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いつもお読みくださりありがとうございます。
「紗凪‥」
零れ落ちた声に紗凪は嬉しそうにでも寂しそうに困ったように笑った。
幼い姫の背負った運命はこれほどまでに大きい。
「お祖父様お考え直しいただけないのでしょうか?」
陛下は声を発さない。
ただ紗凪を見つめて固まる。
こちらとしても紗凪が俺達のためにここまでしてくれるのは嬉しい。のだが、一刻も早く紗凪が持っている剣を取り上げないと気が気じゃない。ここでもしもがあったらほんと洒落にならん。
そうして音を、気配をたてずにじり寄る俺達の隙間からとある(この短い期間ですごく見慣れた)物体がものすごい勢いで紗凪に向かって飛んで行った。
それが毛玉だと分かった瞬間口から「は?」っと零れ落ちる。
その言葉とほぼ同時に紗凪の背中にアタック。
それを誰かが止めに来たと思った紗凪は剣に手をかけ―
ザクッ…
はらはらと髪の毛が床に落ちる。
「おいいいいいいいいいい!!!!」
「ちょおォォォォォォォォ?!」
シャーロットとアイリスの声が室内にこだまする。
シャーロットは毛玉(主犯)を掴み揺さぶる。
「何てことしてんだよ!?!ばか毛玉ァァ」
アイリスは紗凪の肩を掴んで揺する。
「剣なんかで髪切ったら髪が傷むでしょォォォ?!馬鹿なの?ねぇ馬鹿なの?せっかく髪綺麗にしてたのにいいいいいい」
嘆くアイリスと焦るシャーロットを見て一番冷静なカルマは普通にツッコむ。
「二人とも違うから」
とりあえず、アイリスに揺さぶられ続けている紗凪が不憫なので救出しつつ周りの様子をうかがう。
大臣や騎士団長はなにが起こったのか分かっておらずぽかんとしているし、カルナスさんはことがことのため顔面蒼白でお腹を押さえてるし(おそらく胃痛)、メイド長と執事長は頭抱えてるし(孫の反応が斜め上すぎたのだろう)、国王陛下たちは固まってるし…。
一言でいうなら混沌だ。
王城のしかも国王の御前でこの混沌ってやばいよ。やばすぎだから・・・
アイリスは紗凪から離れた後も信じられないと顔を覆って嘆いている。僕からしたら君のその主の身体を心配してるけど斜め上な心配する神経に驚きだよ。
紗凪はアイリスの嘆き&ゆさぶりで目が軽く回っている。
シャロは毛玉と…じゃれてるのか?
確か毛玉を掴んでいたはずなのになぜか今は毛玉の逆襲に遭ってる。
「ってか毛玉が動いてる?!」
「今かよ!!」
シャロに的確なツッコミを入れられてしまう。
おそらく妖の類なのだろうが毛玉って、、、なんか憐れだ。
「王妃様!!」
騎士団長が王妃様を支える。どうやら王妃様には衝撃が強すぎたらしかった。
まぁ仕方ないっちゃ仕方ないんだが。
どうしようか…
「お祖父様、お祖母様」
紗凪が凛とした声で微笑む。その顔はとても穏やかでどこか誇らしげでもあった。
「これが私の側付きです。そして私の人ではない協力者です」
彼女の声に、姿に、皆目線を外せなくなる。
「彼ら以外に私の側に好き好んで側にいてくれる者はいません。そして私の迷いを断ち切るのはいつだって妖達が関係しているんです。
髪を切れば私が王家のものだなんて誰も思いませんよ?そんな私ですがこの国を支えていきたいのです。民と向き合い、声を聴きたい。そう望むことは罪でしょうか」
紗凪は笑う。太陽のような笑みでありながらどこか不安になる笑み。
あぁ。そうだ。僕らはこの子にこんな顔をさせたくなくて側にいたいって思ったんだ。
なら…いますることはただ一つ。
紗凪の傍らにそっと立つ。僕もシャロもアイリスも一列に並ぶ。
紗凪は両サイドに並んだ僕らを見て驚きながらも「ありがとう」と漏らした。
