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08 猫と蛇の姉弟




馬車に揺られて館に帰った私はリドガルドに頼んでお湯を沸かしてもらう。

泥まみれの猫ちゃんをとりあえず洗ってあげようと思ったからだ。

本当はタライなんかがあると丁度良かったのだが、さすがに公爵様のおうちにそういうものはないらしい。

なのでどうせお風呂に入るしそこで一緒に洗ってあげることにした。


薄暗く、大理石のようなつややかな床に私が四人ぐらい入れそうな猫足のバスタブがどどんとある。正直こんなに大きくなくてもいいっていうか逆に不便じゃない?

とはいえこれ以上小さいものはないので諦める。

其処にお湯を張って、香油を入れてバラの花を浮かべて準備は完了。

毎度これをやるのは大変そうだなぁ……。ともあれ。


「さ、猫ちゃんおーいで」


お、大人しい。猫は水が嫌いって言ってたけど…魔界のは違うのかな?

猫も洗うのでお湯の水位も温度も低め。

其処に立たせてじゃぶじゃぶ洗っている間も猫は微動だにしないようだ。

……なんだろう。猫にまで私の悪名が轟いているわけじゃあるまいな…。

じゃぶじゃぶと容赦なくお湯で洗い、石鹸が目に入らないようにとごしごしと擦っていく。

長い外での生活だったのだろう。見る間にお湯は真黒だ。

この子を洗い終わったら一度お湯を抜いて綺麗にしてもらおう。そんなことを思っていたらこの子が尻尾をくるんと丸めて身体の下に隠しているのに気付いた。

うぅ、怯えられてる。


「大丈夫ーー怖くないのよーーー」


そう、子猫っぽいし、大丈夫大丈夫。確かおじいちゃんに言われた猫と仲良くなる方法は…。

そんなことを想いながらそっと撫でた私の手の先から―――奇妙な感覚。

うん?なんだこれ?ざらざら?つるつる……明らかに猫の毛の感触じゃない。…ちょっと鱗、っぽい?

すっと視線を見つめていた猫からその尻尾の方へと移動すると其処にいたのは、蛇。

金色のぎょろぎょろした瞳を此方に向けて、ちろちろと舌を出している。


「――――は」


余りの驚きに叫びだしそうになったその時。それ以上に驚くことが起こって私の悲鳴は姿を消した。

先程まで綺麗に洗っていた猫の姿は目の前から消えて、浴槽の中にへたり込む私に向かい合うように顔の半分を髪で隠して、猫の耳を付けた女の子が現れたからだ。

やせ細っていて髪はぼさぼさ、顔周りはそばかすだらけ。だけどどことなく可愛らしいその子がお湯に下半身だけをつけながら口をパクパクと動かしている。

そして、どうみても彼女の腰と繋がっている後からゆらりとのたうつ、さっきより数倍太くなった、蛇!!!


「あ、ああぁぁぁ、あの、わたし!すいませんだますつもりは…!!」


慌てたように言い訳を募るその猫少女がざばっとお湯から半身を乗り出したとき、ついに糸が切れた。


「うぅぅわぁあぁぁぁぁぁ―――!!!!」


だってそこには本来可愛い少女にはついてないはずのものがあったんだもの。

いきなり男性のアレ見りゃ、そりゃ叫ぶよ。



「何事ですベアトリーチェ様!!!!」

「にゃあぁぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁぁぁい!!!!」

「ああああリドガルド、ストップ、ストーーーーーップ!!!」




悲鳴に反応して飛び込んできて即殺しかねないリドガルドと

それにビビりまくって只管全裸で謝り倒す猫少女と

全裸のまま彼に縋り付いて其れを止めようとする私、という大変カオスな状況になった。









「うっ、うっ……ずびばぜん…」


そんなこんながあった後、とりあえずリドガルドを止めて彼女は毛布にくるんで私は湯あみをした後に部屋着に着替えた。

ただでさえ本日あれまくっていたリドガルドは大分興奮してたようだけど…泣きながら只管土下座をする彼女を可哀想だとさすがに思ったらしい。

そして今私と彼女は向かい合って椅子に座っている。リドガルドは私の少しだけ後方で控えている。


「…それで、貴方は……その」

「す、すいません嘘を吐くつもりはなかったんです……ただ、ただ何時言い出したらいいかわからなくて…」


名前も名乗らない彼女は先ほどから泣きっぱなしだ。相当リドガルドの殺気が怖かったんだろう。


「わ、わたし人猫とコカトリスのハーフなんですけど…」


どうやって作ったんだよ。という私のツッコミは喉の奥に消えた。

どっちが母親でもなんていうか微妙な背徳感というか、言いようのない感情があふれ出そうだ。


「でも、お母さんは私を生んだ後お父さんに食べられてしまって……」

「引 く ほ ど の ク ズ !!!!!」


どういう心理で子供作ったというのだろう。父親とやらに聴いてみたいが、それもまたなんか不安だ。


「それで…孤児となったはいいんですけど…私特にとりえもないし…変な混血だから虐められるし…

行く場所も頼る人もなくて、あそこで猫の姿をしながらひっそり生きてたんです…。

お腹はずっと空いてるし、怖い人はいるし……そんな中で持っていかれたことに気付いたのは馬車に乗ってからで……」


怖い人っていうのは確実にこれリドガルドだな…。本人もなんかばつが悪そうに咳払いしてるし。

そりゃああんな殺気ぶちまけてたやつが一緒に乗った馬車の中で全裸になったら一発で頭吹き飛ばされそうだもんね。わからんでもないよ。

それで此処に来てから流石に正体がばれると思って死を覚悟で元に戻ったと……。


「なるほど、大体の理由は分かった。分かったんだけど……一つわかんないことがあるのね。

………その、貴方男なの女なの」


私の視界にはどうしても先程見たものが張り付いている。一瞬だけだったけど忘れられない。

いや、たしかに生前は縁がまるでなかったので興味がなかったと言えば嘘ですけどもね!

