壊れた
朝、教室での違和感は、ホームルームですぐに担任の口から伝えられた。
「あぁ、今日櫛咲は少し体調崩して休みらしいからな」
と、いうことらしい。
なるほど。
なるほどなるほど。
理解した。
おーけーおーけー。
「どういうことだよおい」
「いやいやいやー、人に頼む態度ってもんがあるでしょー紀実くん?」
俺はと言えば、どうしてかこいつ、侑李悠に話をしに来ていた。
俺が知る限り最も軽薄で信用ならない人間。
だが、こと櫛咲玖亜の話になれば、まずもって会話にならない奴が一名とたぶん何も語らずに流されそうなのが一名なんで、結局こいつに当たるしかなかった。
朝のホームルームが終わるや否や俺は二年のクラスに直行して、侑李先輩を連れ出した。
校舎を出て、周辺に佇む路地に落ち着く。
「まったく、おかげでサボりになっちゃったじゃんかー。もうね。高校二年生って十二月から受験生だって自覚を持たないといけないんだぜ? そうでなくても俺、生徒会役員だしさ」
「それは悪かった、です。でも、あいつが、玖亜が学校に来てなくて」
「へー? 玖亜? いつもは櫛咲なのにさ? あれ、それって仲が進展したってこと? それとも、実はいつも頭の中では玖亜って呼んでたの?」
こ、い、つ、は。
うぜぇ。
まずうぜぇ。
次にうぜぇ。
最後にうぜぇ。
やっぱ相談相手間違ったか俺。
「……」
「……」
「……頭、では、下の名前で、呼ん、でる」
「……へぇーーーじゃあ聞いてあげようかなぁーーー」
くっそうぜぇ。
くっそうぜぇ。
くっそうぜぇ。
「第一さ。玖亜が休んだんなら、それは先生に事情を聞くべきなんじゃないの? 俺とか、もしくは萌映か宇理じゃなくてさ」
「先生は何も話してくれないっすよ。だからあんたに聞きに来た」
「そうかいそうかい。でも、それだけじゃないんだろう? どうせ、さ」
鋭い眼光が、俺を捉えた。
にやにやと笑った顔の中に、俺を試すような何かが混じった。
良かった、そうこなくちゃあ、俺が侑李先輩に聞きに来た甲斐がない。
「で、何を視た?」
いきなり核心を突いてきた侑李先輩に、俺も思わず大きく反応しそうになる、が。
どうにか抑える。
あんまりこいつの言動に驚くな、俺。
なんでも知っている風な侑李先輩に、主導権を握られてはいけない。
そうされれば、情報を小出しにされてしまう。
ただでさえ俺は聞く側なのだから、ここは慎重に。
「早く言えって。玖亜のどんな姿を視た? 死ぬ姿か?」
「んなっ、なんでそれを」
「玖亜が死ぬ姿を、視たんだな?」
くっそ。
やられた……。
俺の手札、これしかないってのに。
「……玖亜が、目の前で、自殺する夢を見た」
「……なるほど、ね。自殺ときたか。それも、紀実くんの目の前で、ね」
「なんか知ってん、すよね。あんたら。その夢見て今日来てみりゃ玖亜が学校休んでるし、普段から意味わかんねぇこと言ってくるし」
「意味わかんねぇのはお前が知ろうとしねぇからだろ、綾文紀実」
「――っ!」
またしても核心を突かれた。
返す言葉もない。
まったくその通り。
だが。
「教えようとしないのは、玖亜、だろ」
「言ったろ? あいつが自分から言うわけねぇだろ、特にお前にはさ」
「はぁ? 特にお前って」
どういうことだ、と聞く前に。
俺は口を閉じた。
なんだってんだ。
高一になってもう九ヶ月、侑李先輩ともそのくらいになるが、初めて見るな。
本気で怒りを顕わにした、侑李悠は。
「いつも自覚しないな。一体どんな想いで玖亜がお前と向き合ってると思ってんだ?」
知らない。
考えたことがない。
「だろうな。知らないよな。お前は玖亜のことを、何も知らねぇ」
知らない。
考えたことがない。
「俺たちがただのからかいで忠告してたと思うか? ただの優しさから言ってたと思うか? 『玖亜が壊れる』なんて言葉をジョークで言ってんだとでも思ってたのか?」
知らない。
考えたことがない。
だけど、一つ、一つだけ。
新しく知った、と思われることが一つだけある。
「妹」
「あぁ、それも、夢で知ったな?」
「そうだ。あいつが、玖亜が言ってた。妹が待ってるから、って」
待ってるから、行かなくちゃ、死ななくちゃって。
そんな言葉を、あいつは吐いていた。
