14・クレイジーホース
主役は遅れてやってくる。
この顛末、始まりは妖精騎士ターム=レィインからだけど、終わらせるのはこのお方。
みなさんご存じこの王国の人気者。
騎士タームがいなくなってからの3年で美しく逞しく成長した。
そしてやらかすことも増えて王都の噂話に上るようになった。
女騎士レヴァンが霧の森を調べに行ってる間も、いつもどうりのことをしてた。
「ぐびゃっ!?」
高そうな服を来た腹の出たおっさんがひっくり返って、これまた高そうな机がひっくり返っておっさんを潰している。
豪華な屋敷の一室。
回りをいかつい男達が囲んでいるが、その男達をソードブレイカーなんてマニアックな武器で牽制するメイドさんがひとり。
そのメイドさんが守っているのがひとりの娘さん。
腕を組んで全てを見下ろすように立っている。
腹の出たおっさんは、机の下敷きになりながらも元気に喚く。
「ワ、ワシにこんなことをして! 小娘! ただですむと思うなよ!」
「やかましい! よくもこの王都で悪どい高利貸しなどできたものだ!」
商人のような格好の娘さんは、その見た目に似合わない高貴さと苛烈さでおっさんを潰してる机をガンガン蹴る。
「余の目に着いたが運のつきよ! お前の悪事は全て余が知った! 猛省せよ!」
「痛っ、痛い! やめろ! 悪事だと? なんの証拠が! 何様だ小娘!」
「あぁ? 余の顔を見忘れたか!」
「お前なんか知るかー!」
メイドさんが娘さんに近づいて、
「カツラをかぶっているのを忘れてませんか?」
カポッと娘さんのカツラをとって、その下の髪の毛を留めてるピンを外す。
「おぉ、変装をしているのを忘れていた」
カツラの下から現れたのは、世にも珍しい紫の艶に輝く美しい銀の髪、バサリ。
「余はこの国の王女、ジャネットである!」
メイドさんはパンパンと手を叩いて、
「はい皆さん。王女の前です。控えなさい」
高利貸しのおっさんを守ってた護衛達は慌てて剣を捨てて跪く。
机の下敷きになったおっさんは目を見開いて、
「お、王国の暴れ馬……」
「そっちの異名は知っていたか」
ジャネット王女は片手で銀の髪をバサリと振って、フンと鼻を鳴らす。
騎士タームが行方不明になってからは、この王女様がこの国1番の有名人。
不思議な紫の艶のある銀の髪と、元気が溢れて漏れた分が覇気に見えると評判の。
背は小さくてちっこいのになんか大きく見えるとか。
凄い美少女だけど睨まれると心臓を握られたように怖いとか。
その突撃力と行動力とやらかした様から『王国の暴れ馬』と呼ばれるジャネット王女だ。
父王と兄王子を王族として支える、とか言って町娘のふりしてはあっちにこっちに。
悪党を探し出しては見つけては蹴り倒して踏みにじる。
それが役目と信じて疑わない、愛と正義の暴れ王女だ。
「このクズ商人が、父上と兄上に話して金貸しも商売もできんようにしてやる。二度と王都で商いできると思うな」
「お、王女様。これは誤解です、何かの間違いです」
「聞く耳もたん。借金取り立ての際、お前が子供を蹴り飛ばしたのを余は見ておるぞ。あの子供骨折しておる」
メイドさんがピラリと紙を出して、
「こちら、その子供の治療費の請求書です。お納め下さい」
「え、えぇい! こんなところに王女がいるわけが無い! これは王女を騙る偽物だ! 取り抑えろ! そしてワシを助けろ! お前達、なんのために雇ってるか分かってるのか! 腕が立つというから高値を出していたというのに!」
おっさんの護衛達は武器を捨てた手をヒラヒラ振って。
「あー、旦那、ムリムリ」
「腕に憶えがあるから解ることもある。窓の外から弓で狙ってるのがいる」
「俺、立ち上がろうとしたら床下から伸びた剣が首をかすめた。ハハハ」
「こっちは天井裏から狙ってるのがいる。プレッシャーがハンパ無いわー。あかんて、これ」
ジャネット王女はピョンと軽く飛び上がり、
「これにて一件落着!」
ひっくり返った机にドンと下りる。
机の下敷きになったおっさんがぶぎゃあと鳴いた。
これで悪をひとつ退治した、と気分良く城に帰るジャネット王女。
隣を歩くメイドに訪ねる。
「アネッサ、騎士レヴァンはまだ戻らないのか?」
「はい、まだ霧の森より帰っておりません。代わりに霧の森付近の村より妖精について調べたものをまとめております」
こちら、ジャネット王女直属の諜報部隊、黒のメイド隊の総隊長のアネッサさん。
騎士レヴァンに鍛えられた黒のメイド隊は護衛もこなせるようになった。
さっきの屋敷の天井裏とか床下とかに忍び込んでいたのも黒のメイド隊ね。
「今のところ騎士タームの手がかりは霧の森か。騎士団が調べたはず、というのが盲点だったか」
「奥地まで調べに行った者がいないとは思いませんでした。やはり惰弱な雄犬などあてにはできませんね。騎士レヴァンだけでは無く我が黒のメイド隊にもご指示を」
「それも騎士レヴァンの報告を待ってからだ。妖精対策に魔法使いの手は借りられないのか?」
