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摩訶不思議食堂のほっこり飯  作者: 修羅観音


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第37話後編:若き術者と偉大なる先輩術者達のほっこり飯

###〜燃え盛る夜の牛車と、大先輩達が駆る驚異の御札ボード〜


日が完全に沈み、御狐神社の境内に情緒ある夜の帳が静かに下りる頃。

高校生達の賑やかな会話も一段落し、腹の虫が鳴り始める絶妙なタイミングで、時刻はちょうど楽しみにしていた夕食時を迎えていた。


今夜の夕飯はどうしようかと一同が顔を見合わせていると、本殿の階段に腰掛けていた妖古が、長い煙管の煙をふぅと夜空に燻らせながら、悪戯っぽく微笑んだ。

「ふふ、そろそろ晩飯の時間じゃのう。心配せんでも、我らのお迎えがこの場所に到着する頃じゃて」


妖古がそう予言めいた言葉を口にした、まさにその瞬間。


ゴオオオオッ……!


神社の参道の遥か向こうから、夜の闇を鮮やかに切り裂くようにして、激しく燃え盛る怪しげな炎の塊が凄まじい速度でこちらへと近づいてくるのが見えた。

その圧倒的な存在感に晴道が驚きと共に身構える中、炎の塊はスピードを落とし、やがて全員のすぐ目の前でピタリと美しい所作で停車する。

それは、車輪が激しく燃え盛る怪異・方輪車(かたわぐるま)が器用に運転する、お馴染みの風情ある牛車であった。


軽快な音を立てて牛車の運転席の窓が開くと、運転手を務める方輪車が、長い黒髪を揺らしながらひょっこりと顔を出す。

「はーい、皆様、お待っとさんですー♪今夜も摩訶不思議食堂までの特急便、安全運転でお迎えに上がりましたよー!」


方輪車がいつものようににこやかな笑顔を浮かべ、親しみやすく手を振って挨拶を交わす。

その姿を見て、才狐、綱江、晴道の3人の高校生達も即座に背筋を正した。


「「「こんばんは」」」


呪術師さんもまた、黒いロングコートの襟元をすっきりと正しながら、静かに右手を挙げて挨拶を交わす。

「こんばんは。今夜もお世話になります」


全員の挨拶が交わされた次の瞬間、牛車の客席側の重厚な扉がパカッと勢いよく開き、中から信じられないほどの元気を全身から放った小柄な女の子が、地面に向かってぴょんっと軽快に飛び降りて来た。

その女の子――えらいこっちゃ嬢は、お気に入りの黒いベレー帽を頭にちょこんと乗せ、動きやすいズボンタイプのスタイッシュな黒いセーラー服を完璧に着こなしている。


その美しい銀髪の長い髪を夜風になびかせながら、まん丸とした大きな瞳を輝かせ、まるで漫画のキャラクターのように台形の形をした口を大きく開けて元気に声を張り上げた。

「こんばんは!呪術師あんちゃんに若いみんなも勢揃い!今夜も全員揃って、えらいこっちゃな勢揃いっ!」


えらいこっちゃ嬢はそう叫ぶと、両腕を胸の前でぶんぶんと激しく振り回して周囲を大いに和ませた後、自らの挨拶のミッションを完璧にこなしたと言わんばかりに、またぴょんっと驚くほどの身体能力で、器用に牛車の奥の座席へと飛び乗って戻っていく。


その一連の微笑ましい光景を見届けた妖古は、階段からゆっくりと立ち上がり、高校生達に向けて優しく声をかける。

「ほな、腹を空かせた若い衆は、先に牛車の中へ乗りよし」


「はい、失礼します」

妖古の温かい促しを受けるままに、才狐、綱江、晴道の3人は順番に並んで広々とした牛車の客席の中へとスムーズに乗り込んでいく。

全員がふかふかの座席へと腰を下ろすと、自動的に牛車の扉が閉まり、外の夜風が遮断された。


窓の外の景色を眺めていた晴道は、フと疑問に思ったように、隣に座る才狐に向かって首をかしげた。

「……あれ?なあ、俺達3人はこの牛車に乗ったけどよ、外に残ってる妖古さんと羅生門さん、それに呪術師さんはどうすんだ?あの人達の分の席、ここには残ってねえみたいだけど、別の車でも呼ぶのかよ?」


晴道が疑問を口にした、まさにその時。


牛車の外では、残された妖古と羅生門の鬼、そして呪術師の3人が、それぞれの懐から全く同じサイズをした真っ白な術用の御札をスッと無造作に取り出していた。

その御札を目の前の地面に向かって、ふわっと重力を無視するように優しく投げ放つ。

すると、地面に触れる直前で御札は眩い霊気の光を放ちながら一気に巨大化し、まるで現世の人間が海で使う『サーフボード』のような、人間が一人余裕で乗れるほどの細長い光の板の形へと劇的に変化した。


呪術師達は、それぞれの足元に浮遊するその御札ボードの上へと、まるで行き慣れた床を歩くかのような軽やかさで、同時にピョンと飛び乗ってみせた。

そのまま足元をピタリと安定させると、ボードは地上から数十センチほどの高さを維持したまま、夜の空気の上に静かにプカプカと浮遊し始める。


窓越しにその信じられない神業を目撃した晴道は、座席から身を乗り出し、目をこれ以上ないほど爛々と輝かせた。

「うわあッ!何だあれ、めちゃくちゃすげえ!!SF映画とかに出てくる、宙に浮く最先端の浮遊ボードそのものじゃねえか!めちゃくちゃ格好いいな!」


興奮を隠せない晴道に対し、隣で静かにシートベルトを締めていた才狐は、いつもの淡々とした落ち着いた声音で説明を付け加えた。

「あの飛行の術、『御札ボード』って僕は呼んでるんやけど、中級者以上の実力がないと形を維持することすらできない、かなり高度な応用技らしいんや。僕も妖古さんから基礎の理論だけは教えてもらったけど、ただ浮かせるだけでも霊力の精密な維持が必要で、意外と難しいって教わったよ」


