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真実を操るのは  作者: 安藤真司
2/7

悪夢

 席替えが行われたのは帰りのホームルームの時間だった。

 クラスの誰だかが作った簡単なくじを引いて、その後で別な奴が黒板に書かれた座席に適当に番号を書いていく。公正を期すために、黒板に数字を振る奴は自分が引いた番号をもちろん見る前に書き終えてしまう。

 で、引いた番号の席に座る、というありきたりな席替え方法だ。

 席なんて替えたところで意味がないと思うがな。

 勉強する奴はどの席でも真面目に授業を受けるだろうし、勉強がしたくない奴はどの席でも居眠りする。

 進学校と自称してる割には、意外とレベルは低い。

 かく言う俺も、レベルを下げている側の人間では、あるが。

 まぁ、どの席でも俺は授業、真面目に受けないので。

 どこでもいいのだが。

 だが。

 だが、だ。


「また後ろか」

「また後ろになったねー」


 笑う玖亜(くあ)

 呆れる俺。

 毎度のことながら。

 何故かこいつは俺の後ろの座席についている。

 この一年、ずっとだ。

 何度席替えをしても玖亜は俺の後ろにいる、という驚異的なオカルトを起こしている。

 中学でも高校でもよくあることだろうが、席替えの結果、やり直しが行われることもままある。

 と、いうかまさに今回がそれだった。

 最初の一回目は何やらがあーで誰それがこーで、という文句によって、くじ引きからやり直しが行われた、のだが。

 その全てにおいて、玖亜は俺の後ろを確保している。

 言い方を変えれば、俺をいつでも刺せる位置に、玖亜はつけている。

 不思議だ、の一言で片付けることもできるのだが。

 不思議なのはやはりこいつ、櫛咲玖亜で。


「これで信じてくれる? わたしの『席替えを自在に操る能力』のこと」

「信じねぇよアホか馬鹿か」

 なんだその能力。

 そんなんじゃどんな漫画でも主人公になれなさそうだな。

 っつーか能力じゃないだろ。それ。

 何故かこいつはこの現象のことを自分の能力だと言い張っている。

 信じる信じないのレベルじゃない。

 アホらしすぎる。

 アホらしすぎるんだが、残念なことにこの俺自身にも、微妙にそれっぽい現象が起きていたりするので、あまり強く玖亜のことを言えない。


「よしじゃあ席替えもしたことだし、掃除当番決めるぞー。列の先頭の奴ジャンケンして、負けたとこから掃除当番スタートな。その後はいつも通り右にずれてく感じで」

 担任の教師が席替えで騒ぐクラスに届くよう声を張る。

 今回、残念ながら窓際の、一番前の席になってしまった俺は仕方なく、立ち上がる。

 その後ろで玖亜がくすくす笑っているのが分かるが、その理由はよく分かるので無視する。

 と、いうか玖亜どころかクラス中が期待の目で俺を見ている。

 恐らくは、結果は全員が予想している通りになるだろう。

「はいじゃあ掛け声でジャンケンしろよ。最初はグー、ジャーンケーンポン!」

 教師の掛け声で一斉に手を出す。

 で、その結果が。

「一回で決まったな。じゃ、綾文の列頼んだわ」

 俺の、一人負け、だった。

 決まった瞬間、歓声が舞う。

「やっぱ負けると思ったぜ綾文!」

「さっすが、運に見放された男!」

「俺も運が悪いほうだと思うが、ジャンケンは三分の一で勝てるって!」

 などなど。

 馬鹿にしてくれる。

 まるで俺が運悪い人間みたいじゃないか。

 あと二人以上のジャンケンは三分の一で勝てないと思います。

紀実(きみ)は本当にジャンケン弱いねー。そんで運任せになると必ず負けるねー」

「うるせぇな。掃除やんぞ」

「はーい」

 実に楽しそうだ。

 これもまたいつも通り。


 玖亜が『席替えを自在に操る能力』を持つというのなら、俺はどうやら『必ずジャンケンで負ける能力』とやらを持っているらしい。

 ……いやいや。これこそ能力なわけがないだろうと。

 第一俺にプラスになっていない。

 あと、能力とか漫画の世界の話だろ、という至極当然の突っ込みはありきたりにしておく。

「さすが、『都合よく悪い方向へ向かう能力』は健在だね」

「パワーアップしてんじゃねぇか」

 むしろパワーダウンか。

 どんだけ運悪いんだよ俺。



「やっぱり紀実はすごいなぁ。よくそんなにジャンケンに負けるよねー」

「好きで負けてるわけじゃねぇよ」

「いいじゃん。ジャンケンで勝つ能力なんかより負ける能力の方が紀実らしいよ」

「どういうことだおい」

 クラスの掃除など大して時間がかかるわけでもない。机を運んで適当に箒で床を掃いて雑巾がけして机を元に戻す。そのくらいだ。

 だからさっさと終わらせて、俺と玖亜はまた帰路につこうとしていた。

 しかしながら、そうすんなりと帰らせてはくれないのが、あいつらだ。

「二人、帰りなんだ?」

「あー、宇理ちゃんだー。久し振りー」

「うん、元気してる、玖亜?」

「わたしは変わらないよー」

「変わらない……か。ならいいんだけど」

 あいつら、なんて複数形で言ったが、昨日今日は何故か一人ずつのご登場らしい。

 と、いうわけで、またしても玖亜の友人。

 そんで生徒会役員の先輩。

 この人、狩野(かのう)宇理(うり)は、身体的特徴としては背が高い。あと、対象となる二人が酷すぎるが故の相対評価が下るのだが、他二人に比べて性格は良い。いや、普通。

