41. 不審
2人の真隣に突然現れたスーツ姿の女性。
ミュスカは驚いて一歩下がり警戒するが、シルクは微動だにせず視線だけをその女性に向けた。
「ウィンさん」
シルクは目をぱちくりとさせながら女性の名前を言った。
ウィンはにこにこと笑顔を浮かべながらシルクに向かって真紅のネクタイを差し出している。
「シルク様には薄く淡い色よりも、このようなはっきりとした真紅がとてもお似合いです。こちらは柄の入っていないシンプルなデザインにはなりますが、だからこそ真紅がより際立って引き締まった印象を与えられます。立ち振る舞いの美しいシルク様にぴったりでございます!」
ウィンはシルクを凝視し瞳をきらきらと輝かせながら前のめりに真紅のネクタイを勧め、傍から見ているミュスカは一瞬店員かと思うも、シルクの反応からしてそうでは無いと伺える。
店員であればシルクは緊張して固まるはずだが、名前を知っている上に普段通りの落ち着いた様子である。
「シルクさん、この方は知り合いですか?」
ミュスカがシルクに問いかけるも、代わりにウィンが首だけをぐるりと動かして今度はミュスカを凝視する。
先程までにこにこと笑顔であったのが嘘かのように、冷めた視線をミュスカに向けていた。
思わずミュスカは背筋が凍るような感覚に襲われる。
「こちらはウィンさん、仕事でいつもお世話になっている方です」
シルクが淡々と答えると、ウィンは再びシルクの方へと向いて笑顔になる。
ころころと表情を変える様子にミュスカは戸惑いつつ、仕事という言葉が出てきてぴくりと眉を動かした。
何でも屋として活動しているシルクがお世話になっている存在。
どのようにお世話になっているのかは不明だが、シルクとの関わりが深い人物ということになる。
「こちらこそ、シルク様にはとてもお世話になっております。…ところで、こちらの少年は?」
ウィンは再び冷たい視線をミュスカに送る。
明らかに敵視しているような態度にミュスカは表情を引き攣らせる。
そんな中でもシルクは淡々と質問に答えた。
「こちらはミュスカさん、私が新しく入った住居で暮らしている方の1人で…安心できる方です」
安心できる、という言葉にウィンは驚いた様子でシルクの方を伺う。
ミュスカも一瞬目を見開くも、これまでのシルクの人との関わりを知っていることを踏まえると、素直に嬉しさが込み上げてくる。
それなのに再びウィンからきつい視線を向けられ、緩んだ気持ちが再び警戒に変わる。
何なんだこいつは、とミュスカも流石に我慢できず睨むようにウィンを見返した。
「…シルク様、この少年は本当に安心できる存在なのでしょうか。シルク様を騙している可能性も考えられますよ」
「さっきから何なんですか貴方、突然割り込んできたと思えば失礼な態度を取って!」
「あらあら怖いお顔ですこと、このような気の短い方がシルク様の安心できる方とは思えません。それに先程は他にも怪しい方々も一緒にいませんでした?私は心配でなりません。シルク様、どうか本当の事を言ってください!」
他にも、というのはグレイとシャロンのことであろう。となればウィンはシルクの後をつけていたことになる。
尾行されていた事実にミュスカは更に警戒心を強めながらシルクの様子を伺った。
するとシルクはウィンに対して、ほんの少しだけ柔らかい表情を向けながら、落ち着いた声で話した。
「ご心配ありがとうございます、ウィンさん。安心してください。ミュスカさん達はこれまでの人達とは違って、信頼できる方々です」
「あら…そうなのですね!これは大変失礼致しました」
先程まで冷たい視線を向けていたのが嘘かのように笑顔をミュスカに向けた。手のひらを返すようにウィンの態度がころっと変わり、ミュスカは引き攣った表情で固まる。
シルクを様付けで呼んでいる事から、相当シルクの事を信頼しているのだろう。それでもあからさまな態度にミュスカの戸惑いは治まらない。
「シルク様と共にショッピングですか、なるほどなるほど…大変羨ましゅうございますね」
笑顔でありつつも憎しみが込められたような声色でウィンが呟く。本当に何なんだこいつは、とミュスカは警戒心を緩められず静かに冷や汗を流した。
そんな中シルクは真紅のネクタイを申し訳なさそうにウィンに返した。
「わざわざ選んで下さりありがとうございます。ですが今回は私ではなくミュスカさんのを選んでいたので…」
「…この少年のをですか?」
ウィンの口角がぴくりと引き攣った。
引き攣った笑顔から黒いオーラが放たれていく。
「いやだから、今回はシルクさんの買い物であって、僕のことは気にしなくて良いですから…」
「これはとんだ勘違いを申し訳ございませんでした。貴方、シルク様がわざわざ選んで下さった商品を否定するおつもりで?」
「そういう訳では無いですが!?」
こいつ面倒臭いな、とミュスカは心の中で静かに呟く。
「そもそも、ここは一応男性向けの商品ですよ。シルクさんへの商品を選ぶなら、向こう側の女性向けコーナーで選んでますよ」
「あら、男性女性なんて関係ありません。シルク様はどちらでも着こなしますので…ほら、こちらの色もシルク様にお似合いです!」
「…そうでしょうか?」
ウィンは近くにあったネクタイを手に取る。
同じ赤色系統ではあるが、若干明るい色のものだ。
しかしミュスカにとっては違いがよく分からず、同系のものを勧めるのに違和感を感じてしまう。
そして、妙なざわつきがミュスカの中で渦巻く。
次々とシルクに商品を勧めるウィンの姿。買い物のペースを乗っ取られたような、主導権を握られたような複雑な気持ちがミュスカに襲いかかる。
そして、意図せずにミュスカの対抗心に火がついた。