「へえー……。平然と乗ってるから、俺の目にはめちゃくちゃ簡単そうに見えるんだけどなあ」


晴道が感心したように呟くと、反対側の窓際で眺めていた綱江が、晴道の格好良いものに対する男の子らしい素直な反応にフフッと優しく微笑みかける。

「簡単そうに見えて、実は体内の霊力を1ミリ単位でコントロールする、もの凄くこまやかな操作とか力加減がいるみたいやで。晴道君、さっき呪術師さんに『もっと強くなって認めさせる』って大見得を切って宣言したんやから、当面はあの御札ボードを、呼吸のように完璧に操れるくらいになるまでを、これからの新しい明確な目標にするんがええかもね」


綱江が優しく提案すると、晴道は我が意を得たりとばかりに両拳を握りしめ、顔面を輝かせた。

「おう!あれはマジでめっちゃ格好良いもんな!よし、京都での俺の新しい明確な修行の目標が、また一つここにバチッと出来たぞ!燃えてきたぜ!」


「ふふ、やっぱり男の子って、ああいう乗り物とか特撮みたいな格好良い術が本当に大好きなんやもんねえ。まあ、かくいう私だって、最高に格好良いと思ってるけどね」

綱江はそう言って楽しそうに笑う。


若者達が車内でこれからの目標について熱く語り合っていると、牛車の天井の隅にある小さな隙間から、白い腕がニュ~~ッと生き物のように滑らかに伸びて来た。

その手のひらの先には、大きく『御勘定』と墨で力強く書かれた、独自の決済用QRコードが印刷されたお札が握られている。

その白い腕の出現を事前に予測していた晴道は、待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべると、自らのスマートフォンのお財布携帯の画面を素早く立ち上げ、そのQRコードに向けて迷いなくカシャッと翳してみせた。


『――ちゃりーん♪毎度ありー!』

車内に心地よい電子決済の確定音が軽快に響き渡る。


晴道はスマートフォンをポケットにしまいながら、自慢げに自身の胸をポンと叩いた。

「へへん!実はさ、こないだこの牛車に初めて乗せてもらった時から、次に乗る時こそは絶対に俺の手で、この不思議な白い腕のハイテクな清算システムをスマートに決済してやるつもりで、心の中でずっと準備してたからな!有言実行だぜ!」


晴道が勝ち誇ったように豪快に笑うと、才狐と綱江の二人は、その男気あふれるスマートな奢りに感謝するように、並んで優しく頭を下げた。

「「晴道君、今夜の移動費の支払い、有難う」」

二人に素直にお礼を言われた晴道は、「おう、これくらい仲間なんだから気にするな!」と、どこか照れくさそうに顔を赤くして笑う。


バックミラー越しに車内の決済が無事に完了したことを確認した方輪車は、ハンドルをグッと力強く握り直し、夜の京都の街へ向けて威勢よく声を張り上げた。

「はい!決済確認、毎度ありー!ほな皆様、今夜も特急便、目的地へ向かって出発しまっせーー♪」


方輪車がそういうと、車輪から激しい炎の粉を巻き散らしながら、牛車は滑らかに、かつ爆発的な加速で発進する。

そのすぐ横を、呪術師達3人の大先輩が駆る御札ボードが、まるで夜空を泳ぐ魚のように軽やかに並走していく。


牛車の最奥の特等席で、スピード感を楽しむように窓の外を見つめていたえらいこっちゃ嬢は、これからの美味しい夕食の時間を想像して、再びその両腕をぶんぶんと激しく振り回した。

「えらいこっちゃな大加速!今夜のディナーは、みんな揃ってえらいこっちゃな大晩餐会ッ!」


えらいこっちゃ嬢の元気いっぱいの掛け声をお供に乗せながら、燃え盛る夜の牛車は、美味しい料理と温かい仲間達が待つ約束の場所、『摩訶不思議食堂』へ向かって、古都の夜の闇を颯爽と駆け抜けていくのであった。


---


###〜常連怪異達の熱き歓迎と、摩訶不思議食堂に響く感謝の肉鍋晩餐会〜


夜の静寂に包まれた京都の街並みを滑るように駆け抜け、方輪車が巧みに手綱を操る燃え盛る牛車が、今夜の目的地である摩訶不思議食堂の味わい深い木造りの店舗の前までやって来て、まるで行き慣れた我が家に帰ってきたかのように、ぴたりと美しい所作で停車した。


車輪からパチパチと爆ぜていた妖しの炎が静かに収まると同時に、客席の重厚な引き戸が小気味よい音を立てて開き、中から待ちきれないといった様子で、えらいこっちゃ嬢がぴょんっと軽快に飛び降りるようにして元気よく下車する。

続いてその大きな身体を屈めるようにして晴道が威勢よく地面に降り立ち、そのすぐ後ろから続いた才狐が、車内の段差に足元を惑わされないようにと、後に続く綱江に向かって自然な動作で優しくその右手を貸してあげると。

