四話
翌朝。
【カルム】を出た二人は、
北峡谷へ向かう輸送車の荷台に揺られていた。
古びた鉄の車体。
積まれた木箱。
乾いた風。
運転席では、
髭面の運び屋が煙草を吸っている。
「最近あっち行く奴ぁ減ったよ」
“蒼骨竜のせい?”
「……それもある」
男は短く答えた。
「でも一番は、“帰ってこねぇ”からだ」
砂煙が舞う。
ニュイは膝の上の地図を見ながら、
少し眉を寄せる。
“峡谷っていうより迷路だね”
「だから面白そうなんじゃん」
“理解できない”
でも、
少しだけ分かってしまう自分もいる。
知らない場所。
危険。
まだ見たことのない景色。
その全部が、
胸の奥を妙にざわつかせる。
輸送車は夕方頃、
峡谷入口の小さな集落へ到着した。
崖に囲まれた村。
空気が冷たい。
そして妙だった。
静かすぎる。
子どもの声も無い。
店も閉まっている。
まるで村全体が、
“何か”を恐れて息を潜めているみたいだった。
「……嫌な感じ」
ニュイが小さく呟く。
クラウィスは周囲を見渡しながら、
少しだけ真顔になる。
その時。
ギィ、と扉が開いた。
村外れの酒場から、
一人の少女が顔を出す。
金髪。
褐色の肌。
片目だけ青い。
年齢は十五、六くらい。
でも腰には拳銃が二丁下がっていた。
「アンタら冒険者?」
声が妙に鋭い。
「だったら帰った方がいいよ」
“なんで?”
少女は少し黙る。
それから、
崖の奥を睨むように見た。
「夜になると、“歌”が聞こえる」
風が吹く。
遠くで鐘みたいな音がした。
「歌?」
少女は頷く。
「最初はみんな気のせいだと思ってた。でも」
そこで言葉が止まる。
唇を噛む。
「歌を聞いた人から消える」
沈黙。
ニュイは思わずクラウィスを見る。
すると案の定。
この男、
ちょっとワクワクした顔していた。
“その顔やめて”
「いや、だって気になるだろ」
“死亡フラグって知ってる?”
少女は呆れたように二人を見る。
「……変な奴ら」
でも少しだけ、
安心したようにも見えた。
その夜。
二人は酒場の二階を借りた。
窓の外には峡谷。
青白い月光が岩肌を照らしている。
ニュイはベッドへ寝転びながら言う。
“絶対何かいる”
「いるだろうな」
“怖くないの”
クラウィスは椅子へ座り、
ナイフを弄びながら答える。
「怖いよ」
“え”
少し意外だった。
「でもまぁ」
彼は笑う。
「怖い方が、生きてる感じする」
ニュイは黙る。
この男のそういうところ、
やっぱり少しおかしいと思う。
でも。
嫌いじゃない。
その時だった。
──♪
音。
小さい。
けれど確かに、
どこかから歌声が聞こえた。
女の声。
遠い。
透き通っている。
なのに妙に耳へ残る。
ニュイがゆっくり起き上がる。
“……聞こえた?”
「あぁ」
歌声は峡谷の奥から流れてくる。
まるで、
誰かが呼んでいるみたいに。
クラウィスが窓を開ける。
冷たい風。
青い月光。
そして遠くの崖の上に──
“何か”がいた。
巨大な影。
長い尾。
骨みたいな蒼い翼。
月を背に、
それは静かにこちらを見下ろしていた。
ニュイの呼吸が止まる。
蒼骨竜。
それは想像よりずっと、
綺麗で。
想像よりずっと、
恐ろしかった。