吐かなくちゃならない状況に陥っていた。
きっと、陥らせたのは、俺だろう。
「まぁ、いいだろう。無知なまま無為に生きてきた紀実くんに、優しい優しい俺は教えてあげよう」
「……ありがとう、ございます」
「よーく聞けよ? 一回しか言わないからな?」
「はい」
俺は気を集中させる。
一言一句、聞き漏らさないために、だ。
「まーまずは、先に気になってるであろうことから言うけど、今日に関しては大丈夫だと思うよ? 俺たちんとこにも連絡が来た。『ちょっと熱っぽいから休む』ってさ」
あぁ、そりゃ良かった。
安心だ。
「そういえばなんで連絡先交換してないの? しなよ現代人なんだからさ。あぁちなみに連絡先交換したとか元気良く玖亜に報告されたら俺は切れるよ? 三日は余裕で恨むね」
うっせばーか。
俺から聞くわけないだろ。
交換してないのは玖亜が聞かねぇからだ。
「で、だ。君が聞きたいのはここからだね。まー色々あるとは思うけど、まずは前提の確認、紀実くんがどこまで知ってるかを聞いておきたい」
前提条件、ね。
どうせほとんど知らねぇよ。
まぁいいだろう。答えてやる。
「玖亜の家族構成」
「知らん。妹がいるらしいと夢で知った気になってる」
「玖亜の留年理由」
「知らん。でも成績良いから病気か何かだと思ってる」
「玖亜の交友関係」
「侑李悠、夢叶萌映、狩野宇理以外は知らん」
「玖亜の好きな食べ物嫌いな食べ物」
「知らん。つーか関係ないだろ絶対」
「玖亜の恋愛事情」
「知らん。つーか関係ないだろ絶対」
「玖亜の能力のこと」
「知ら……ん、は? 何言ってんだお前」
「こらこら、一応俺、先輩だぞ?」
なんかおかしな発言が聞こえた気がするんだが。
いや途中から変な方向にずれていったよな。
にしてもどんだけ俺は玖亜のこと知らないんだって自虐はもう分かりきっていたことなんで置いておこう。
好き嫌いとか恋愛事情とかも一緒に置いておこう。たぶん要らん。知らん。
「で、なんすか。能力?」
「そ、能力。不思議とか力とか異能とか、言い方はなんでもいいけどね。そういうやつ」
「なに、漫画か映画の設定か?」
「何言ってんのさ、知ってるだろ? 少なくとも、俺が聞いた限りだとー、席替えは自由にしてるんじゃなかったっけ? 紀実くんの後ろにしてるんだろう確か」
「……は?」
あ、いや、確かに玖亜は俺の後ろの席だが。
何度も何度も不思議なことに俺の後ろだが。
それをあいつは『席を自在に操る能力』だとかなんだとか言っていた、わけだが。
ん、んん、なに。
侑李先輩は、なんだ。
玖亜のあのジョークが、本当だとでも言うのか。
それとも、これも先輩なりのジョークか。
玖亜の周りってどうしてこうも言いたいことがよくわかんねぇ奴ばっかなんだろうな。
いや、俺も含めてな。
「あれ、信じてる、んすか、侑李先輩」
「信じてるもなにも事実だ。席替え、なんて、あれでもかなり抑えてる方だがな」
「は、は!?」
「おぉ、珍しいな紀実くんが声荒げるなんて」
荒げるだろ。
そりゃだって、「あいつ、能力者なんだ」とか本気で言われて焦らないわけにはいかないだろ。
なにこれ。
玖亜より先にちょっと先輩が壊れた。
「おいおい、壊れたとはひでぇな。一応これも先に言っとくが、玖亜が壊れるってのはあれ比喩でもなんでもねぇぞ? このままじゃマジで玖亜、死ぬぞ?」
心を読むな心を。
あとついでにシリアスを混ぜんな薄れる。
「……玖亜、死ぬのか?」
「あぁ死ぬ。このままじゃ絶対死ぬ」
「どうしてそんなことが言える?」
「紀実くんが見たそれ、未来だ。どうやら紀実くんには未来視の力が宿っているらしい」
「未来視?」
「未来を、視る力」
「意味は分かってますよ」
意味は分かるが、意味が分からん。
ちゃんと分かるように説明をだな。
「幸魂高校には昔から、能力ってやつを持つ人間の存在が確認されている。その一つがお前の未来視だってことだ。能力の種類と人間とに相関は見られない。だが、どの能力も発現するタイミングによっておおよそ二つのパターンに分けられる」
と、求めた説明は意外な所から飛んできた。
憎い、という気持ちを隠すことなく淡々と語るのは案の定、夢叶先輩だった。
……颯爽と現れた所悪いが、あんたもサボり、だよな?