思いがけない親切に触れた綱江は、夜の闇の中でもはっきりと分かるほどほんのり頬を桜色に染めながら、小さく俯いて「有難う」と蚊の鳴くような声でお礼を言う。


そんな二人の初々しい様子を眺めていた晴道は、口元を歪ませてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

瞬時にその視線に気づいた綱江が、恥ずかしさを隠すように「何よ?」と鋭いジト目で晴道を睨みつけると、晴道はわざとらしく視線を泳がせながら「べーつにー♪」と口笛でも吹きそうな調子で答え、そのニヤニヤとした表情がどうしても止まらない様子だった。


そんな若者達の微笑ましいやり取りが店頭で繰り広げられていると、牛車と並走するように夜空を滑ってきた呪術師、妖古、羅生門の鬼の3人も、それぞれの足元に浮かべていた光り輝く御札ボードを滑らかな動作で元の小さな御札へと瞬時に戻し、そのまま手慣れた手つきで衣服の懐やポケットの中へと事も無げにしまい込む。


その洗練された一連の動作を食い入るように見つめていた晴道は、先ほどの感動が未だに冷めやらない様子で、憧れを隠しきれずにその瞳を限界まで輝かせた。

「あの、呪術師さん、妖古さん、羅生門さん!その空中を自由に飛び回る技って、さっき才狐から聞いたんすけど、中級者以上の術者じゃないと扱えない本物の凄い技なんすよね?俺もいつか絶対に修行を積み重ねて、その格好良い御札ボードに平然と乗れるようになりたいっす!」


前のめりになって熱弁を振るう晴道の真っ直ぐな言葉を聞いて、隣に佇んでいた羅生門の鬼は、その頑強な胸板をポンと叩きながら、夜の通りに響き渡るような頼もしい声で応じた。

「がはは!男なら誰しも、ああいう空中を駆ける術には憧れるもんやからな!そやったら、日々の地道な修行にしっかりと励んで、まずは自分の中にある霊力を完全にコントロールできるようになるこっちゃな。晴道もそやし、才狐も綱江も、毎日サボらんと数稽古を重ねておれば、言うてる間に平然とあのボードに乗れるようになるから安心せい!」


大怪異からの豪快な笑い声を交えた温かい励ましを受け、3人の若い術者達はそれぞれの胸の中で未来の自分の姿を想像し、力強く拳を握りしめた。


そして、店頭の賑やかな空気を一変させるように、えらいこっちゃ嬢が木製の引き戸に小さな手をかけ、ガラガラと小気味よい音を立てて摩訶不思議食堂の扉を開ける。


「ただいまの御疲れちゃん!今夜はお腹を空かせたみんなを連れて、えらいこっちゃな晩餐会のはじまりはじまりーーっ!」

えらいこっちゃ嬢が両腕をぶんぶんと激しく振り回しながら元気いっぱいの声を張り上げ、そのまま店の奥へと賑やかにステップを踏むようにして入って行く。


残されたメンバーもその後に続くようにして、暖簾をくぐって温かみのある店の中へと順番に入って行くと、厨房の前に立っていた鬼の超絶美少女である女鬼が、まるで夜闇を照らす太陽のような眩い笑顔を浮かべて一同を出迎えてくれた。

「みんな、おかえり、そして今日の一日のお仕事本当におつー♪遠くからみんなの気配をずっと感じてたけど、今日も京都の街の中でいっぱい善き出会いと面白い経験があったみたいだねー♪さ、温かいお料理ならもうバッチリ準備してあるから、こっちこっちー♪」


女鬼がその美しい手をひらひらとさせて奥の特等席へと手招きすると、彼女の姿を見た瞬間に晴道の顔が一気に真っ赤に染まった。


「こ、こんばんは、女鬼ちゃん!今日も相変わらず世界で一番可愛いね!あ、今夜の席は俺が絶対に女鬼ちゃんの隣をキープするからな!」

晴道は鼻息を荒くしながら、普段の戦闘時よりも緊張した面持ちのまま、作務衣の裾を揺らしてずかずかと店の奥の座席へと一直線に進んでいく。


その後ろ姿を見送った綱江は、呆れ果てたように肩をすくめながらも、その顔に優しい苦笑いを浮かべた。

「ふふ、本当にどこまでも分かりやすいやっちゃなあ。まあ、それだけ裏表がなくて、ほんまに心の底から女鬼さんのことが好きやっていう証拠やね」


綱江が楽しそうに笑いながら奥へと進むと、才狐もまたその無愛想な無表情のなかに微かな安らぎを滲ませながら店の奥へ入って行く。

彼らを見守る妖古、羅生門の鬼、そして呪術師の3人も、懐かしい我が家に帰ってきたかのような落ち着いた足取りで静かに店内へと入って行く。


今夜の摩訶不思議食堂の広々とした店内には、すでに多くの先客達で溢れかえり、熱気と活気に満ちあふれていた。

テーブル席や座敷には、朝方に神社で出会った手の眼や、傘を嬉しそうに回している唐笠お化けをはじめとして、お椀を前にした河童や、妖艶な笑みを浮かべるお歯黒べったり等々を含めた、この店をこよなく愛するお馴染みの常連怪異達が隙間なく勢揃いして集まっている。


