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46. 感心

合間に雑談を踏まえながら食事が進み、緊張感が解れた頃。

店員が空いた皿を回収しにまわり、テーブル上のほとんどの皿は無くなった。


唯一残されている皿には半分ほど残っているサンドイッチ。

その前ではシルクが軽く息をついて膝上に手を置いている。



「…そろそろ厳しいです」


「ありゃ、外食だとちょっときつかった?」



シルクは申し訳なさそうに眉を下げる。

外食となると味が濃くなりやすく、実際シルクは4切れ中の2切れ目から食事のペースが格段に遅くなっていた。

食事を再開してから日も浅く、ミュスカの手料理でも未だに一食で一人分も食べられていない状態である。



「メニューの中で比較的少なそうなものだったので、大丈夫だと思ってたのですが…申し訳ないです」


「無理しないで良いだろ。何なら俺が食べても良いか?」


「あはは、食欲旺盛なシャロンに任せちゃいなよ」



残ったサンドイッチがシャロンの手に渡り、シルクは安堵してカフェオレを一口含んだ。

隣でティピックが2杯目のブラック珈琲を飲むと、ふむと考える素振りをみせて珈琲カップを置いた。




「以前のシルク君なら飲み物だけの注文だったのに、今日は食事も注文するから珍しいことばかりだなと思ってたけど…何か心境の変化があったのかい?」


「…少しずつ、部分的にですが、記憶を思い出すようになったんです」


「記憶をかい?」



ティピックは目を丸くしてシルクを見つめる。

ウィンも同様にシルクに視線を向けて、驚いた様子である。





「シルクさんはこれまで、失った記憶を思い出そうとすらしていなかったって聞いてるんですが、ティピックさん達と出会った時からそうだったんですか?」


「…はい、恐らくそれよりもずっと前から、そうだったのかと」


「シルク様は初めて出会った時から姿変わらずですからね…あぁ、幼き姿のシルク様はとても可愛らしい御姿だったのでしょう。ですがその幼き頃の記憶も無いとのことです。実際にいつから姿変わらずの状態になったのかは不明でございます」


「私達妖精族と違って、人間となると何百年という期間の記憶を覚えたままでいるのは無理があるだろうね…それなのに、今になって思い出した記憶があるというのは興味深い事だよ。ちなみに何を思い出したんだい?」


「えっと…整理整頓されていない環境が嫌いな事と、食べることと…あと花が好きなのかもしれない、という事です」


「随分ざっくりとした無いようだねぇ」




整理整頓に関する記憶について簡単に説明すると、ティピックはにやにやしながら、ウィンは冷めた表情でグレイを見た。



「そんなにとんでもない環境だったのかい?寧ろ見たかったんだけど、写真とか無いの?」


「シルク様に汚いものを見せるなんて貴方最低ですね」


「そんな目で見ないでくれよ。でもシルクの記憶を取り戻すきっかけになったなら、僕は寧ろ誇らしいよ?」


「そんな誇り今すぐ捨ててください」


「え、もしかして誇りと埃をかけてる?ミュスカったら~ぁでっ!」




テーブルの下でミュスカの強めの蹴りがグレイに襲い掛かる。

シャロンは自業自得だと言わんばかりにジト目を向け、最後の1切れのサンドイッチを食べ終えた。



「食べることに関しては実際に料理を食べてから…か?久しぶりの食事だったからってのもあるだろうけど、本当どれくらいの期間食べずに過ごしてたんだよ」


「すみません、それすらもよく覚えていなくて」



シルクは軽く俯いて空になったグラスを見つめる。

ティピックは横目でシルクの様子を伺うも、すぐに明るい表情を浮かべて語り掛ける。




「そう思い悩まなくても大丈夫だろう。ちなみに花が好きかもしれないという事についてだけど、以前からそんな感じはしていたよ」


「…そうでしたか?」


「あぁ、依頼内容と関係なく『素材として扱える魔法植物を見つけました、必要であれば採取しますがどうしましょうか』って連絡をくれるくらいなんだからね。それだけ植物、花について関心があるという事じゃないかな」



