39. 即決
「これにします」
「即決ですね!?本当にすべてしっかり見て回ったんですか!?」
「流石に早過ぎるだろ…」
辿り着いた寝具が売られているフロアには、シングルベッドやダブルベッドといった段階毎のベッドは勿論の事、枕や毛布など多くの種類が揃えられている。
シルクは辿り着くと同時に普段通りの歩く速さで、且つ店員に声をかけられない順路でフロア内をぐるりと一周した。そうしてシングルベッドを指して購入を宣言したのだ。
これからの生活の一部となる物であれば、素材や機能性を考慮するのは大切な事だ。
しかしシルクはそれらを考慮しているのか、何も考えずに適当に選んだのか。睡眠をあまり必要と考えていないシルクのことである為、後者である可能性は十分に有り得る。
シャロンとミュスカはシルクが即決して選んだベッドの前に立ち、端に置かれている商品説明を確認した。ちなみにグレイは寝試しできるベッドに不貞腐れながら寝転がっている。
「…確かに機能性は悪くは無さそうですが、実際に弾力を実感してみるべきですよ。身体に合わず寝心地が悪くなれば本末転倒です」
ミュスカの提案通り、シルクはそっとベッドに座ってみることに。
程良く沈むも深すぎず、柔らか過ぎず硬過ぎず、シルクにとっては丁度良い心地であった。
「もっと大胆に寝転んでも良いだろ、あっちで遠慮なく寝転がってる奴もいるんだし」
シャロンは横目でダブルベッドに寝転がっているグレイを見る。
ごろごろと寝転がっては店員が苦笑いしており、ミュスカはつい保護者のような気持ちになって溜息をついた。
「あ~…僕これにしようかな」
「先生は今あるやつで十分だろ」
「もう少し大人しくしていてください、恥ずかしいです」
「ちぇ~」
グレイは起き上がるとベッドの端に座った状態で頬杖を突き、不貞腐れた表情を続ける。
先程興味を示していた魔法植物店の事を若干根に持っているようだ。
そんな中シルクは静かに数秒シングルベッドに横になり、直ぐ起き上がってベッドから離れる。
「これで大丈夫です、これにします」
「…納得したならこれ以上は何も言えませんね」
「本当に早く決まったな…あ、枕と毛布も決めないとだよな」
その枕と毛布もフロア内を一周した時に目星を付けていたようで、シルクはそれらも即決であった。
触れてもいないのに即決するのはどうなんだと2人は考えるも、素材を見ればどれも悪くない物だ。どうやらシルクには見極める能力も備わっているようである。
店員に声をかけ、購入する商品の在庫があることを確認されてからも早かった。
商品が準備されている間に会計をカードで済ませ、梱包された商品が運ばれればどれもシルクのポシェット内に収められた。
1人で持ち運ぶのには苦労する大きさの箱が吸い込まれるようにポシェットに収納された事に、店員だけでなくシャロンとミュスカも驚いていた。
「博士、お待たせしました」
「…思ったよりも早かったね?」
「先生が不貞腐れている間に終わりましたよ」
「それじゃあさっきの店に寄っても良いかい?」
「…一応目的は達成されたからな」
グレイはぱぁと明るい笑顔を浮かべて立ち上がる。
若干早歩きになるグレイを見失わないようにシャロン達も早歩きでグレイを追って一階へと下りて行く。
そんな4人の後ろ姿を離れた場所から見つめていた、スーツ姿の女性が1人。
「…もしかして、シルク様?」
――――
――
「ねぇ店員さん、これ葉が小さくない?本来ならもう一回り大きいはずなんだけど」
「そう言われてもねぇ…」
「それにこの植物も何だか育ちが悪い。ちゃんと日光に当ててる?粗末に扱うなんてことしてないだろうね?」
「き、急に何を言い出すかと思ったら…苦情は受け付けてねぇ、ぞ…!?」
先程の移動式の魔法植物店にて、グレイは店員に怪しい笑みを浮かべながら迫っている。
店員は難癖を付けに来たのかと怒りを露わにしようとするも、グレイからの圧に怖気づいて身を少し縮こませてしまっている。グレイは高身長である為、尚更相手に圧を与えてしまいやすいのもあるのだろう。
店に並べられている商品は、一般人からすれば特に違和感を感じないだろう。しかし様々な魔法植物を研究し扱ってきたグレイには、商品のほとんどが質が悪い状態だと見抜いたのだ。
そうしてグレイは問い詰めるように店員に話しかけたという訳である。
シャロン達は少し離れた場所からその光景を見守っている。
一度グレイがこうなってしまえばなかなか止まらなくなるのをシャロンとミュスカは知っている為、敢えてここは見守る選択をとったのだ。
シルクも同様に待つことにし、ふと近くにある他の店の様子をその場から見える範囲で確認する。
視線の先にはファッション系の商品が並べられており、衣服を身に纏ったマネキンが見栄え良く並べられている。
「シルクさん、先生の方は恐らくもう少し時間がかかると思います。今のうちに他の店も回ってみますか?」
「…良いんでしょうか」
「大丈夫だよ、もしかしたら何か思い出すキッカケがあるかもしれねぇだろ。ほら、食事が好きなのかもって言ってた時みたいに、色んな店を見て回ったら他にも好きだったものが思い出せるかもだし」
「…分かりました、ありがとうございます」
流石にこのまま1人で行動するのはまだ不安である為、ミュスカが同行し、シャロンはこのままグレイの行動を見張ることにした。
何かあったら連絡するという事で、別行動が始まった。




