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12・繰り返す心の傷、凍りついたまま


 騎士レヴァンは銀の指輪を手のひらの上で転がす。ジャネット王女に貰ったものだ。

 ジャネット王女に聞いた話は、騎士レヴァンには信じられないものだった。


「しょ、処女? 私は、まだ処女ですが。まだ結婚してませんし」

「ならば都合が良い。霧の森の奥の泉に辿り着けるのは純潔の乙女だけ、という話だ」

「妖精もまた、わけの解らない呪いをかけたものですね」

「それで、男ばかりのうちの騎士団では見つけられなかったのかと思うたが、騎士レヴァンが処女ならば適任」

「いったい純潔の乙女に何があると?」

「霧の森に迷った乙女は、泉の側の妖精騎士に銀の指輪か純潔を捧げないと森から出られない、らしい」

「それってつまり、」

「銀の指輪を持ってない処女ならヤられろってことのようだ」

「その妖精、女の敵ですね。見つけ次第殺します」


 かつての友にさらりと死刑宣告された騎士ターム。

 いや騎士レヴァンにしても行方不明の友達が、見知らぬ秘境で強姦魔になってるなんて想像の埒外だろうけど。

 ジャネット王女は眉を寄せて、


「調べさせてはいるが『私、妖精にヤられましたー』と正直に告白するものがほとんどいないので総数が解らん。だが被害者はかなりの数いるらしい」

「ますます許せません。そいつ、吊るして手足の先から細切れにしてやりましょう」

「まぁ待て。その妖精騎士が騎士タームかもしれないのだ」

「そんなまさか。あのタームが手当たり次第に処女を強姦するとか、そのような非道をするハズがありません!」

「余も同意だ。しかし妖精の魔法で囚われて操られている可能性がある。まずはその妖精騎士とやらに会ってタームか別人か確かめてからだ。タームとは無関係なただの強姦魔であれば、細切れでもなます切りでも微塵切りでも好きにせよ。あぁ、そいつに生まれてきたことを後悔するくらい、思い知らせてやれ」

「解りました。そのような下衆は生かしておけません」

「後はこの銀の指輪を持って行け。噂の通りであれば銀の指輪を捧げることで、森から無事に出られるらしい」


 王女の話を思い出しながら、霧の森に向かう馬の背で騎士レヴァンは銀の指輪を左手に嵌める。


 ――あの高潔なタームが処女とみれば襲いかかるなどするはずがない。妖精が騎士の姿で非道を繰り返すのであれば、妖精といえど許さん。騎士の誇りを汚す行いなど、この噂が本当ならばすぐにでも止めさせなければ。

