49. 帰宅後のひととき
現在時刻は夕方頃。
シルク達は住居に戻ると、それぞれ自室で自由な時間を過ごしていた。
シルクは購入した寝具を設置した後、花束を花瓶に移し替えてテーブルに静かに置いて眺める。
これまでは仕事として様々な魔法植物に触れてばかりであった為、今回のようにプライベートで花に触れる事は久しぶりであった。
記憶を一部思い出したことで久しぶりという感覚を覚えるのであり、もし今でも記憶を思い出せていなければ違った感覚だっただろう。
花束に触れた時に思い出した記憶の一部をもう一度見ることが出来ないだろうか。
そう思いながらシルクは撫でるように花に触れるも、脳裏には何も映し出されない。花の優しい香りがほんのりと感じられるくらいだった。
(……また、思い出せるのかな)
失われた記憶を思い出そうとすることを、これまでは諦めていた。
しかし今、少しずつ記憶の断片を思い出すようになってきている事実に、シルクは様々な思いを胸に抱く。
期待すると同時に不安な思いも心の中で渦巻いていく。
記憶については謎が多く、現時点では確信を持って言えることがほとんど無い。
思い出した記憶も断片的であり、パズルのピースが足りなさすぎる状態だ。
しかし焦りは感じていない。
長い時間を過ごしすぎて慣れてしまったせいだろうか、と思いながらシルクは溜息を零す。
椅子から立ち上がり、そのまま自室を出て広間へと向かった。
広間では既にグレイとミュスカがくつろいでいた。
シャロンは本日の夕食担当として準備に勤しんでいるため不在である。
グレイはシルクに気付くと、崩した姿勢のまま声をかける。
「今日はお疲れ様〜、街へのお出かけはどうだった?」
「最初は緊張しましたけど…楽しかったです」
「確かに街に着いた時は緊張してる様子が強かったですもんね、最終的に楽しめたのなら良かったです」
ミュスカは安心したようにほっと息をつく。
狐面やフードが無い状態で行くようにと提案された時のシルクの様子を思い出し、当初はどうなるかと内心はらはらしていたのだ。
「これからも何度か街に出て慣れていこうね」
「…頑張ります」
シルクは一瞬眉間に皺を寄せそうになるも、視線を逸らして誤魔化しながら呟いた。
やはり素顔を晒しながら出歩く事には抵抗感が残っており、グレイはそんなシルクの様子に苦笑いする。
「そうだ、シルクさんは明日も仕事なんですよね。何時頃に向かうんです?」
「朝の7時頃には出る予定です」
「はぁ…研究の手伝いをお願いしようと思ってたのに、先を越されたよ」
グレイは不貞腐れるように頬を膨らませながらテーブルに突っ伏す。
街でティピック達と別れる直前、ティピックはシルクに仕事の予定を提案し、シルクはそのまま素直に了承してしまったのだ。
仕事が日常として染み込んでしまっている為、了承の早さにティピックは満足そうな表情を浮かべる。
それに対しグレイは、シルクに研究の手伝いをお願いしようとしていたのもあり、その後反対しようとするも、後出しはいけませんよとウィンに睨まれていた。
「明日からは暫く曇りか雨が続きますから、直ぐにヘリオスフラワーを開花させるのは難しいでしょう。開花の為にまずは自然の太陽光が必要なんですから。次の快晴の日に手伝って貰えばいいでしょう」
「それはそうだけど、肥料の量を調節したり、細々とした準備が大変だからさぁ…ミュスカ、手伝ってくれるかい?」
「それくらい先生だけで十分ですよね」
「辛辣だなぁ…シルク、何時くらいに戻ってこれそうなんだい?」
シルクは顎に手を添えて数秒考える。
直ぐに回答しない様子にグレイとミュスカは疑問を浮かべる。
「今回は1日で終われるか不明なので、現時点では何とも言えません…」
「え、そんなに時間がかかるのかい?どんな仕事内容?」
「詳しくは言えませんが、不貞調査です」
グレイは笑顔のまま吹き出しそうになり、ミュスカは引き攣った表情で固まる。
様々な仕事を引き受けているとは聞いていたが、てっきり今回も魔物討伐や採取系の依頼内容だと思っていたのだ。
「今回は本格的な潜入捜査になりそうですので、気合いを入れないといけません」
「シルクさんになんて依頼をお願いしてるんですかあの人は!…え、まさか今回は仮面は……」
「今回は付けられませんが、しっかり変装しますので大丈夫です」
シルクは真顔で頷きながらそう言った。
どのような変装なのかは不明だが、自信ありげな雰囲気に2人は愕然とする。
「おーい、準備できたぞ……何だよその表情」
シャロンが広間にやって来ると、グレイとミュスカの様子にジト目を向ける。
その後シルクから同様の内容を伝えられ、シャロンも愕然とした表情を浮かべるのであった。