 急に睨んでこないし。

 俺のことわざと怒らせようとしないし。

 でもそんだけだ。

 特徴がない。

 印象が薄い。

 影が薄い。

 たまに名前忘れるくらい。

「あー、それと、こんにちは。紀実くん」

「その、苗字で頼みます」

 先輩に下の名前で呼ばれるのは、なんというか。

 あまりよろしくないだろう。

「あぁごめんね。なんか玖亜がいつも紀実って呼んでるから」

「それもやめろって言ってるんすけどね」

「だからさー、そろそろ紀実がわたしのこと玖亜って呼んでくれたら解決するんだってば」

 何が解決すんだよ。

 お前が名前を呼んでるおかげで結構裏で俺の評判終わってんだぞ。

 付き合ってもいない年上彼女をこき使ってるとかなんとか。

 ついでにお前がいなくても俺の評判は悪いので誤差だっていうのは胸の内に秘めておくことにする。

 協調性のなさは自分自身でも擁護できない。

「仲、相変わらず良さそうだね」

「へへ」「仲良くねぇ」

 いや何を照れたんだ。

 玖亜のそういう反応がいちいち誤解を生んでいるという事実を認識してはくれないものだろうか。

 無理か。

 無理だな。

「聞いたよ。昨日、また萌映と悠が紀実……綾文くんと会ったって」

「え、それわたし聞いてないよー?」

 言わなかったからな。

 何を言うってんだ。お前の友達になんかまた脅されたんだがーってか。

 言えるか。

「まぁ、一言挨拶をな」

 殺気喰らったり悪意たっぷりに笑われたりを挨拶と呼ぶのはたぶん俺くらいだろうがな。

「呼んでくれればいいのにさー」

「櫛咲と別れた後だよ」

「そっか、なら仕方ないか。最近あんまり会ってないなぁ、皆元気?」

 同い年なのに学年が変わってしまった玖亜のことを、こうして今でも気にかけているのだから三人とも人格者ではあるのだろう。

 意外と難しいものだ。

 年齢とか学年なんて、きっと、社会に出てからは大した意味を持たなくなっていくのだろうが。高校における一学年の違いは、とてつもなく大きい。

 そりゃあそうだろう。

 世界が違う。


「で、何か用すか? 毎度毎度」

 少し俺の感情が表に出てしまっただろうか。いらいらとしたものが口調に乗ってしまった。

「用がなくても声をかけるのが友達、かな」

「だねー」

 しかし気に障った様子も見せずに狩野先輩は笑った。

 玖亜も顔を見合わせて白い歯を覗かせている。

「じゃあ毎度毎度同じことを言わせて貰うけれど」

 と言って、狩野先輩は俺に近づいてくる。

 ここからはいつも一緒だ。

 狩野先輩は俺に耳打ちをしてくる。

 玖亜に聞こえないように。

 俺にしか聞こえないように。

 小さな声で。

「玖亜を好きにならないでね。でないと」

 ぞっとするほど冷たい声で。