「陛下、先ほど自分たちは陛下のご判断に異論はないと言いましたがやはり異論がございます」
シャロの言葉をアイリスが受け継ぐ。
「お嬢様の御髪をこのようにしてしまったのは我々のせいでございます」
その言葉を受け継ぐ。
「ですからこの身を一生お嬢様に捧げさせていただきたく存じます。それが今我々にできる最大限の贖罪です」
「ぷぎゅ」「ぶぎゅ」
毛玉たちもそうだ、そうだというように声を上げる。
陛下は何も言わない。ただ紗凪をまっすぐに見据えしばらくして諦めた様に声を絞り出す。
「…紗凪よ。其方は髪以外に王家の繋がりなどないといったがそれは間違いだ。其方はウレーナにとても似ている。怖いぐらいにだ」
陛下は溜息をついてそっと目を瞑る。
「ウレーナによく似た顔、性格をしたお前を見て私は怖かったのだ。また私達を置いて妖側に、外に行ってしまうことが何よりも怖かった。だからこそ其方をこの安全な城で守ろうとした。しかしやはり間違っていたようだ」
陛下は穏やかな笑みを紗凪に向ける。
その表情は一国の王としてではなくただの一人の祖父としての表情だった。
「其方は実に優しい。妖と人どちらも選んでしまう危うさは縛り続けることなどできはしまい。其方と向き合うことから逃げていた愚かな私をどうか許しておくれ。ただ其方が大切で仕方がなかっただけなんじゃ」
「そんなの知ってるよ!お祖父様とお祖母様が優しいことなんてずっと前から知ってる!怒ってなんかない。私はずっと怖かった。私でなくお母様を私を通して見られることが。私を見てくれないことが、だから私も向き合えなかった」
紗凪が陛下の声をさえぎって泣きそうな声を上げる。それは紗凪の本心だからこそ誰にも偽ってほしくないのだ。
「どうやら私達にはそこの少年が言ったように話し合う時間が必要のようだ」
陛下の言葉に紗凪は激しく頷く。
その隣に立つ少年ことシャロは気まずそうにそれでいてどこかほっとした様な顔をする。
彼は本当に苦労人だ。
「紗凪の申請により其方ら三人の側付き解雇を撤回しその身がある限り第一皇女 紗凪・ローズタストの側付きであることをここに任ずる」
「「「仰せのままに、我が身を持ってお応えいたします」」」
ザっとその場に跪き首を垂れる。
今度こそ守れるようにと…
「へ、陛下!!」
「一度解任したものを再任するなど前代身も—」
「失礼、大臣たちは陛下の命に反論いたす気でございましょうか」
執事長が冷たい声で大臣たちの声をさえぎり睨む。
「そ、それは…」
「我が命に異論があるのなら構わんが決定を覆す権利は紗凪にしかないぞ?大臣よ」
「ッッ!」
「ないのならばこれにて処断会は終了じゃ、紗凪と王妃と話す故に人払いをせよ」
「かしこまりました」
執事長とメイド長の返事をし、大臣や騎士団長はすばやく室内から退散する。むろん僕らも退散組に含まれる。
部屋から出るとカルナスさんが困ったような呆れた様なそれでいて感心した様な顔をして待っていた。
「とりあえず君たちが王城に残ってくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「ただね、君たちもうちょっと陛下の御前なんだ。態度をね…」
「何か問題ありましたか?」
アイリスが素で聞き返す。
シャロもなんかあったか?と首を傾げる。天然って怖いなと思った瞬間だった。
そんな二人を見つめたカルナスさんは胃と額を押さえて盛大な溜息をこぼしながらも苦笑いを浮かべるのだ。
どうして恋愛小説でギャグに走っちゃうのか謎です。作者も分からない謎だな。
とりあえずみんなが王城に残れて何よりですね!
次回更新は3月20日です。