「霧の森には妖精王と妖精女王がいるということで、ほとんどの魔法使いは恐れて霧の森には行きたくは無いと。守り石などの妖精についての知識は得られましたが」
「魔法やまじないはもとより人の領分では無い、か」
お城に到着。ジャネット王女を出迎えたのはこの国の王様。
「ジャネット、どこに行っていたの?」
「はい、父上。この国の悪をひとつ潰しておりました」
「いや、そーいうのは他の者に任せて、大人しくしていて欲しいんだけど」
「何をおっしゃいますか父上。このジャネット、少しでも父上と兄上のお役に立つべく王族として国のため民のため、やれることはやっておくつもりです」
「いや、も、本当にいいから。お願いだから、そういうことはこの父に任せて。ジャネットも結婚相手が決まったことだし、少しはおしとやかに、ね?」
「結婚? いつの間に?」
「前に話したよね、ほら、隣の国の第二王子の」
「隣の第二? あー、あのひょろひょろして頼りない感じの。お断りします」
「あのねジャネット。王族の結婚って国同士の結びつきとかあるの。国交とか国益とか考えないといけないの。王族の義務とかあるの」
「王族の義務なればこそ、このジャネットに相応しき男で無ければなりません。国益を考えるならば、せめて余についてこれる者で無ければ」
「いや、そんな男まずいないから」
「余の婿となるには騎士タームか、彼を越える者で無ければなりません」
「単眼巨人をひとりで倒せるような勇士がホイホイいるわけないでしょうが。とにかく向こうも乗り気なので、1度顔を会わせて」
「顔を会わせてテストしろと。そこで余が自ら1度手合わせして確かめろというわけですね」
「テストも手合わせもダメ。あれ? 躾と教育方針間違えた?」
「ともかく、余は騎士タームと将来を約束したのです」
「そのタームが行方不明でしょう。もう3年も経つのだからいいかげん諦めなさい」
「あのタームが巨人ごときに負けるはずがありません。おぉ、兄上」
フラりとそこに来たのはこの国の王子。ジャネットのにーちゃんね。優秀で次期国王として期待されてる。
「兄上も言ってやって下さい。父上が余を結婚させようとするのです」
「なに? またですか父上?」
兄王子は王様をジロリと見て。
「この俺の可愛い可愛いジャネットを嫁にするというのなら、そいつは俺より強くて賢くなければ認めない。どこの男ですか? ジャネットの結婚の話は、先ずは俺と決着をつけてから」
ただこの兄王子、妹さえ絡まなければ隙の無い完璧王子なのに残念だ、ともっぱらの評判。
王様は頭を抱えて、
「なんでこう、うちの子ってガチなの? ミハイルより強いのって騎士タームぐらいしかいないよね?」
「やはり騎士ターム1択で」
「待てジャネット。そこにお兄ちゃんという選択肢を入れてみないか?」
「なんでこう、うちの子って無茶ばっかり言うの?」
こういうのがこの王国の王族のよくある日常ってやつだ。
「騎士レヴァン、御前に」
「無事に戻ったかレヴァン」
「ははい、無事……です、はい」
城に帰った女騎士レヴァン、早速ジャネット王女のところへと。
霧の森からの帰り道、馬に乗ると股が痛かったので歩いていたらちょっと遅くなった。
騎士レヴァンを見るジャネット王女は、んー? と首を傾げて。
「騎士レヴァンよ、なんか、前より色っぽくなってないか?」
「なななんのことでしょう? 私は何も変わりはありません」
「では、報告を」
「はい」
「正直に」
「……はいぃ」
騎士レヴァンの恥態報告プレイの始まり始まり。
騎士レヴァンは肝心なとこを誤魔化そうとしてたけど、ジャネット王女とアネッサのふたりがかりであやふやなとこをキッチリ尋問された。
妖精監視の公開処女喪失プレイの一部始終を本人の口から語らせたわけだ。
「うふうっ、もう、もう、殺して下さい……」
「ダメだ。それで次はどうなった?」
「タ、タームの唇が、私の右の、ち、乳首をくわえて……、その間もタームの右手は、私の耳の下から首筋を……」
「その間、レヴァンの手は? ずっとタームの背中を触っていたのですか?」
「だ、だって~、だって~」
「報告は詳しく正確に」
「レヴァンはタームの剣を直にナデナデしたんだろう? 大きさは? 固さは? 色は? 形は?」
「あう、あうぅ……」
「右の乳首をタームにレロレロされて、それでレヴァンはどうなりましたか?」
「ぐふぅっ」
「ふむ、気力が尽き果てそうだ。アネッサ、酒を持ってこい。キツめのやつを」
「はいジャネット王女。さぁレヴァン、酒の上の戯言ですから、気を楽にして全部話してしまいなさい」
「うぅ……、いっそ殺して下さい……」
「何を言うレヴァン。余と黒のメイド隊、みんなの憧れあの騎士タームに抱かれた一部始終。全てを話すまで死ぬことは許さん。で? 続きは? 右の乳首をタームにカプカプされてからは?」
「おふっ……」
これが話に聞く女騎士の、くっ殺せって奴? 俺が知ってるのとなんか違うんだけど。




