78. 回復魔法
「追加で貯蔵機が必要ならば直ぐに準備しよう。送り先は此処ではなく、実際に栽培する施設にした方が良いかね?」
「はい、施設と言うより…グレイの暮らしているアパートになりますが」
「ふふん、準備はしっかり整えるから安心しなよ」
グレイはドヤ顔を決めて伊達眼鏡をきらりと光らせる。
突っ込む事を諦めたカネルは軽く溜息を零しては苦笑いし、ミュスカとシャロンは申し訳なさそうにクロテッド社長の様子を伺う。
しかしクロテッド社長は再び笑顔になり…寧ろ安心したかのような笑みを零していた。
「君のように前向きな発言をしてくれる者がいて助かるよ。パナシアンベリーの栽培…もうこれが最後の希望なんだ、よろしく頼むよ」
そう言ってグレイに深々と頭を下げるクロテッド社長。
声色からも真剣さが伝わり、流石にグレイはへらへらとした笑顔を浮かべていたのを止めた。
「そこまで言われちゃあ頑張るしか無いよねぇ。シルクも頑張ろうね」
グレイはシルクに視線を軽く移しながら語りかけ、シルクは無表情のままこくりと頷く。
「君も協力してくれるのだね、恩に着るよ」
「はい、主に魔力提供による協力になりますが…よろしくお願いします」
失礼の無いようにと思いながら会釈をしてシルクはそう答える。
クロテッド社長は目を細め、自身の顎に軽く指を当てながら興味深そうに呟いた。
「そうか…もしやとは思っていたが、やはり君が魔力提供してくれるんだね。不思議な魔力を纏っているし、予想は当たっていたようだ」
どうやら静かに考察されていたようだ。
シルクは一瞬視線を逸らそうとするも、何とか持ち堪える代わりに瞬きをする。
魔力を持つ者なら誰でも魔力を纏わせるものだが、そこまで周りに感じられる程の魔力を纏っているのか。
先程の魔力測定と言い、自分の魔力についてもう少し気を付けるべきだろうかと考えては複雑な気持ちになる。
そこでクロテッド社長は突然、視線だけでなく身体ごとシルクの方に向けて真正面から向き合う体制をとった。
柔らかな笑顔から真剣な表情に切り替わっている。
「シルクさん…は、普段は何か仕事をしているのかね」
「何でも屋として個人活動しています」
「何でも屋…その中で、病人と関わった事はあるかい?」
「…あるには、あります」
これまで何でも屋として活動してきた内容を振り返るように視線を斜め上に向け、直ぐに視線を真正面に戻す。
昔の事ではあるが、とある戦場の回復要因として依頼が来たことがあった。
一応戦場真っ只中ではなく、戦況が落ち着いた後の治療目的でだ。
シルクはまさかと思いながら、クロテッド社長の言葉の続きを待った。
「…パナシアンベリーが最後の砦である事を承知の上でなんだが、一度君にも孫娘の容態を診てもらえないだろうか」
軽く視線を伏せて、硬い表情で言葉を続ける。
カネル達も続きの言葉を促すように静かに待っている。
「幾多の医者に診てもらったが、皆から匙を投げられてしまってね。中には優秀な魔法医学者もいたのだが、その者ですらもだ。だが私はまだ諦められない…少しの可能性でも逃したくは無いんだ」
シルクは無表情ながらも困惑した。
確かに病人とは関わった事がある。
しかしこれまで関わってきたのは、怪我をした者がほとんどであった。
身体の傷を癒したり、以前グレイが魔力切れ寸前で倒れた時に魔力を補充させて体力を回復させたり、といった治療ならできる。
しかし病に関しては別である。
病に対しては治療薬が定められていれば、それを用いる事で治療となる為、シルクの回復魔法で対処する事は無い。
病関連の依頼が来た場合、主に治療薬となる魔法植物の調達で済ませていたのだ。
流石に正直話した方が今後の為だろう。
そう考えて素直に返答する事にした。
「私ができるのは怪我や体力、魔力に対しての回復魔法です。病に対する回復魔法は持ち合わせていません。やはり病に対しては、専門の魔法植物を使用するしか方法は無いかと」
「…そうなんだね。すまないね、突然提案を促してしまって」
クロテッド社長は肩を落として申し訳なさそうに答え、シルクも同様に申し訳なさそうにする。
そんな中、グレイが何かを思い出しながら言葉を零した。
「そういえば以前シルクに回復魔法を施してもらったっけ。あの時は目を覚ました時点で体力が完全に戻ってたからねぇ…体力と魔力の回復については確かに効果抜群だね」
「先生が魔力切れでぶっ倒れた時のやつか」
「あの後先生はしばらく寝てましたけど、魔力に関しては直ぐに治ってた気がします。そう考えるとシルクさんの魔法も即効性がありますよね」
シャロンとミュスカも当時の事を思い出しながら言葉を零していく。
話を聞いていた部下達は互いに顔を見合せながら目をぱちくりとさせた。
「回復魔法で即効性があるってどうなの?」
「回復班でも魔力回復には結構時間をかけてるはずだが…」
「…あの魔力量となると頷けるかもな」
そんなヒソヒソ話が聞こえ、シルクは身体を強ばらせた。
ちょっと一旦黙っててくれないだろうか、と思いながら真顔を貫く。
すると突然クロテッド社長は俯いていた顔を上げ、身体を前のめりにしてシルクに視線をぶつける。
がたんと椅子が音を上げ、シルクは驚いて目を見開いた。
「体力や魔力の回復だけでも構わない。どうか、孫娘と会ってくれ」
孫娘の容態は一刻を争う状態が長く続いている。
タイムリミットは、予想よりも短い状況となっているのかもしれない。