見た目はどう見ても女の子なのになぁ、と私が難しい顔をしているとおずおずとその子が口を開いた。


「あ、あの……私は雌なんですけど……弟が雄なので……」

「弟??」


弟なんていたか?と私が訝しげな視線を彼女に向けた時に、後ろ側からにゅうっとごんぶとの蛇が前に向かって乗り出してきた。

どうみても毒蛇といった色合いの其れは金色のぎょろっとした瞳を此方に向けてチロチロと舌を出している。

そういえば、コカトリスは尻尾が蛇なんだっけ……。


「あっ、大丈夫です弟は喋れないですが、大変おとなしいので噛み付いたりはしませんから!毒はありますが!!」

「あ る ん か い !!!!!」


まぁ、この見た目でなかったら逆にびっくりするけどね。

大体の経緯とツッコミのやり取りをした私たちはお互いに長く引っ張ったようなため息をついた。

そして彼女は深々と頭を下げて 「本当に申し訳ありませんでした」 と言ってから立ち上がり

素っ裸のまま扉の方へと歩き出そうとする。

あ、あれ間違いなくそのままお暇するつもりだ。

確かにちょっとごたごたしたのは事実だけど、彼女が悪いわけじゃないし。

なにより不幸属性背負って生きてるような彼女をこのまま魔界の荒波の中に放り出すのは流石に気が引ける。


「あっ、あ、あの、ちょっと待って。ねぇ、ウチで働いてみない?」

「えっ……」


私の言葉にリドガルドがぴくりと片眉を持ち上げる様な仕草をしたけどそれ以上は言わない。

多分ここで反対しても無駄なのが分かっているからだろう。

べつに私としても無理を通すつもりはないけれど、まともそうな人材なら此処で逃がしてしまうのは惜しい。


「今傍仕えっていうか……メイドさんを探してて。貴方さえよければ此処で働いてみるのはどうかな。

仕事は多分、リドガルドが教えてくれると思うしそんなに難しい事じゃないはずよ」


これは本当の事だ。

傍仕えを選出するときにリドガルドが 「どうぞお心のままにお選びください。仕事は後からいくらでも叩き込むことができますので」 と言ってくれたのだ。

まさか自分で言ったことを覆すわけにもいかずにリドガルドもなんとも言えない顔で口を噤んだ。

しかし、彼女を頭の上からつま先までじろりと見つめて ふむ と思案するように顎を白手袋をはめた手で撫でる。


「たしかにまぁ、根は素直そうですからな。……ベアトリーチェ様が良しとおっしゃるのならばそういたしましょう。

ただし、やるからには完璧にこなしていただきますよ?」

「は、はい!!!私頑張ります!!頑張りますので、どうかよろしくお願いします!!」


衣食住全部つく仕事と聞いて彼女の眼の色がちょっと変わった気がした。前髪で隠れてて見えないけど。

うんうん、素直でいい子そうだし大丈夫だろう。

……リドガルドが厳しくしすぎないことを祈るばかりだ。








さて、其れから二日ほど。

案の定リドガルドの地獄のシゴキがあったのか初日はげっそりとしていた彼女だがやりがいは見出したらしく、今は私好みのお茶の入れ方をリドガルドから熱心に習っている。

身ぎれいにすると毛並も綺麗だし、あの尻尾の蛇の弟君も……慣れれば可愛いかもしれない。

しかし、平和というのはいつだって唐突に破られるものなのだ。



「たっ、たっ、大変ですベアトリーチェさまぁ!! あの、あの、門の所に……!!」


私がのんびりとした午後の中、魔力の扱い方初級編 を呼んでいると彼女が偉く慌てた様子で飛び込んできた。

なんだかただならぬものを感じて、もう何をいってるか分からない彼女につれられ玄関に出た私は、絶句した。



「よォ、姫さん。約束通り二日後だ。会いにきたぜ」

「御目通りを願いたく馳せ参じました」



其処にいたのは二日前にいた白と黒の彼ら。だけど、今はその色も区別がつかない。

何故なら彼らの姿は今は頭から足までびっちゃりと赤黒い液体で染まりきっていたからだ。

私が何もいえないでただ呆然としている反応をどう受け取ったのか知らないが、白が口を開く。


「…証を立てろと仰ったので、我らが誰とも通じていないことを証明してまいりました」

「あの路地にいた奴らは全部俺らがぶっ殺した。あいつらの誰が誰と繋がってようと、これで無意味だろ。

信じられないなら見てきても良いぜ。ただ今は匂いがひでぇけどな あっはははは」


けらけらと明るく笑う黒と、満足げに微笑む白。二人を見て私は確信する。


私は絶対早まった。



「なるほど、ただの犬というわけではなさそうですね。よいでしょう」


何がいいんだリドガルド。絶対御前間違ってるぞ。

そんなツッコミを入れるいとまも有らばこそ。一人取り残されてふぅっと色素も意識も抜けた私は彼女に支えられて少し早い御昼寝、もとい失神したのだった。


嗚呼畜生。 もうどうにでもなーぁれ。




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