「玖亜が壊れる」


 そう囁いて、狩野先輩は離れる。

 狩野先輩のことを信頼しているのか、興味がないのか、狩野先輩が俺に何を話しているのか、玖亜は聞いてこない。

 いや、玖亜はそもそも夢叶先輩に侑李先輩、それに狩野先輩と俺が何を話したかなど、絶対に聞いてこない。

 自分もプライベートに踏み込ませないからなのか。

 それともやはり、聞く気がそもそもないのか。

 俺と玖亜は別に肝胆相照らす仲でもないので聞かれても困るんだけどな。

 っと、考えごとしてないでさっさといつもの返事、言っておかないとか。

「気には、留めときますよ」

「そう? ならいいけど、ね」

 不敵に笑って、狩野先輩は去っていく。

 ま、生徒会役員だし仕事があるんだろう。

 いや待てつーか侑李先輩は昨日普通に駅にいたが、どういうことだ。あれ俺と玖亜帰宅部の時間だったろうが。

 仕事しろ仕事。

 幸魂(さきみたま)高校の生徒会って結構忙しいらしいがな。

 体育祭とか文化祭とか、あの辺のイベントの企画とか運営とか中心になって動くとか、ほぼ教師みたいな役目を果たしているって聞いたことがある。

 暇があれば仕事しておけよ。

 そういうやる気のある奴らは社会に出ても重要なポジションに就けると思うので是非頑張れ。うん。


 二人で狩野先輩が歩いていく先をぼんやり眺めていると、玖亜が先に口を開いた。

「帰ろっか」

「……お」

 おぅ、と頷こうとしてなんとか止まる。

 いや、だから俺は玖亜と一緒に帰るなどとは一言も言っていない。

 一緒に下校するのが当たり前のように言ってくれるな。

「お、俺は一人で帰る」

「そう言うと思った。紀実はそういうとこあるよね」

 あ?

 どういうとこだよ。

「嫌いじゃないよ、そういうとこ」

 だからどういうとこだよ。

 言えよ。

「今『言えよ』とか考えた?」

「か、んがえてねぇ」

 こいつ、たまにエスパーになんだよな。人の心を勝手に読み取んなっての。

 俺にはこいつの考えてること、全然わかんねぇくせにな。

 人のこととか、分かるほうが嫌か。

 嫌だな。

 嫌すぎるな。

「言わない。言わないのがわたしなりの思いやりだからね」

「……そうかよ」

 やっぱりこいつのことはよくわかんねぇな。

 まぁいいか。

 考えるだけ無駄か。

 こいつのことは。

 そう心で唱えて、俺は思考をやめた。





 声が響いた。

 時間の流れがやけに遅い。

 

 俺は――どこにいるんだろう。


 ……。

 ……。

 教室か?

 薄っすらとしか見えないので、自信がない。


 人の姿が見えた。

 誰だ?

 あぁ、黄色に近いオレンジ色の髪留めが見えた。

 じゃあきっと玖亜だろう。

 何をしてるんだ?