偉大なる大怪異達と高名な術者の突然の登場を視界に捉えた瞬間、店内の怪異達は一斉に歓声を上げ、我が事のように顔をほころばせた。

「あ、羅生門はん、今夜もお世話になりやす!」「妖古様、今夜も一段と美しゅうございます、どうぞこちらへおこしやす!」「羅生門の兄貴、御無沙汰しとります!今夜は一緒に美味い酒を酌み交わしましょうや!」「あ、呪術師さんや!聞きましたで、今日も錦通りの神社で不届きな人間を一瞬で調伏する大活躍やったと、風の噂で届きましたで!」


店内を埋め尽くす怪異達が、口々に大怪異と卓越した術師の登場を心から歓迎し、尊敬の念を込めて口々に賑やかな挨拶を投げかける。

その圧倒的な歓迎の嵐に対し、妖古は扇子で口元を隠しながら優雅に微笑み、羅生門の鬼は太い腕を挙げて応え、呪術師もまたその表情を変えないまま静かに一礼を返すなど、それぞれが温かい常連達の声に物静かに、しかし確かな信頼を込めてこたえていく。


すると、店内の賑やかな喧騒を割るようにして、厨房の奥の暖簾がふわりと揺れ、中から見覚えのある人物が姿を現した。

そこにいたのは、普段の厳かな僧侶の衣服から一転して、動きやすい黒い作務衣の上に真っ白な割烹着を丁寧に纏い、頭には清潔な三角巾をしっかりと装着した姿の女性住職であった。

そのすぐ隣からは、お気に入りの黒いベレー帽はそのままに、同じく黒い作務衣と白い割烹着姿へと素早く着替えたえらいこっちゃ嬢が、誇らしげに胸を張って一緒に出て来る。


厨房から漂ってくるえも言われぬ芳醇な出汁の香りに鼻をくすぐられながら、呪術師は女性住職の意外な姿に向けて、静かに言葉を掛けた。

「おや、御住職。朝のお寺ぶりですな、今晩は。なるほど、法事の用事が終わった後、一足先にこちら側へ来られて、厨房の手伝いをして下さってましたか」


呪術師が淡々と挨拶を交わすと、女性住職は割烹着の袖を軽く整えながら、まるですべての衆生を慈しむかのような美しい菩薩笑顔をその顔に浮かべる。

「はい。妖古さんと羅生門さんから、今夜は皆様が集まると伺いましたので、私も楽しくお料理のお手伝いをさせて頂いておりました。さあ、皆様をお迎えするための準備は、全て出来ておりますから、呪術師さんもどうぞ奥の席へお着きになってくださいまし」


女性住職が優しく促すと、呪術師も小さく頷き、高校生達のいる大きな円卓の席へと腰を下ろした。


こうして、店内の全員がそれぞれの指定された席へと無事につむじを揃えて着席し、目の前のテーブルに運ばれてきた、山盛りの新鮮な肉と京野菜が美しく並んだ特製の肉鍋を前にしたその時。


誰もがその圧倒的なビジュアルと立ち上る極上の湯気に、ゴクリと唾を呑み込んでその眼を爛々と輝かせていると、厨房のさらに奥から、この店の主である地蔵店長が静かな足取りでゆっくりとやって来た。

地蔵店長は店の中央へと厳かに進み出ると、その顔にいつもの慈愛に満ち溢れたお地蔵さん笑顔を浮かべ、胸の前で静かに両の手のひらを合わせて合掌すると。

その店長の放つ神聖な静寂の気配を察した瞬間、先ほどまであれほど騒がしかった店内の怪異も術者も、すべての者が一瞬にして水を打ったように静まり返り、地蔵店長に合わせるようにして一斉に胸の前で手を合わせて合掌した。


心地よい鍋のグツグツという音だけが店内に優しく響き渡る中、地蔵店長はゆっくりと全員を見回した。

「今宵も、こうして人間と怪異の垣根を越え、かけがえのない善き縁が新しく結ばれましたこと、とても嬉しゅう御座います。皆様が今日という日を無事に生き抜き、ここへ集ってくださったこと、誠に有難う御座います。それでは、感謝と共に頂くと致しましょう」

地蔵店長が心の底から温かい挨拶を述べると、店内の全員が深く頷いた。


そして。

店内に集まった術者も、お寺の住職も、そして人間を愛する数多くの怪異達も、全員が声を一つに揃えて、命への感謝を捧げる厳かな食前の言葉を静かに称え始める。

その清らかな祈りの声が店内の天井へと吸い込まれていき、最後に全員が満面の笑顔を浮かべながら、元気よく、そして心の底からの感謝を込めて「頂きます」の声を響かせた。


その直後、一斉に箸が動かされ、温かい湯気と笑顔が弾けるなか、新しき絆で結ばれた最高の肉鍋を囲んだ賑やかな夕食会が、盛大に開催されるのだった。


---


###〜湯気に踊る若人達の恋模様と、長葱を味わう日陰の解呪師〜


それぞれが、目の前でグツグツと音を立てて煮える最高の鍋から、出汁の染みた美味しい肉や新鮮な京野菜を次々と口へと運び、ほかほかに炊き上げられた極上の麦飯を夢中になって楽しむ、現世と幽世の狭間にひっそりと佇む摩訶不思議食堂。

