48. 心から
「皆お待たせ〜」
グレイはほくほくとした表情で紙袋を右手に持ち、花屋の入口を出たところで待機しているシルク達と合流する。
「目当ての肥料があって良かったですね」
「あぁ、これでヘリオスフラワーを順調に開花させられるはずさ」
「相当な魔力も必要になるだろうけど、そこは大丈夫なのかい?」
「勿論皆にも手伝ってもらうよ。シャロン、ミュスカ、シルク、張り切っていこうね」
「シルク様をこき使わないでくださいます?」
「先生の魔力だけでも多分開花させられるだろ…」
「先生が僕達を巻き込むのはいつものことですけどね」
各自思い思いに呟いていく中、シルク以外の手元には包装された花が握られている。
グレイは両手が塞がってしまっている為、代わりにシャロンの手に二つの花が握られていた。
どれもシルクが選んだ花であり、シルクは心なしか満足そうに薄らと笑みを浮かべていた。
ウィンとグレイに対して似合いそうな花を選んだ後、更にティピックとシャロン、ミュスカにもと真剣な表情で選んでいたのだ。
しかしシルク自身の花は選ばず、即座にシャロンがつっこみを入れるも、「皆さんのを選んで私は満足です」と言い切られてしまう。
シルクは自分の為に買い物の時間を設けてくれたことに感謝しており、その意を込めて花を選び購入したのである。
ティピックとウィンに対しても、普段から仕事で世話になっているという意を込めての贈り物だ。
ウィンは感動し涙で瞳を潤ませながら大切そうに花を持ち、ティピックも驚きつつ嬉しそうに笑顔でシルクに礼を言った。
「シルクは誰かの為に行動するタイプなんだろうねぇ…そんな思いやりのあるシルクに、はい」
グレイは背中側に隠していた左手をシルクの前に差し出す。
その手には綺麗な花束。
色とりどりの三種類の花が束となり、丁寧に包装されている。
目の前に差し出された花束にシルクは目を丸くして固まった。
「実は花屋に来る目的として、これを買う為でもあったんだよね。シルクの入居祝いがまだできていなかったのと、シルクが来てから早速色々と手伝ってくれたし…お祝いとお礼を兼ねてね。僕とシャロンとミュスカ、それぞれ一種類ずつ選んだんだよ」
シルクは驚いた様子のまま、シャロンとミュスカにも視線を向ける。
シャロンは照れ臭そうに視線を斜め上に逸らし、ミュスカも照れ臭そうにしながらも満足した様子である。
シルクはゆっくりと手を伸ばし、グレイから花束をそっと受け取った。
その瞬間、シルクは衝撃を受けることになる。
突如脳裏に映像のようなものが流れる。
それは、何かの記憶のようなもの。
『――おめでとうございます!』
(……これ、は)
脳裏に浮かんできたのは、目の前に花束を差し出される光景。
花束を持っている手元だけが映り、相手が誰なのかは分からない。
代わりに明るい声がこちらに向けられていた。
如何にもお祝い用として用意されたのであろう、華やかな花束。
それを受け取ったところで脳内の光景は途切れてしまい、シルクは直ぐに目の前の現実の光景に戻される。
今のは一体何だったのだろうかと一瞬戸惑うも、確信する。
これは、過去の記憶なのではないかと。
どのような理由でかは不明だが、以前にも花束を受け取ったことがある。
そして、当時も今のような、心が温まるような気持ちだったのではないか。
これまで表に出せていなかった、内側で固く閉じ込められていた感情が溢れ出す。
「……ありがとうございます」
今度はグレイが目を見開いて固まる。
近くにいたシャロンとミュスカは勿論のこと、ティピックとウィンすらも驚いた表情を見せた。
細めた瞳は潤んで光を混じらせ、頬は薄らと赤みを帯び、口角は軽く柔らかく上がっている。
シルクは今、嬉しさと感動が入り交じった綺麗な笑顔を浮かべていた。
直後、グレイが街中であるにも関わらずシルクに急接近しようとするのを、シャロンとミュスカが引っ張って止める。
シルクは瞬きと同時に普段の無表情に戻ってしまうも、手元の花束を大切そうに抱えていた。
「まさかシルク君があんな表情を見せるようになるなんてねぇ……ウィン君?」
ティピックはやけに静かになったウィンに視線を向ける。
ウィンは頬を赤らめてうっとりとした表情のまま固まっていた。
あくまでもグレイ達に向けられていた笑顔であるにも関わらず、まるで自分自身に向けられたかのような反応をしているのにティピックは苦笑いする。
そして改めてシルク達に視線を移し、とある日の記憶を思い起こさせた。
ティピックが裏魔法協会の社長として活動しだしてから間も無い頃。
シルクとはそれ以前から関わりがあったのだが、この時期から本格的に様々な依頼を提案するようになっていた。
『…承知しました』
この頃のシルクは何があっても無表情のままであった。
ぴくりとも表情筋を動かさず、淡々とした様子。
瞳に光は宿っておらず、滲み出る魔力も相まって近寄り難い雰囲気を漂わせていた。
長い時間関わり続け、次第にシルクの表情はほんの少しずつ和らぐようにはなっていったが、とびきりの笑顔を見せることは一度も無かった。
今回見られたシルクの笑顔は、ティピック達にとっても初めての心からの笑顔であったのだ。
初めての笑顔が自分達に向けられたものでは無いのが惜しいと思いつつ、ティピックは軽く息を漏らしながら笑みを浮かべる。
「…これから先も期待しているよ、万能屋」
グレイ達の賑やかな様子を眺めながら、ティピックは静かに呟いた。