 だが、もしも騎士タームが妖精に囚われていたならどうやって救い出せばいいのか。まるで方法が解らない。

 それでも我が友、タームよ。生きているのならば私が救い出してみせる。

 む、私がタームを救い出す……

 それが本当に上手くいったなら……


『ありがとう。レヴァンのおかげで助かった』

『気にするなターム。友として当然のことをしたまでだ』

『レヴァンは私の恩人だ。この恩は生涯仕えて返そう』

『仕えるだと? よしてくれターム。私とタームは対等の友人だろう』

『……すまないレヴァン。私は、レヴァンのことを、ただの友として見ることができなくなった』

『ターム?』

『私はレヴァンのことを、ひとりの騎士ではなくひとりの女として――』

『な、なにを言い出すターム!』


 ――そしてタームの蒼い瞳が、私にゆっくりと近づいてきて、それから、それから――


「えへ、えへ、えへへへへ……、はっ?」


 妄想から我に返った騎士レヴァンは涎をハンカチでそっと拭って。


「ま、まずは霧の森の付近の村で情報を集めないと」


 騎士レヴァンは騎士団ただひとりの女騎士ってことで浮いていた。騎士タームはその美貌と実力で浮いていた。

 そんなあぶれ者ふたりがなんとなく仲良くなって友達になってたんだ。

 騎士タームにしてみれば、これまで同性の友達がいなかったけれど女と話すのは慣れてたから、他の騎士より騎士レヴァンの方が話しやすかった。


 騎士レヴァンも騎士タームのことを友達だと思ってた。

 見た目が派手だけど料理と裁縫が意外と好きな地味なところとか、手先は器用でも精神的に不器用なとことか、気に入ってた。

 他の女にやっかまれても、タームとは友達だから、騎士仲間だからと言っていた。

 レヴァン本人もそう信じていた。


 騎士タームが行方不明になるまでは。

 急にいなくなったことで気がつくこともあるよねー。側にいるのが当たり前だと気づかないこともあるよねー。


 さて霧の森では、騎士タームが泉の側で、アーチンとラバーフィンドとホブゴブリンとあやとりしながらほっこりしてる。

 アーチンは背中がハリネズミのトゲだらけの元気な男の子で、ラバーフィンドは毛がふさふさの長ーい尻尾の大人しい少年。

 ホブゴブリンは美少年の見た目に下半身は山羊の2本足。頭には山羊の角。

 一見不気味に感じる人が多いみたいだけど、見慣れると可愛いやつらだよ。


 あ、ホブゴブリンには最近の誤解を説明してほしいって言われてたか。

 ホブってのはロバートとかロビンとか愛称みたいなもんで、ホブゴブリンってのはゴブリンのロビンって意味だ。

 ホウキを肩に担いでるのがトレードマーク。

 すばしこくてイタズラ大好き、ミルクの上に浮いたクリームをすくったりとか、こっそり挽き臼を回したりとか。

 可愛いパックと呼んでミルクをあげると家の仕事を手伝ってくれるよ。

 いいゴブリンなんだけど、最近は悪いゴブリンの兄貴分みたいに言われていじけてんだ。

 あのカッコいいロビン・フッドも、実はホブゴブリンのひとりなんだけどねぇ。


 そんな顔は可愛い男の子の妖精達と遊んで、騎士タームも童心に帰ったように穏やかに。

 アーチンの顎の下をくすぐったり、ラバーフィンドの尻尾をもふったり。

 そんな美青年と美少年達の森のピクニックのような風景を打ち壊して突然現れるのは。


「ターム! 生きていたのか!」


 はい、がんばってここまで辿り着きました、騎士レヴァン。ようこそ妖精郷に。


 ――見つけた。ついに、見つけた――


 3年ぶりの再会に少し涙ぐんだ喜び満面で泉に近づく騎士レヴァン。

 一方の騎士タームは?


「レヴァンか?」


 ――見つかった。ついに、見つかってしまった――


 逃亡中の犯罪者が見つかってしまったというような悲痛な顔で固まる騎士ターム。

 なーんかこのふたり、相性悪いような。


「ほーう。今度の迷い人は女騎士かよ」


 新しいショーの犠牲者の到着に現れた妖精女王。そしていつもの妖精達がぞろぞろ森の中から出てくる。


「なんだ? この妖精の数は?」


 剣を抜いて警戒する騎士レヴァン。その回りを妖精達が取り囲む。


「あの国に女の騎士などいたのかよ?」

「妖精達よ、我が友タームを返してもらうぞ」

「返すわけなかろ。騎士殿はこの妖精女王のもの。まだまだ楽しませてもらわねば。しかし、我が妖精騎士をなぜ騎士タームと見破った?」


 女騎士レヴァンを見れば、その左手には穴の空いた石がある。


「なるほど、少しは妖精のことを知るか女騎士。自然に穴の開いた石、魔除けの守りか。その石の穴から覗き見ればまやかしを見抜くか」

「そうだ。この守り石があれば妖精のまやかしなど通じないぞ」


 妖精女王は、えー?やれやれと首を振る。


「妖精騎士は騎士タームにちょっと似た別人と認識するよう細工しておったのだがのー」

「え?」

「騎士タームがこの霧の森でしたことも、騎士タームに似た妖精の仕業、ということにしておくつもりだったがのー」

「え? え?」

「いずれ呪いを解いて騎士殿が人の世に戻ったとき、騎士殿が悪評を被らぬよう、本人とばれぬよう気を使っていたんじゃがのー。見抜いてしもうたかよ?」

「あ、あれぇ?」


 この騎士ふたり、本当に相性悪いのかも。


「と、とにかく、妖精女王とやら、騎士タームを開放しろ! 呪いを解いて森から出られるように!」


 騎士レヴァンは妖精女王に剣を向ける。


「さもなくば力ずくで!」

「挨拶も無く名乗りも無く、剣を向けて脅すかよ。礼儀を知らぬ女の騎士よの」


 妖精女王が手をさっと振ると騎士タームはふらふらと歩いて妖精女王の前に立つ。

 騎士レヴァンから妖精女王を守るように。


「ターム? そこを退いてくれ」

「くふふ、騎士タームは我が呪いにて我の思うままよ」

「なんて卑怯な!」

「卑怯? いやいや女騎士、これはお主のためよ? 我が妖精騎士を連れ去るというのなら、まずはその本人と話をして、その意志を確かめてからにしてはどうよ?」


 騎士レヴァンは改めて騎士タームの顔を見る。彼より美しい騎士はいないと言われる騎士タームの美貌は、3年の妖精郷の暮らしで更に磨きがかかったように見える。


 ――あぁ、タームがいる。タームに会えたというだけで胸にポッカリ空いた穴が、優しく埋められていくようだ。なんだか胸の奥が暖かい。ポカポカしてくる。やはり私は――


 いやー、それは妖精女王の呪い、蠱惑の瞳の影響もあると思うよ。

 だけど騎士タームは浮かぬ顔。眉間に眉を寄せて騎士レヴァンから視線を外して斜め下を見る。


「レヴァン、私は王国には帰らない」

「何を言うターム!」

「私がこの森でしてきたことは騎士として許されない。王国に戻れば王国騎士団に汚名を持ち帰ることになる」

「だがそれは妖精の呪いのせいだろう。それに妖精の騎士がタームだと知る者がいなければ、そうだ、私とタームが秘密にすればいい」

「妖精達は気を使ってくれたようだが、私のしたことを私は憶えている。何人もの乙女を辱しめ、傷つけてきた……」


 苦しげに語るタームを見て妖精女王はうくくと笑う。


「具体的には?」


 妖精女王の側のブラウニーがスケッチブックに騎士レヴァンの似顔絵を描きながら、


「約3年でー、えっと、199人だね」

「ひゃく……」


 驚いてビックリ顔の騎士レヴァン。


「……妖精の騎士が森に迷った乙女の純潔を奪うと聞いてはいたが、199人も? ターム?」

「え、えと、冬の時期は人が来なかったけれど、週に多くて5人で、月で5人から10人だから、3年で……そんなになるのか」


 ニンフが楽しげに追加してくる。


「お初はそんなものだけど、リピーターを入れると回数はもっと増えるわよ」

「リピーターってなんだ? タームのすけべ!」

「う……、返す言葉も無い」


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