にしても普段は黙れとかばっかだし、こんなに喋る夢叶先輩は初めてかもしれない。
「っつーか、能力って本気で言ってんすか?」
「黙れ」
やっぱ黙れですか。
分かったひとまず黙ろう。
確かに今は混乱してるわけで、兎にも角にも情報が欲しい。
「やー萌映。サボりかい」
俺なんかよりもずっとふざけているような雰囲気の侑李先輩には怒らずに返事をするらしい。
どんだけ俺嫌いなんだよ。
結構事態は緊迫してんじゃねぇのか。
少なくとも俺は今遊んでいられるほど余裕ねぇんだが。
「悠とそいつが出てくのが見えた。宇理には学校にいてって言ってある」
「そか。さんきゅー」
「別に」
夢叶先輩は笑うこともなく無表情に接している。
俺に対してしているように棘があるわけではないが、表情が豊かじゃないってのはいつものことらしい。
しかしナチュラルに二人がサボっている、ってのはやっぱり。
俺が思っている以上に、まずい、のだろうか。
「で、何を視たこいつ」
「玖亜が自殺するとこだってさ」
「そう、か」
簡単に、短くやりとりをして侑李先輩と夢叶先輩は今何が起きているのかを確認した。
逆に、二人にはそれだけで十分ということらしい。
俺が知ろうとしなかった、そのツケを今更払わされているようで。
悔しい、ような。
違うな。
俺の知らない玖亜のことを知るのが、たぶん怖いんだ。
「面倒だからこっちが言ったことを全部ちゃんと信じろ。お前にはそうは見えないのかもしれないが、これで結構参ってんだ、こっちは」
「……わかった」
まさか夢叶先輩にお願いされる日がくるとは思わなかった。
さすがに俺も真剣にならざるを得ない。
「いやいや、俺の時点で真剣になってて欲しいなぁ紀実くん」
「だからあんたはなんで俺の思考を読むんですかなんすかそれも能力すか」
「え、これは別に能力じゃないよ? 紀実くんがわかりやすいだけ」
「さいで」
わかりにくいんだよあんたらは。
もっとわかりやすい表情になってくれっての。
特に夢叶先輩はどうにかしてくれないか。
「いいから続けるぞ。とにかく冗談を言ってる暇がない。悠、補足があれば頼む」
「はいはい、おっけー」
「能力は二種類。初めから持っているものと、幸魂高校に入学してから発現したもの。共に強い願いに反応して生まれるらしいが、後者は特に、人の『死』がトリガーとなっているものしか発見されていない」
「付け加えると、前者の場合でも幸魂高校卒業と同時に能力は失われるらしいよ」
「人の、詳しく言えば親しい者の死によって生まれる願いは、その者を救うための能力を得るらしい。つまりお前の能力、未来視ってのは玖亜を死の運命から救いだすために発現したと考えるのがいいだろうな」
「ただ気になることがあるとすれば、そうだね。紀実くんは初めから能力者だったね。なんだっけ? 『ジャンケンに必ず負ける能力』だっけ?」
「今それはいいだろう。で、これは能力の話にも、玖亜の留年の話にも繋がるわけだが、あいつは、あいつも、能力者だ。」
「あ、ここで一応質問をしよう紀実くん。玖亜の能力は前者と後者、どっちのタイプだと思う?」
急に質問された。
少し考える。
玖亜の能力。
席替えを自在に操る能力、が、誰かの死に関係あるとは、思えないな。
「前者」「後者でしたー残念」
やっぱ侑李先輩はいつかぶん殴る。
「そう、玖亜は死によってあの能力を発現させた。妹の死だ」
「妹ちゃん、俺も直接会ったことはないけどね。亡くなったのは去年だよ」
去年、か。
つまり、それが。
「玖亜が留年したのは、じゃあ、妹が、亡くなって、それで」
「ま、塞ぎ込んでたから、だな」
今じゃあんなに笑ってるっていうのに。
俺にはそんな素振り全然見せなかったのに。
いや、だからそういう思考回路じゃだめなんだ。
改めろ、俺。
一応、欲しい情報は十分集まったようには思うし、これ以上は知っても、邪魔になるだけのような気もする。
でも、ここまで来たんなら、最後まで聞くしかない。
その義務があるように、思う。
気を取り直した俺の様子を見てか、夢叶先輩と侑李先輩が続ける。
「玖亜の能力は『確率制御』」
「確率ってのはつまり、確からしさ、どんな頻度でそれが発生するのか、だが。玖亜はそれを、自在に操ってしまえる」
「この世の全てに干渉してしまえる強大な力だ。使い方を間違えれば非常に危険なくらいにな。しかし、問題はそんなことじゃ、なかったってことだろうな」
「うーん。恐れていた事態がそのまま起きたって感じだからね。全く、ほんと嫌いになっていくよなぁ、紀実くんを」
「私は最初から殺すほど嫌いだ」
「まぁやっぱり分かりやすく結論から話そうか」
「あぁ、そうだな」
「色々一気に話したけどさ。紀実くんが未来視の力を手に入れたそれはつまり、誰か、いや、玖亜の死が迫ったってことで」
「しかも視えたのが、お前の目の前で自殺する玖亜」
だから。
何が言いたいかと言えば。
きっとそれは。
「「玖亜が、壊れた」」
と、いうことなのだろう。




