、伯母さん家族がここに越してくるの。伯母さんは前に猫を飼っていたことがあるからね、心配しなくても大丈夫。ちゃんと頼んでおいたから、かわいがってもらえると思うよ」



 猫好きの伯母さんが来ると決まったからなのか、すずの母親も俺に飯をやることに口を出さなくなったらしい。おかげで毎日のように飯は食えている。けど──


「よお。久し振りじゃな。元気にしとったか」

「……見りゃわかるだろ。つーか、何しに来たんだよ!」


 ──引っ越すことは聞いた。でもその行き先は教えてもらえず、今もわからないままで、俺は苛ついていた。



「……沖縄……」

「はぁ? いきなりなん──!? すずの引っ越し先か!」

「じゃな」

「なんで知っ────じーさん。あんた前から知ってたな? なんで黙ってた!」



『遠いところ』としか言わなかったけど、絶対にこいつはあんときから知ってたんだ。それを、それを今まで隠してやがった!


 低い声とともに、思わず爪まで出してしまったが、引っ込める気はない。



「言ってどうなる。追いかけることなどできんのだぞ?」

「はあぁ!? なんで俺があいつを追いかけなきゃならねぇんだよ! バカバカしい。それとも何か? 沖縄までついて行ってボディガードを続けろって? ふざけんな!」

「そんなことは言わん。ただ──いや。邪魔したな」



 じーさんと、隠れきれていなかったあいつらの姿が見えなくなるまで待ってから、出しっぱなしだった爪でその場を盛大にほじくり返した。塩をまく代わりに。





 一晩中闇雲に走り回り、夜明け前に重い体を引きずって帰ってきた俺は、そのまま隣ン家の縁の下に潜り込み、乾いたふかふかの土の上にドサリと体を横たえた。



 泥のように眠る中──遠くから俺を呼ぶ、すずの声が聞こえた気がして……

夢の中でも走り回っていた俺の目が開いたのは、太陽が天高くへと昇りきったあとだった。



 ▷▷▷



「ボスにゃん」



 はっきりと聞こえた声にパチリと目を開けると、心配そうな顔をしたすずがこちらをのぞき込んでいた。



「よかった、生きてた。朝呼んだときはピクリとも動かなかったから、心配してたんだよ? ご飯がなくなってたから大丈夫だとは思ったんだけど、よその猫ちゃんが食べたのかもしれないし──生きてるならちゃんと返事してよね!」


 ……ふわぁぁ……飯だとぉ?………………チッ! やられた!



 悔しがる俺の気持ちなどわかるはずもないすずは、最後にちょっと怒ったような顔をして見せた。


 その顔を見ながら立ち上がり、ウ〜ンと伸びをする。

それから少し考えて、二メートルほど離れた場所から這い出すと、座って揃えた前足に自慢の長い尻尾を巻きつけ、

「にゃ」と一声。わかったとばかりに小さく鳴いてやった。



「あらま! 品がよろしくってよ、ボスにゃんさん」


 ……なんだよ、変な言葉使いやがって; アホか!


 まったく板についてない「オホホホ」笑いをするすずを見ながら俺は心を固め、その足で、これまでのお礼と最後の挨拶をするために、じーさんたちのところへ向かった。





 沖縄には一度だけ行ったことがある。あれは飼い猫だったころのこと。

俺にとっては主であった少年が、

「置いて行くのはかわいそうだ」と親に泣きつき、旅行のお供をさせられた。


 させられた──というと、嫌がっていたように聞こえるかもしれないが──本当に嫌だった。後出しで騙されたから。


 聞いたときには「ご主人様! ありがとうございます! 旅行楽しみです!」

と喜んだのは事実。が、当日になってまさかのアレ──大っ嫌いな病院に行くときに押し込まれるやつ!──を出してくるとは……聞いていない。



「やっぱりお留守番します! 番猫上等! お任せください!」


 全身全霊で叫びまくりながら必死に抵抗したけれど、いつものとおり、忌々しいかごン中に閉じ込められてしまった。


 周りはよく見えず、知らない声に知らない音。それらが大量に大音量で耳へと流れ込んでくる。まだ子供だった俺は、かごの中でブルブルと震えっ放しだった。

子供だったからだ。今同じ目にあったとしたら、そんなことにはならない。

今の俺は立派なボスにゃんだ! なるはずがにゃ──ンンッ、ない!


 ニャッホン!


 と、とにかく! 俺は行けるところまでついて行く。

飛行機には乗れないし、船に乗り込むのも難しいだろう。それでもとにかく行けるところまでは行く、そう決めた。



 親戚が住むことになるのだから、ここで待っていたほうがまた会える確率は高いとは思う。だけど、その間に何が起こるかは誰にもわからないのだ。

親戚が住み続けているうちはよくても、事情は変わるかもしれない。


 だったら、ほんの少しでも近くへ行って、そこで何かしらのチャンスを待つほうがずっといい。そう思った。





 旅立ちの前日の夜。すずがご馳走を持ってきてくれた。大昔に食べた記憶のある猫缶だ。自分のお小遣いで買った物らしい。


「伯母さんは優しい人だから、心配しなくて大丈夫だよ」


 悲しそうに笑いながらそう言うすずに「にゃ!」っと短く返した。

俺は大丈夫だから、お前も頑張れ! そんな気持ちを込めて。



 心は穏やかならず、喉は詰まって苦しかったけど、せっかくのご馳走を無駄にするわけにはいかないし、明日は想像もつかない距離を走ることになる。

頑張って完食し、頑張って眠った。





 翌朝。物陰に隠れ《品のよろしいポーズ》で、すずが車に乗り込むところを見ていた。そして、扉が閉まると同時に立ち上がる。


 さあ、いよいよだ! なんとしても食らい付いて行く──


「ボスにゃん!」


 ええっ!? ちょっ、なんだよ! 俺は忙し──ああっ! 出遅れちまったじゃねーか!!


 猛ダッシュで駆け出そうとした俺の前に立ちふさがったすみか。



 バカヤロー! どきや──



「見送り、一緒に行く? 連れて行ってあげようか? 空港まで」



 ──やはり思ったとおりのお人でした! お美しく、清らかな心をお持ちのすみか姫様! ぜひぜひともとも、ご一緒させてくださいませ!!





 後部座席。大変恐ろしくも──俺の考えなどお見通しだったかのごとく用意されていたみかん箱と、中に敷かれた使い古しのバスタオル。その上から、隣に座るすみか姫様を見上げ、精一杯かわいらしく「うにゃん」とお礼を言って、長い尻尾をパタパタと振り、大きな喜びを表現してみせる。それはもう精一杯に!



 ちろんとこっちに目を向けたすみか姫様は、

「何よ? 気持ち悪いわね」と一言。


 だけど、全然気にもならないし、腹も立たない。


 だってな? すぐにそっぽを向いたその口元はほんの少しだけ上がっているのに、俺を見るときはいつも冷たい色をたたえていたその目が……

真っ赤に染まっていることに気づいちまったんだよ。


 こいつは一番の親友と離れ離れになり、俺は……俺は──


 鼻の奥がツンとして、それから逃れるように体を丸めると、頑張ってもやっぱり眠れなかった時間を補うため、俺は静かに目を閉じた。



 初めて──彼女──すずと出会った日、過ごした日々を、思い出しながら。






     ── 完 ──






最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ほんのちょっぴりでも、楽しかったと思っていただけたら幸いです。


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