昼間の緊迫した空気から完全に解放された店内は、温かい湯気と常連達の笑い声に包まれており、至福の時間がゆったりと流れていた。


晴道はすぐ隣に座る憧れの鬼の超絶美少女の横顔を、鼻の下を伸ばしながらうっとりと眺め、これ以上ないほど上機嫌に声を弾ませた。

「女鬼ちゃんって、本当に食べ方が上品でめちゃくちゃ綺麗だよな。箸の持ち方一つ取っても丁寧だし、内面から滲み出る育ちの良さがこれ以上ないほどよくわかるぜ」


褒められた女鬼は、少し意外そうに大きな瞳をまたたかせた後、嬉しそうにその美しい目を細めて優しく笑う。

「あはは、そんな風に真っ直ぐ褒めてもらえるなんて照れちゃうな、ありがと♪でもね、あーしの目から見たら晴道君だって、箸の進め方に無駄がないし、食べ方がすごく綺麗だと思うよ。いつも姿勢がピシッとしてるし、流石は歴史ある神社の息子って感じの気品があるよね♪」


「そ、そうかな?いやあ、女鬼ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて、毎日実家で厳しい躾けに耐えてきた甲斐があったな♪」

大好きな少女からの予想外の逆大絶賛の言葉を受け、晴道は分かりやすく顔を真っ赤にし、少し頬を染めながらデレデレと相好を崩した。


その様子を円卓の向かい側の席からじっと見ていた綱江が、これ以上ないほどニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

「顔にも態度にも、これでもかってくらい分かりやすく出すぎやろ、ほんまに。観てるこっちが恥ずかしくなってくるわ」


すかさず晴道は、自分の恥ずかしさを誤魔化すように、負けじとニヤニヤとした不敵な笑みを相手に返した。

「なんだよ、人のことをニヤニヤ笑いやがって!そういう綱江こそ、目の前で美味そうに煮えてる肉を、才狐の口に『あ〜ん』って優しく運んで食べさせてやんねえのかよ?」


不意に自分達の関係へと矛先を向けられた綱江は、その白い肌を一瞬にして耳の裏まで一気に真っ赤に染め上げ、慌てて声を荒らげた。

「な、何を突拍子もない恥ずかしいこと言うてんのや!す、するわけないやろ!」


その若者達の甘酸っぱいやり取りを上座から見届けていた妖古が、コロコロと鈴を転がすように楽しそうに笑う。

「ほんに、晴道は女鬼ちゃんにメロメロじゃのう。ところでぬし、紅葉殿の尻に敷かれとったんやなかったかえ?」


妖古から過去の痛い洗礼を引っ張り出された晴道は、大慌てで頭をガシガシとかきながら、必死になって弁明し始める。

「ちょ、妖古さん、勘弁っすよ!あれは完全に物理的な意味っすよ!無理やり椅子代わりに座られただけであって、世間の旦那が嫁さんの尻に敷かれて頭が上がらないのとは、根本的な意味が全く違うっす!」


すると、近くに設けられた鬼集団の座席に座り、優雅に大きな杯を傾けていた鬼女紅葉が、その美しい唇の端を妖気に満ちた笑みへと吊り上げて静かに口を開いた。

「ふふふ、あの時の晴道の背中の座り心地は、少々ゴツゴツして硬かったのう。日頃の修行で筋肉質になるくらい、しっかりと鍛え上げておる事はよくわかるのじゃが、女子(おなご)を乗せる椅子としては完全にマイナスじゃ」


鬼女から艶然とからかわれ、晴道は文字通り背筋を凍らせて縮み上がった。

「か、勘弁して下さいよ〜、あの時の恐怖を思い出すのはもう本当に勘弁してくれ、もう椅子にされるのは一生こりごりだぜ……。ハフハフ、ふぅ、あ、この出汁の染みた牛肉、めちゃくちゃ柔らかくてうめえ!」

冷や汗を流して苦笑いを浮かべながらも、出汁が極限まで染み込んだ熱々の牛肉を口に放り込むと、そのあまりの美味さにすぐさま全ての恐怖を忘れてご機嫌な顔に戻ってしまう。


そんな晴道の現金で裏表のない様子を見て、女鬼がニヤリと悪戯っぽく、しかし諭すように笑った。

「ふふ、それなら今後は、相手の実力も確かめずにむやみに喧嘩を吹っかけたり、やたらと物騒な荒事が起きるのを期待してウキウキしないことだねー」


すると、隣で静かにお椀を手にしていた才狐が、首をかしげながら箸で丁寧に人参を口へと運んだ。

「晴道君は、そういう物騒な荒事や戦う場面になると、心が弾んで嬉しくなるん?」


「いや、誤解するなよ才狐、別に俺だって誰彼構わずに喧嘩を吹っ掛けたりしねえし、荒事が好きなわけじゃねえよ。京都の恐ろしさを知った今の俺は、もう心穏やかな平和主義だ」

そういうと、晴道は麦飯を口いっぱいに頬張り、大げさに胸を張って自らの無実を主張してみせる。


すると、少し離れた席に腰掛けていた手の眼が、その手のひらの眼を細めるようにして愉快そうに笑った。

「ほんまかいな、その口で平和主義なんてよく言えたもんやがな。あの時はワシがうっかり瘴気を飛ばしてしもうたんが悪かったとはいえ、晴道はワシを相手に御札を構えて戦う気満々やったがな」


「あ、あれはだな……いきなり瘴気が飛んできたから、あくまで自分の身を護るための防衛のためにだな……」

手の眼と遭遇した時の事を突っつかれた晴道は、急にバツが悪そうに言葉を詰まらせ、口ごもりながら視線を泳がせた。


女鬼はそんな晴道の様子を見て、フフッと笑いながら、彼の瞳を見つめてパチンと綺麗にウインクをしてみせる。

「ま、無駄な争いを事前に避けたり、そういった緊迫した場ってのを、誰の血も流さずに穏やかにおさめる事に関しては、今日は君の目の前にいる偉大な大先輩が、朝から2回も最高のお手本を目の前で見せてくれたんだから、その背中をしっかりと見習って、これからの修行に活かしなよ♪」