まさか無自覚だったのかい?とティピックは笑いながら珈琲カップを手に持つ。

ウィンは胸の前で両手を握り、うっとりとした表情で語り出した。




「花を携えるシルク様…想像するだけで心が高まります。真っ赤な薔薇を手にする姿はとても美しいものでしょう」


「どれだけシルクさんに赤を勧めるんですか…」



ミュスカは呆れた表情でファッションフロアでの出来事を思い出す。

その隣でグレイは植物の話題が出たことに若干うきうきしだし、それに気づいたティピックはにこりと笑って言葉を続けた。




「グレイ君が知りたがっているヘリオスフラワーについても話してしまおうか。ヘリオスフラワーの種の入手経路は私独自のつてがあってね、シルク君から珍しく頼みがあったから急遽取り寄せたんだよ。私はてっきりシルク君自身が必要としているのかと思ったんだけど、どうやら違ったようだねぇ」



取り寄せた、という言葉にグレイはぴくりと反応し、シルクに視線を移す。





「わざわざ取り寄せるよう頼んでくれたのかい?」


「…博士の研究の手助けをしたくて」





シルクはグレイの嬉しそうな表情を見ながら、とある日…大掃除の日に話した内容を振り返る。



―――

――


研究室内を片付けている時、ばさっと音を立てて1つのノートが床に落ちた。

シルクはそれを拾い上げると、グレイは気付いて声をかける。



「あぁ、それは研究ノートなんだ。絶対に必要な物だから置いといてくれ」


「はい……凄く細かく書かれていますね」



ノートにはピュアポトスの特性、実験データの結果を具体的にまとめられていた。

新鮮な空気の最大放出量、放出時間について研究していることをシルクは聞いていたが、研究を始めるきっかけについては知らない。


ふと興味本位でシルクはグレイに研究のきっかけを尋ねた。




「友人からの頼みでもあるんだよ。新鮮な空気、つまり新鮮な酸素の環境下でしか育たない魔法植物があってね、その植物からなる果物がどうしても必要なんだ」


「友人…ですか」


「あれ、もしかして僕には誰も友人がいないとでも思ってた?残念だがその予想は大外れだよ、僕には頼れる友人が1人いるのさ。それはもう唯一無二の存在と言っても過言ではない」




グレイはシルクから研究ノートを受け取る。

最初の頁から最新の頁までぱらぱらとめくりながら、グレイは笑顔で語り続ける。

笑顔でありながら、瞳は真剣そのもので研究ノートを見つめていた。




「その特別な魔法植物はとても希少でね…パナシアンベリーっていうんだけど、シルクは知っているかい?」


「…聞いたことはありますが、実物は見たことがありません」




長年様々な魔法植物を採取してきたシルクですら実物を見たことがない物。それは数年に一度実るか実らないかと言われている物である。


それが必要であるがためにグレイは新鮮な酸素の研究をしている。

最終的には人工的にパナシアンベリーを育てて実らせようとしていることに繋がるため、シルクはこの時衝撃を覚えた。




「何事もやってみないと分からないだろう。誰もやったことが無いのに最初から無理だと決めつけるのはどうかしているのさ。…それに、友人の頼みとなれば尚更諦めたく無くてね」


「…その友人のことを、とても信頼しているんですね」


「勿論だとも」




グレイは自信満々な笑みを浮かべて研究ノートを閉じた。


自己満足の為でなく、誰かの為に真剣に取り組んでいる。

それは嘘偽りの無い事実であることをシルクは感じ取れたのであった。



――

――――



「私利私欲のためでなく、誰かの助けとなる為に研究を進めているんです。…その助けになるかと思って、取り寄せてもらいました」




シルクはやわらかい表情を浮かべてそう言った。

グレイは感激のあまり涙目状態になり、立ち上がろうとするも座席の構造上から我慢して身体を震わせていた。

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