80. プチ交流会
クロテッド社長の邸宅は王都から離れた場所にあり、自家用車でも数十分はかかる。
執事服を身に纏った男性が運転しており、後部座席となる広々とした空間にシルク達が向き合うように座っている。
クロテッド社長本人は別件の用事があるとの事で、その用事を済ませてから邸宅に向かうようだ。
社長という立場も忙しいよな、と思いながらシルクはサイドウィンドウから見える外の景色を見つめる。
外の景色を見つめると言っても、無意識では無く敢えて意識して見つめている状態である。
ペーシェはじーっとシルクに視線をぶつけており、隣ではプラットが横目で溜息交じりにペーシェの様子を伺っている。
流石にその場の空気に耐えられなくなったシャロンが声を上げた。
「なぁペーシェ、さっきからシルクの事見過ぎだろ。何か言いたい事あるならさっさと話せよ!」
「えぇ~、だってシルクさんったらずっと外見てるからさ。お話しするならちゃんと目を見て話したいよねぇ」
悪戯っぽい笑顔でそう語り掛けるペーシェに、シルクは警戒しながらも静かに視線を合わせようとちらと目を動かした。
しかし直ぐに視線を下へと落としてしまう。
魔力を測定した際に向けられた視線をふと思い出し、警戒心を抱いたまま膝の上にのせている拳をきゅっと握った。
「だいぶ警戒されているだろ、シャロンの言う通り見過ぎだよ」
「ちぇー…」
ペーシェは不貞腐れたように頬を膨らませ、ふいと視線を逸らす。
プラットは溜息を吐いてから、申し訳なさそうにシルクに語り掛けた。
「訓練場では失礼な態度をとってしまったな、すまない事をした」
「…いえ、気にしないで下さい。寧ろ驚かせてしまって…すみませんでした」
「もぉ!何だか湿っぽい雰囲気になりそうじゃん、嫌だよこんな状態で時間を潰すのは!」
その場の雰囲気に耐えられなくなったぺーシェは、良い機会だからと互いに簡単な自己紹介をする事になる。
シャロンは既に相手二人の事を知っている為、主にシルクに対しての自己紹介だ。
シルクは口元をストールで覆ったまま、静かに相手の言葉を待つ事にする。
「僕はぺーシェ・フレッチェ、ご存知の通り魔物討伐特攻隊の一員だよ。討伐の際は弓矢を使ってるんだ〜、遠くの場所を観察するのも得意なんだよ!」
「プラット・スペアル、普段は主に槍を使ってる」
「…待ってプラット、もしかしてそれだけで終わり!?」
「シルクです、只の魔法使いです…はい」
「シルクさんも短過ぎない?というかやたらと“只の”を強調してたけど無理があると思うよ!?」
元気な人だなぁと思いながら軽く視線を落とす。
変に強調したのはまずかっただろうかと考えるも、普段から言い聞かせている言葉である為仕方が無い。
ペーシェは怪しむような視線をシルクに向けるが、直ぐにころっと笑顔に変えてぐいと前のめりになる。
興味津々な様子がやたらと輝いて見える瞳から窺えた。
「シルクさんって本当不思議と言うか、謎が多い人だよね。ねぇシャロン、普段からこんな感じの人なの?」
「まぁ…そうだな」
シャロンはシルクの様子を伺いながらぽつりとそう呟く。
シャロンにとってもどこまで話して良いのか分からず、少し困惑の表情を浮かべてしまっている。
アパート内で過ごしている時のシルクも確かに大人しいのだが、グレイ達には気を許している方であり、今程の硬い無表情ではない。
仕事がある日以外は顔を合わせているし、その積み重ねがあってか薄っすらとした表情の変化に気付くようにはなっている。
しかしこれはあくまでもアパート内での事だ。
一歩外に出れば、グレイ達と共に行動しているとしても、余程の事が無い限り他人の前では基本無表情のままである。
これまでの他人との関わりの積み重ね、経験によって出来上がっている状態である為、そう簡単に打ち解けるのは難しいだろう。
そう考えると、グレイと出会って気を許せるようになったのはある意味奇跡なのかもしれない。
「ふーん…変人研究者なグレイさんもいるくらいなんだし、ぶっちゃけ苦労してたりする?」
「おいペーシェ…」
ペーシェの発言にプラットが注意しようとするが、シルクは無表情のまま素直に返答した。