女鬼の放ったあまりにも魅力的なウインクに、晴道は一瞬だけ胸をときめかせてドキリとしながらも、ふと彼女の言葉の真意に気づいて不思議そうに首をかしげた。

自らが力でねじ伏せようとした狛犬を、符術で瞬く間に無力化した、あの圧倒的な実力のことだろう、異次元の実力があれば自然と相手が圧倒されて場が収まるのだろう、等と晴道は思ったのだ。

「お手本って?神社で見せてくれた、無数の呪符を一瞬で吸い尽くした、あの圧倒的な神業の事か?」


しかし、その疑問に対して、対面に座る綱江が真剣な眼差しを晴道へと向けて言葉を紡ぐ。

「あの圧倒的な神業も、言葉にならんくらい凄かったけど、私が呪術師さんに対して心の底から本当に凄いと思って感動したのはね、相手を一切攻撃したり力尽くで争う事無く、あの恐ろしい場を完璧におさめはった事や。だって、呪術師さん程の底知れん実力を持った人なら、あの怒り狂った狛犬を力尽くで押さえつけたり、それこそ、跡形もなくこの世から消し去る事なんてわけないと思うねん。でも、呪術師さんは絶対にそうしはらへんかった。あくまで、誰も傷つかずに全員が円満におさまるように、最高の結末へと導かはったって、ウチにはそう思えたんよ」


綱江が静かに、しかし深い敬意を込めて語るその言葉に、晴道は眼を見開く。

当の呪術師は、特製鍋の中で絶妙に火の通ったクタクタの長葱を、ゆっくりと口に運んで静かに味わっている。

その佇まいには己の功績を誇るような気配は微塵もなく、ただ静かに料理を堪能しているだけだった。


晴道は、箸を持ったまま呪術師の横顔を呆然と見つめた。

綱江の言っていることがあまりにも的を射ており、自分がいかに呪術師の派手な「技」の凄さしか見ていなかったか、その奥にある真の術者としての在り方に全く気づけていなかったかということに、改めて深く気づかされ、激しく胸を打たれるのだった。


---


###〜調律師達が示す真の平穏と、果てなき高みを見上げる若き術者達〜


綱江の言葉に弾かれたように、晴道は大きく目を見開いたまま、じっと考え込むようにして言葉を漏らした。

「言われてみれば、確かにそうだ。呪術師さん、なんであの時、襲いかかってきた狛犬を力づくでサクッと封じたり、そのまま倒しちまわなかったんすか?それに、あの翔太さんって人を助け出すどころか、狛犬を煽るようなこと、それこそお仕置きの攻撃をわざと誘発させるようなことも言ってたし……あれは一体どういう意図だったんすか?」

晴道は不思議そうに首をかしげ、自らの浅はかな視点からは決して見えてこなかったその真意を求めて、じっと呪術師の横顔を見つめた。


すると、その疑問に対して、隣に座る才狐が静かにお椀を置きながら、その澄んだ瞳を呪術師へと向けて尋ねた。

「……それは、あの翔太さんという人に、自分のやらかさはったことの重大さを、身を以てハッキリと思い知らせる為ですよね?」


才狐がその確信を口にすると、当の呪術師はゆっくりと箸を動かし、特製鍋の中で程よく煮込まれた人参を一口でパクリと食べて咀嚼し、それを食べ終えてから、いつも通りの静かなトーンで淡々と告げる。

「まあ、大体はそうですな。お焚き上げという神聖な儀式のことを、単なる燃えるごみの焼却処分としか認識してはらへんかったあの青年に、神仏を粗末に扱うことがどれほど罰当たりで恐ろしいことか、身をもってちゃんと知って貰うというのは理由としてありますわ」


その呪術師の言葉を聞き、上座に座る妖古が出汁の染みた見事な牛肉を美味そうに箸で掴んで口へと運び、味わってから飲み込むと、若い衆へと視線を向けた。

「ぬしらかて、日頃から神社に仕える身の上の者なんじゃから、お焚き上げというものがどれほど尊く、人々の思いを天へと返す大切な儀式であるかについては、よう知っておるじゃろ」


妖古にそう言われ、綱江は深く頷きながら、昼間の青年の身勝手な態度を思い出して少しだけ表情を曇らせた。

「確かにそうですね。お焚き上げを、ただのゴミ処理と同じやと認識してはったのは、流石に神社で働く私らとしても、罰当たりが過ぎると思うし、きちんと一から教えなあかんとは思いました」


しかし、晴道は未だに自らの内に残る術者としての葛藤を隠しきれず、作務衣の膝を小さく叩きながら正直な胸の内を吐露した。

「でもよ……俺はぶっちゃけ、もし自分が一人であの場に立たされてたら、とにかく暴れる狛犬と真っ向から一戦交えて、力尽くで翔太さんをその場から助け出す事しか絶対に思いつかなかったと思うよ。それに、仮に今の俺にあの狛犬を圧倒して倒せるほどの強大な力があったとしたら、きっと手加減なんてせずにそのまま力で倒しちまうか、圧倒的な力を見せつけて力尽くでひれ伏させるかしてたぞ。その方が手っ取り早いじゃねえか」


