40. 関心の矛先
ファッション系の商品がずらりと並べられており、シルクとミュスカはそれらの前で立ち止まる。
ミュスカにとっては入り慣れないフロアである為緊張した様子であり、シルクは逆に慣れた様子…とはいかなかった。
シルクは並べられている衣服を見るもあまり興味を示さず、ただ本当に見ているだけという感覚でいた。
「あまり気になるものはありませんか?」
「そうみたいです。店に入れば何か感じると思ったのですが…」
大掃除の際に不満感を、食事の際に高揚感を感じた時の事を思い出す。
実際に目で見たり環境に置かれたりすることで何かしら思い出すと考えていたが、どうやらファッション系に関してはそうはいかなかったようだ。
「元々お洒落に対しては興味が無いのかもしれません」
「まぁ…それも一応1つの情報になりますよね。念の為他にも見てみませんか?衣服じゃなくて装飾品には何かしら関心があるかもしれません」
「なるほど…」
丁度同じフロア内にピアスや髪留めなどの装飾品が並べられている場所がある。
一通りぐるりと見渡すように商品を眺めると、ぴたりととある商品に視線を留めた。
シルクの視線の先には、花の髪留め。
小振りな白い花に所々パールのような飾りがついているシンプルなものだ。
フロア内で初めてシルクが商品を手に取り、ミュスカは興味を示して隣に並んだ。
「髪留めが気になります?」
「いえ…髪留めと言うより、花が気になって」
様々な髪留めが並んでいる中、唯一シルクの目に留まったのがこの花の髪留めだった。
ミュスカは髪留めからシルクへと視線を移すと、とある変化に気が付く。
若干ではあるが、シルクの表情が和らいでいるように見えたのだ。食事を口に運んだ時と同様の優しい表情。
「シルクさんは花が好きなんですか?」
「…かもしれません。何と言えば良いのでしょう、癒されるような…何だか落ち着きます」
「確かに花って見ていると癒されますよね。となれば花屋に行ったら更に何か思い出すでしょうか…先生達と合流したら肥料を買うために花屋に向かいますし、その時に色々と見てみましょう」
「はい」
シルクはそっと花の髪留めを元の場所に戻す。
そしてやはり他の商品には目もくれず、婦人服売り場から出ようとすることにミュスカは苦笑いを浮かべる。
もう少しお洒落に興味を持っても良いと思うとグレイが言っていたが、ミュスカも同様の事を考えていた。シルクは背丈があり、無理矢理サイズを合わせるように絞めているベルトの位置から、脚が長いことが伺われる。
ミュスカは近くにあるショーウインドウ越しのお洒落な服を纏ったマネキンの姿を眺め、シルクに似合うだろうなと思ってからその場を離れてシルクの後を追った。
少し歩いた先にはビジネススーツが並べられており、女性用と男性用で分かれて販売されている。
シルクは女性用スーツの前で立ち止まり、婦人服の時とは違って真剣そうな様子で商品を見ていた。
衣服に興味は無くても仕事関連になれば別なのかとミュスカは再び苦笑いする。
「やけに真剣になってますね…仕事用ですか?」
「はい、丁度一着が駄目になってしまってたのを思い出して」
「駄目になった?」
「襲撃の際にうっかり破けてしまったんです」
さり気なく物騒な言葉を放ったことにミュスカは一瞬固まり、周りに店員がいないことを確認する。
シルクの生業とする何でも屋の内容を大まかに聞いてはいるため、それなりに物騒な内容もあることは知っている。
そして物騒な内容というのは魔物討伐は勿論の事、潜入捜査に関することも含まれていた。つまり人同士の争いの場もシルクは経験している。
スーツが破けたという事は、シルクの言った襲撃は恐らく護衛などの最中に人から受けたものなのだろうと察してしまったことにミュスカは軽く頭を抱えた。
「…ここには思ったようなスーツが売ってありません、仕事で使うとすぐ破けてしまいそうです」
シルクはふうと軽く溜息をつきつつ、ぐるりと周りを見渡す。
伸縮性のある動きやすいスーツを求めていたようで、若干残念そうな雰囲気が出ていた。
そしてそのままスーツ売り場から出るのかと思いきや、シルクは何かを見つけるとそのまま一直線に向かっていく。
ミュスカも後を追ってついて行くと、男性用のネクタイ売り場に辿り着いた。
何故男性用の物を、もしや潜入捜査用で必要なのだろうか、とミュスカは考えながらも、豊富に並べられているネクタイをシルクと同様に眺める。
そして、シルクは再び行動に移した。
薄緑色の模様が刻まれているネクタイを手に持ち、ミュスカの胸元辺りにギリギリ触れない近さでかざす。
突然のことにミュスカはぽかんとしている。
「ど、どうしたんです?」
「…カルムさんの髪と同じ色なので、似合うかと思いまして」
薄らと優しい笑みを浮かべたように見え、ミュスカは驚くと同時に顔に熱が集中する。
その関心さをもっと自分自身に使って欲しいと思うと同時に、素直に嬉しさも感じてむず痒い気持ちに襲われる。
「ぼ…僕のは大丈夫ですよ!今回はシルクさんメインの買い物なんですから!」
「一応目的のものは買い終わってますよ?」
「それはそうですけど…あ、あと」
ミュスカは顔を振って照れそうな表情を抑えつつ、気になった事を口にした。
「苗字じゃなくて、気軽にミュスカと呼んでください」
「…良いんですか?」
「全然良いですよ。…まぁ、先生みたいに強要はしませんけど、僕は…そう、呼んで欲しいと、言いますか」
自分で言っておきながら段々恥ずかしくなり、後半から口篭るように声量が小さくなる。
シルクはふむ、と考えるように視線を上へと向ける。
「ではお言葉に甘えます、ミュスカさん」
「…さん付けも別に無くても良いんですけどね」
「流石にこれは癖ですので、許してください」
シルクは申し訳なさそうに眉を下げるが、口角は若干上がっている。
シルクが多少なりとも気を許しているからか、初めて出会った時と比べると表情が少しずつ緩やかになりつつあることに、ミュスカは内心素直に喜んで笑みを零した。
「あら、シルク様ならこちらの真紅がお似合いかと思われますが」
ミュスカとシルクの真隣から女性の声が響き渡った。




