43. 交渉
ティピックが着用している黒いスーツは皺ひとつ無くきりっとした状態で、更に姿勢の良さも加わり、派手ではなくも高級感を漂わせる雰囲気を纏っている。そのせいか周りに売られているスーツが霞んでいるように見えてしまう。
明らかにオーラが違う、そんな様子の者が突然現れたことにグレイ達は驚きを表情に表していた。
そんな中、シルクが相変わらずの無表情で淡々と答える。
「新しい住居でお世話になっている方々です」
「へぇ、シルク君の言っていた例の住居の…という事は」
ティピックは隣にいるグレイに視線を留める。
口角を軽く上げ、興味深そうな笑顔を浮かべた。
「不思議な人だけど信頼できる博士とは君の事だね」
その瞬間、グレイがぴくりと肩を動かす。
明らかに博士という単語に反応した様子である。
「社長、その話私は聞いていませんが?」
「丁度ウィン君が席を外している時に話したことだからねぇ」
「何ですかそれズルすぎませんか」
「すみません、偶々ウィンさんが不在の時に話してしまって…」
「シルク様は何も悪くありません!」
ティピックに対して不満気な表情をし、シルクに対しては笑顔で振り向く様子にシャロンはぽかんとした表情を浮かべる。
ミュスカは呆れた表情で溜息をつき、静かにティピックに視線を移す。
シルクの仕事に関わっているウィン、そしてそのウィンが社長と呼ぶ存在であるティピック。自動的にティピックもシルクの仕事に関わる人物ということになる。
ウィンとティピック、どちらも突然姿を現した。
足音が聞こえなかったのは勿論の事、気配を全く感じなかったのだ。
明らかに只者では無い。そう確信してはミュスカの頬に冷や汗が流れる。
そんな中、博士と呼ばれて嬉しそうにしているグレイがぐいとティピックに詰め寄った。
「確かに博士とは僕のことで間違いないよ。ところで君達はシルクとどういった関係なんだい?社長ってことはそれなりのお偉いさん?」
「うーん、何と説明すれば良いのやら」
ティピックは頭上に視線を向けて何やら考える素振りを見せる。
そして何か思いついたのか、そうだ、と1つの提案を持ち掛けた。
「こうして出会えたのも何かの縁だろう。此処で立ち話をする訳にはいかないし、良ければゆっくり話せる場所へ移動しないかい?」
「もしかしてお茶のお誘い?…あまり長くならないのであればね」
「おや、もしかしてこの後予定があるのかい?」
「そうだよ大事な予定でね、植物を育てる肥料を調達する必要があるのさ」
「植物の肥料…もしかしてヘリオスフラワーを育てるため?」
再びグレイの動きが止まる。
ティピックはにやりと笑いながら言葉を続けた。
「その種をシルク君に与えたの、私なんだよね」
「是非話を聞かせてくれないかい」
あまり気乗りしない様子であったのが嘘であるかのようにグレイの態度が一変する。
ミュスカとシャロンは引き攣った表情を浮かべた。
「なぁシルク、アイツに先生の事を何て話したんだよ」
「…魔法植物に詳しくて熱心な博士です、と」
「あぁ…見事に手のひらの上で転がされてますね」
「社長は交渉術に長けていますからね、流石にあの御方は態度が分かりやす過ぎます」
態度が分かりやすいのはそっちもだろう、とミュスカはウィンにジト目を向けた。
時刻はお昼時に向かおうとしている。
シルク達は商業施設を出て、ティピックの案内によってとある喫茶店へと足を運ぶことになった。