晴道が術者としての素直な血気盛んさを口にすると、すぐ隣で肉を食べていた女鬼が、箸を止めてニヤリと不敵に、しかし一切の容赦なく言い放った。

「あはは、今の晴道君の未熟な実力と頭の固さだと、きっと本当にそうしちゃうだろうねえ。ただね、ちょっと嫌な言い方になっちゃうかもしれないけど……そういう『力には力でねじ伏せる』っていう単純な戦い方しかできないうちは未熟者だね。そこを早く脱しないと、術者としてはまだまだ三流かな……。――あ、このお出汁をたっぷり吸い込んだ椎茸、めっちゃ美味し♪」


女鬼はそこまでズバッと晴道のプライドを切り裂くような厳しい現実を言い放った直後、鍋から引き上げた大ぶりの椎茸を嬉しそうに口に放り込み、幸せそうに頬を緩める。


「え……?」

女鬼からのあまりにも辛辣な「三流」という言葉の響きに、晴道は大きな衝撃を受け、言葉を失ったまま呆然と彼女の顔を見つめるしかなかった。


すると、その張り詰めた空気を優しくなだめるように、才狐が静かに言葉を重ねた。

「呪術師さんも御住職さんも、ただ敵を倒すことだけを目的にしてるんじゃなくて、あらゆる場において、あくまで現世と幽世の『調律』をされてるんですよね。現場の状況を冷静に見て、そこで一体何が起こったのか、誰がどんな非礼をしたのか、怪異が怒り狂う本当の原因は何なのかを瞬時に見極めて、最終的に誰の血も流さず、誰も傷つけずに争わなずにおさめていく……。お二人のこれまでの在り方を見ていると、そのように観えます」


才狐が自らの観察を淡々と、しかし熱を込めて語ると、女鬼は嬉しそうにパチンと彼に向かってウインクをしてみせた。

「ふふ、よく分かってるねえ、才狐君!流石は、妖古さんのところで毎日地道に修行を重ねてる一番弟子だし♪」


才狐の言葉を頭の中で懸命に咀嚼しながら、晴道はぽつりと呟いた。

「調律……?」


その晴道の言葉を拾うようにして、妖古がコロコロと鈴を転がすように愉快そうに笑い声を響かせる。

「カカカ!実はな、我が普段から呪術師殿と御住職の事を『調律師』と呼ぶ事があるでの。それで才狐も、自然とそういう見方をするようになったんじゃろねえ」


「でも、確かに……『調律師』と言われたら、あの神社での一件も、朝の手の眼さんの一件も、本当にすべての筋が通ってしっくりきます……あ、でも……」

綱江はそこまで言って何か重大な事実に気づいたように、ハッとして息を呑み、そのまま言葉を止めてしまった。


「どうした、綱江?いきなり黙り込んで」


晴道が不思議そうに首をかしげて尋ねると、綱江は両肩を小さく震わせながら、改めて大先輩達の凄まじさを語り始めた。

「だって……それって言葉で言うのは簡単やけど、実際に行うのは恐ろしく凄いことやと思わへん?単に暴力で怪異をねじ伏せるよりも、難しいんとちゃうかな?だって、圧倒的な実力に加えて、一瞬にしてその現場の状況から、全ての真実を察知しながら、尚且つその場に最適の調律を施す力とか、全員が納得して平和におさまるように綺麗に導く力とか……そういった事の全てを完璧に出来る智慧と力が備わってないと、絶対に成し得へん事やんか」


綱江が震える声でその核心を突くと、円卓の横で美味そうに大ジョッキの酒を煽っていた羅生門の鬼が、満足そうに深く頷き、豪快な笑みを浮かべた。

「そや、綱江、お前さんは本当に聡明でようわかっとるな。単に争いごとに長けてるとか、敵を滅ぼす武力と言う意味での実力は勿論のこと、それ以上に圧倒的な観察力と判断力、そして目の前の戦況を瞬時に読み解く状況分析能力が備わっとらんかったら、円満調律は成しえへん事なんやからな」

羅生門の鬼はガハハと笑いながら、再び出汁の染みた美味い肉を口へと放り込む。


「それを……呪術師さんも御住職も、何でもないことのように完璧にこなせる力を当たり前のように持ってはるって事は……」

綱江は目の前の鍋の湯気の向こう側で、相変わらず無表情のまま静かに長葱を咀嚼している呪術師と、隣で笑顔で人参を食べている女性住職の佇まいを見つめ、言葉を失った。

「呪術師さんと御住職が普段から立っていらっしゃる術者としての本当の場所って、私らからしたら、一体どれほど果てしない高みにあるんやろう……」


綱江が、その途方もない領域の広大さに驚愕し、心からの戦慄を覚えていると、晴道もまた、自らの中にあった「強さ」の概念を根底から書き換えられ、ただただ呆然と呟くしかなかった。


「これが……世界の呪いを解き明かす『解呪師』と、仏道を極めて全てを包み込む『僧侶』の姿なのか……」


晴道は、自分が新しく人生の目標と定めた大人達の、底知れない凄まじさと精神の気高さに激しく圧倒されながらも、自らの心の奥底から湧き上がる、言葉にできないほどの絶対的な畏怖の念を、改めてその胸の中に深く、強く抱き直した。


---


###〜果てなき道を歩む調律師達と、若人の未来を祝う肉鍋の宴〜


肉鍋から立ち上る真っ白な湯気の向こう側で、3人の若き高校生術師達が、改めて呪術師と女性住職の二人をこれ以上ないほどの深い尊敬の眼差しで見つめていた。

自らの目指すべき道の、そのあまりにも遥かなる高みを知った若者達の清々しい表情を、女鬼や妖古、そして周囲を囲む鬼達が、まるで我が子の成長を喜ぶかのように微笑ましく、温かな目で見守っている。


