初対面の親友②
走る列車の窓から見える景色は暗い。列車の明かりがわずかに照らす地面は草のない土ばかり。空は雲が厚いようで星も月も光っていない。
夕食どきは終わったのに食堂車は混んでいて飛び交う話し声で賑わっていた。一人だったのに四人席のテーブルに通されたのは、ボーイが攫われた女性たちを連れて戻ったアークの顔を覚えていて優遇してくれたからだ。
お陰で窓際、ある程度他人と距離を保って、林檎ジュースの甘みとポテトフライの塩みで癒やされながら気持ちと情報を整理する時間がとれた。
……スイージュはよく喋る。
講義なのだから師匠が解説をし、弟子が静聴するのが当たり前ではあるのだが、スイージュが回し車のように喋るのでついていくには懸命に走らなければならず目まぐるしくひと言でいうと疲れた。
そんなながら第一回目の講義が終わったとき時計を見たら、スイージュが喋っていた時間は膨大な情報量の割に全部で二時間しかなかった。凄まじい情報の圧縮率だった。
――この世の、理。
瞼を閉じて、夜から目を離す。
聖女は語る。
世界は無数の法則と0から6種類の要素でできていると。第0要素〝有〟、第6要素〝無〟。
それから魔術的領域でよく使われる概念の四大元素と同じ、〝地〟〝水〟〝風〟〝火〟。最後に、第5要素――〝命〟。これは必ずしも生命を指すものではなく、精神や意思、霊魂、心などの〝目に見えないけれど存在する〟を、示す。
目下アークが視えておらず、視えるようにならなければならないのはその第5要素。
――魔法とは、秩序ある世界の自然な状態に〝自分の都合〟を押し付けて通すもの。
「無理を通せば道理が引っ込むのと同じです。世界はたいへん固くできているんですけど、魔法はその形を変えます。能力の種類というのはどのような形に変更を加えるのが得意かの偏りですね」
質問する。
「あたしの未来視っていうのは?」
「すべての要素の重なりの連続を飛ばして視る――本に例えるといいでしょう。未来視は、本のページをいくらか纏めて飛ばして読むのと似ています。
あなたの能力はもっと高度ですね。始まりは同じだけれど、ところどころに分岐が設けられていて、読者の選択によって事件の犯人が違う結末を迎える趣向の推理小説があったとします。
あなたは『この人が犯人だといいな』と決めて、その者が犯人であることとトリックの判明シーンだけ先に見て、分岐点の枝分かれを確認し、冒頭からそこに繋がると思しき選択肢を選んで読み進める。
これがあなたが未来視を使ってやっていたことです」
「ズルじゃない」
思わずそう口からこぼれた。例えられればそういった『感覚』ではあったけれど……。
そんなズルをしていいのか? 倫理的に。
全然、考えたこともなかった。未来が視える。その感触はあった。だけど、そんな、宿題を答えだけ見て書き写すような真似をしても……それは〝いい〟のか? 誰しも見えない未来を目指してもがきながら生きているのに。
聖女はこともなげに答えた。
「魔法使でない者からしたらズルでしょうねぇ。でも魔法ってそういうものです。元々が」
目を伏せて小さく続けた。
「全知全能になり得る力。この世界において人間に備わってる力ですから。世界が、人がその能力を持つことを許容しているんです。なので世界規模ではズルではありません。
魔法使ではない者でもナイフで刺したら人を殺せますけど、あなたはそうならないようその者が取り出そうとしたナイフを未然に取り上げられます。これをズルだと非難する人がいますかね? まあ、取り上げられた者以外で」
「んー……」
「そういうわけですが、現在あなたはページを飛ばすどころか印刷されたインクから情報が受け取れない状態です。できなくなったことを考えるのはひとまずやめて、まずは未来より先に現在の世界に存在する要素を受容できるようになりましょう。
課題を出します。この列車には『魔法使になら視えて、魔法使にしか視えない。視えればあなたが理解できるもの』があります。それが何かの答えを持ってきなさい。正答できたら次の講義をしましょう」
すぐに列車を巡った。細かなところもよく見た。消えたり現れたりするようなものではない。『それ』はずっと在って、今も在って、これからも在り続ける。
見えないものを、視る。
実は視えているけれど視えていると気づかなかったりはしないかと尋ねてみると『課題に出したモノは絶対ないです。おそらくあなたはびっくりしますから』だった。
夕食を終えてからも列車を回った。
「視えれば、見えているものと絶対区別がついて、あたしは意味が理解できて、びっくりする」
視れば、わかる。
「……?」
何かが引っかかった。最近あった気がする。みればわかるものが。
「みればわかる、みればわかる……?」
「お客様」
右肩を撫でながら記憶を混ぜ返していると、急に横で声がした。ボーイが目線を低くしてすまなそうにしていた。
独り言が大きかっただろうか。
が、ボーイの要件は注意ではなく依頼だった。
「相席をお願いできませんでしょうか?」
「相席?」
「はい……本来相席をお願いすることはないのですが、お見えになったお客様三名様の中でご気分の悪い方がいらっしゃいまして。待たないで済むよう夕食を遅らせていたそうなのですが、まだ混み合っているためすぐにご案内できるお席が用意できなくて」
なるほど。四人席に一人で座っているアークが余分を提供すればその一行はすぐ食事を頼める。
「いいよ。なんならあたしが出る」
「いえ、ほかのお席が空きましたらご移動願うことは了承していただいていますので、少しの間だけ、相席が嫌でなければお客様はどうぞごゆっくり」
本来特一等室は頼めば部屋に食事を運んでもらえる。昼食も夕食も部屋で食べた。食堂車に来たのは一人になりたかったからで、そういう事情の客があるならテーブルごと譲ってもよかった。
だが、考え事をしていたせいで皿に山と盛られたポテトはまだ三分の一も減っておらず、ストローが刺さったジュースも氷で薄まってはいるがまだ残っている。ここでアークが退席すると言い張ればボーイはこの席に通したことを後悔するに違いない。
流れ雲の仕事待ちの間、酒場の席で知らない者と同じテーブルについて話しをするのはよくあるので相席に抵抗はない。ボーイの良心的なサービスに汚点をつけなくてもいいだろう。
とはいえ、考え事に集中するのは諦めなければならないようだった。
自然に退席できるようポテトを早く片付けてしまおう、と、皿に手を伸ばすのだが、その量に参る。増量も希望していないのに皿いっぱいに盛られているのだ。大食ではない。どちらかというと食は細いたちだ。
夕食は済ませ、ついでにいうならスイージュに『あなた肉付きが足りなすぎます。たんぱく質を摂りなさいたんぱく質を。豆より肉です。肉を制すなら肉です』と勧められてステーキを百五十グルも注文された。
肉をつけるなら制してはいけないのではないかと疑問を投げかけると聖女は淀みなく言った。
『倒さなければならない敵は大抵肉の塊です』
閉口したが、剣を扱うための体重がなさすぎて、そのために技の幅が狭まっている自覚はあったので残り四分の一に難儀したが平らげた。
――からの夜食にこの量は多すぎる。スナックのつもりの注文だったのだけれど。残飯にしてしまうのは施された教育が許さない。残すより無理に食べるほうが料理人に申し訳なくなるまでは食べる。
「相席を許してくれてありがとう」
若い女の声がかけられ、ポテトをつまんだままそちらを向く。指からポテトが落ちた。
運命がいた。