 聞こうと思ったが、声が出ない。

 なんでだ。

 身体も動かない。

 動かないのに、どうやら右手を伸ばしているらしい。

 なんでだ。

 わからない。

 早く晴れろよ視界。


「――が――だ」


 玖亜が何かを言った。

 聞こえない。

 もう一度念じる。

 晴れろ、視界。

 声にならない声で叫んでみたら視界が急に鮮明になった。

 

 そこには、教卓の上に立った玖亜が、縄を手にして、寂しそうな顔で。

 それで、泣いていた。


 なにを、してるんだ。

 やはり俺の声は、声にならない。

 縄は教卓の脚に結ばれ、窓の外を通って上の窓から玖亜の手に垂れている。

 まるで、自殺する人間のように。

 玖亜は俺を見て、ただ、ただ泣いている。

 いや、何、してんだよ。

 やめろって。


「仕方、仕方が、ないんだ」


 何がだよ。

 何が、仕方ないんだ。

 仕方なくねぇよ。

 なんで、なんでお前、死のうとしてんだよ。

 それも、俺の目の前で。

 死ぬなよ。

 死んだら、なんも、できないだろ。


「ねぇ、紀実、聞こえる……?」


 聞こえる。

 聞こえるから。

 頼むよ。

 俺の前で、死ぬな。

 死ぬな死ぬな死ぬな。


「死ぬんだ、わたし」


 おい、俺の声、聞こえないのか。

 俺の声、届かないのか。


「死ななくちゃ、わたし」


 死ななくちゃ?

 馬鹿言え。

 死ななくちゃいけない奴は世界に五万といるが、それはお前じゃないだろ。

 お前に何があったのか俺は知らない。

 知らないが。

 お前は十分悩んできただろ。

 たくさん、たくさん。

 俺は知ってるぞ。

 別にお前はしたくて留年したわけじゃないんだろ?

 いやきっと、俺なんかよりも、夢叶先輩も侑李先輩も狩野先輩も玖亜のことちゃんと知ってくれてるはずだ。

 なぁ、だから死ぬな。

 お前、まだこれからだろ。

 なぁ、たったの十八年だろ。

 今はまだ二歳差だけど、すぐに一歳差になるし。

 所詮一つの差だろ。

 別に気にしてねぇって。

 皆が皆理解してくれるわけじゃねぇかもしれないが、きっとわかってくれるはずだ。

 おい、聞こえてるか。


「待ってるんだ」


 待ってる、って、誰が。

 お前が死ぬことで、誰が喜ぶってんだよ。

 玖亜、お前は。


「わたしを、待ってるんだ。妹が」


 い、もうと、が?

 妹?

 妹がいるのか、玖亜。

 妹が、いた、のか?

 聞いたこともない。

 いや違う、な。

 俺が、俺が聞かなかっただけだ。

 そうだ。

 俺はずっと、玖亜から逃げて、逃げっぱなしで。

 そうか。

 なら、俺が、悪いのか。

 俺が、何も知ろうとしなかった俺が。

 俺が玖亜を一人にさせたから。

 玖亜は、死ぬのか。

 妹に、会いに。

 なら、もしかして玖亜の妹はもう、死んでるのか?


「ばいばい。紀実」


 ま、てよ。

 待て。

 やめろ。

 やめろ。

 やめろ!


 俺の声は結局玖亜に届かず。

 玖亜は縄を自分の首に巻き。

 教卓を蹴った。

 縄が引っ張られる。

 教卓が丸ごと窓の外に落ちようとして、しかしその大きさからどこぞやに引っかかって停止した。

 教卓が窓の内側、教室内で止まったということは。

 玖亜の首が絞まったことと等価で。

 玖亜は顔を歪めて。

 玖亜は苦しそうで。

 玖亜は眼が虚ろで。

 玖亜はしばらく足をばたつかせ。

 玖亜は泡を噴いて。

 玖亜は。

 

 玖亜は。

 玖亜は――。




 目が覚める。

 汗が全身から噴き出している。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息が荒い。

 荒くもなる。

 一体なんだったんだ、今の。

「夢……?」

 夢にしては、やけにリアルで。

 夢にしては。

「現実、みたい、だったな……」

 悪夢だ。

 玖亜は大丈夫。

 玖亜は勝手に死んだりしない。

 当たり前だろ。


 あいつは俺の親みたいに、俺を置いて勝手に死んだり、しない。

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