すると、胸の内に再び熱い情熱を爆発させた晴道が、座席から身を乗り出すようにして、再び勢いよく頭を下げて懇願し始めた。

「……やっぱ俺、諦めきれねえっす!呪術師さんにどうしても弟子入りしてえ!――あ、それから御住職さん!もしよければ、御住職さんも俺のことを弟子に取ってくれませんか?お願いします!」

二人の大先輩に向けて真っ直ぐに手を合わせ、必死に食い下がる晴道。


しかし、呪術師は相変わらずその端正な顔立ちをぴくりとも動かさない無表情のままで、手元のお椀を見つめていた視線を晴道に移すと、あっさりとその願いを断る。

「何度も言うてます通り、僕は弟子を取ってはおへんのですわ。それに僕自身、符術も解呪の腕もまだまだ未熟の極みやと思っておりますし、今でも毎日が必死の修行中の身やさかい。他人に偉そうに術を教える資格なんて、これっぽっちもおへん」


呪術師がどこまでも淡々と、しかし本気で自らを「未熟」と称して突き放すと、隣にいた女性住職もまた、その白い割烹着の袖を優しく整えながら、晴道に向けて菩薩笑顔を浮かべた。


「ふふ、晴道さん、お気持ちは本当に嬉しいのですが、私も呪術師さんと全く同じで御座います。御仏の広大なる慈悲と教えを頂きながら、私などまだまだ道の途中にいる修行中の身ですから、弟子を取るような大層なことは一切していないのですよ」

女性住職もまた、慈愛に満ちた柔らかな声音であっさりと、しかし完全に断る。


「――ええっ!?あれだけの実力と、あんな天変地異みたいな神業を持ってて、二人ともまだ自分が『修行中』だって……!一体どこまで果てしねえんすか!?」

晴道はあまりの次元の違いに度肝を抜かれ、その切れ長の両眼を限界まで見開いて呆然とするしかなかった。

どれだけ登っても頂上が見えない世界の広大さに、ただただ圧倒されるばかりの晴道。


そんな少年の様子を見て、女鬼は優しくお椀を傾けながら、大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべて語りかける。

「あはは!『人生死ぬまで勉強』とは、本当によく言ったもんだねー。ま、どんだけ強くなっても、修行に終わりなんてのはないんよ。精進したまえ少年♪」


女鬼が優しく諭すと、上座に座る妖古もまた、長い煙管から紫煙をくゆらせながら、コロコロと鈴を転がすように優しく、深く笑い声を響かせた。

「カカカ!そうじゃのう。若い時分はしっかり修行して、たくさん転んで、その度に傷だらけになりながら泥臭く起き上がりよし。我らは皆、ぬしら若い若人の歩む未来を楽しみにしとるんじゃからな」

妖古の慈悲深い言葉が、高校生達の胸の奥へと温かく染み渡っていく。


「……よ、よし!そこまでみんなに期待されてるんだ。妖古さんや羅生門さん、それに呪術師さん達にいつか本物だって認めて貰えるように、どんなに過酷な修行だってへこたれずに踏ん張って見せるぜ!それに、女鬼ちゃんにも振り向いてもらわねえと!そうと決まれば、まずは飯食って強くなんなきゃな!」

晴道は自らの顔をパッと輝かせると、気合を入れ直すようにして大きな箸で鍋から肉を豪快に掴み、口いっぱいに頬張った。


その元気いっぱいの様子を見て、円卓の横で大ジョッキを片手に持った羅生門の鬼が、地鳴りのような声で豪快に笑いながら応援した。

「がっはっは!その意気や、晴道!男ならしっかり食って、しっかり体を動かして精進しいや、未来を担う若い衆よ!」


女性住職は、若者達のエネルギーに満ちあふれた賑やかな光景を見つめながら、手を合わせて微笑んだ。

「ふふ、気合十分と言った感じですね。とても頼もしゅう御座います」


その美しい菩薩笑顔に、晴道は再び少しだけ顔を赤くして頭をかく。


すると呪術師が、鍋の湯気の向こう側で静かに皆を見つめながら、落ち着いたトーンで呟く。

「ええ、御住職の仰る通りです。これほど真っ直ぐで根性のある彼らが、これからの世界にいてくれはると未来も随分と明るいですなあ。……あ、おしゃべりしてたら鍋が煮詰まってまいます。僕も椎茸を頂きますえ」

呪術師は淡々と告げると、箸で出汁をたっぷりと吸い込んだ立派な椎茸を器用に摘み、ゆっくりと口に運んで、その美味を静かに堪能する。


現世の人間も、幽世の怪異も、そして卓越した大先輩達も、全員が垣根を越えて大きな鍋を囲み、笑顔で箸を突き合わせる摩訶不思議食堂。

そんな賑やかでどこまでも温かい様子をむ地蔵店長は、胸の前で静かに手を合わせながら、これ以上ないほど優しいお地蔵さん笑顔で静かに見守っていた。


「今宵もまた、かけがえのない善き縁がさらに深く深まり、とても宜しゅう御座いますねえ」


地蔵店長の穏やかな呟きは、美味しそうな肉鍋の湯気の中に優しく溶けていき、食堂の夜は、どこまでもほっこりとした幸福な空気と共に、更けていくのだった。


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