「いいえ、特に苦労はありません。…博士は良い人ですよ」
良い人、という言葉が返ってくるとは思っておらず、ペーシェとプラットはつい固まってしまう。
グレイから被害を受けた事のある二人なのだから、まぁこういう反応をするよなぁとシャロンは軽く肩を落とした。
「えぇー…シルクさんってもしかして何か薬盛られてたりする?大丈夫?」
「何も盛られてません」
「失礼を承知の上で聞くが、あの人を良い人だと思っているのは本当に本心なのか?」
「はい」
シルクはこくりと縦に頷き、その後軽く首を傾げて数回瞬きする。
何か変な事を言っただろうか、という純粋な疑問を抱いているような反応をされ、二人は顔を見合わせた。
「…シャロン、本当に大丈夫なの?」
「何か変な実験台にされたりしてないよな?」
「お前等本当先生の事疑い過ぎだろ。安心しろよ、シルクは何もされてないし、シルクがそう言ってるならそれが本心なんだよ」
シャロンは二人にジト目を向けながら溜息交じりに答える。
グレイが変に疑われてしまうのは自業自得であり、こういった質問が投げかけられるのはこれまでにも何度か経験している為、はいはいと流す様に座席の背もたれに深く腰掛け直した。
「…博士とシャロンさんとミュスカさん、皆さんとても良い人達です」
不意に投げかけられた言葉にシャロンは一瞬目を見開き、隣に座っているシルクにすぐさま視線を向ける。
口元を覆っているストールが若干緩んでいる事で、シルクの顔が先程よりよく見えやすい。
しかも口角がほんの少し上がっており、優しい表情をしているようにも見える。
少しずつ表情の変化が分かるようになってきてはいるものの、不意にこのように表情を出してくるのにはシャロンも慣れていない。
ついそっぽを向くようにふいと視線を逸らしてしまうが、照れている為か耳先が少し赤くなっている。
シルクは視線を逸らされた事に、はて、と首を傾げる。
ふと再び視線を感じてそちらの方へと向くと、やはりペーシェとプラットにガン見されている訳で。
流石に変な事は言っていないはずだが、と心の中で静かに困惑しつつ、ストールの緩みに気付いてぐいと指で持ち上げて口元を再び覆い隠した。
「会った時から思ってたんだけど、シルクさんっていつもそうやって顔を隠してるの?」
「えぇ…まぁ、はい」
本来なら狐面もつけて完全に素顔を隠すんだけどな、とわざとらしく視線を逸らす。
するとペーシェは「えぇーっ」と声を上げながら眉を軽く下げて呆れた様な表情を浮かべた。
「そうやって顔を隠すの、何だか勿体なくない?折角美人なんだからさぁ~」
「勿体ない、ですか…?」
グレイと初めて会った時にもそう言われたような、と思い出しながら首を傾げる。
美人と言われても、シルクにとってはピンとこない言葉であり違和感でしかない。
「向こうでいた時もフードを深く被っちゃったりしてたけど、そこまで隠す必要は無いんじゃないの?どうせならそのストールも取っちゃいなよ」
「おいペーシェ、流石にそれは強引じゃないか。人前に立つのが苦手なのかもしれないんだし、無理矢理は良くない」
「えぇー。プラットはもう一度シルクさんのちゃんとした素顔見たくないの?」
「…見たくない訳では無いけど、無理矢理は駄目だと言ってるんだ」
プラットは溜息を吐きながらそう呟くが、偶にちらりとシルクの様子を伺っている事からやはり気になるのだろう。
そして視線に敏感なシルクは視線の意味が分からずも、何だか気まずいと感じてしまい後頭部の下辺りにあるフードに手を伸ばそうとする。
それに気づいたペーシェが再び声を上げた。
「あぁ、またフードを被るのは駄目!まだまだ僕達の交流会は終わってないんだからさ!」
「これ交流会なのかよ…」
シャロンは冷や汗を流しながら呆れ顔を浮かべた。
指摘されたシルクはぴたりと手を止め、渋々と口元のストールを指で軽くつまんで、申し訳程度にくいと上げる。
しかしその行動も不満に思ったのか、ペーシェはジト目を向けて片頬を膨らませる。
早く邸宅に到着しないだろうかと、シルクは再び視線を外の景色の方へと移した。




