38. 街へ
「何だよグレイ、やけに懐かれてるじゃねぇか…まさか何か薬を飲ませたのか」
「人聞きの悪い予想を立てないでくれないかい?」
「流石に先生でもそんなことしませんよ。兎に角、クイチェまでお願いします」
グレイ達は馬車に乗り込み、それぞれ座ったのを確認してから御者の男は馬車を発車させる。
普段ならシャロンとミュスカの二人かグレイ一人、または三人揃ってで馬車に乗るのがほとんどであった為、新たに加わったシルクを御者の男は偶に珍しそうにちらりと視線を何度か向けている。
「何だかいつもと違って新鮮だねぇ、あんた等はどういう関係なんだい?」
「シルクは新しい入居者なんだよ、つい最近住み始めたばかりなのさ」
「あのアパートにかい!?」
御者の男は前を向きながら驚いた表情をする。
始めにグレイに対して嫌そうな表情を見せたのも、これまでの住居の状態が原因なのだろうとシルクは考える。
そんな環境で過ごしていた頃のグレイ本人にも臭いが染みつき、これまで馬車を使用した時は男にとっては堪らないものだった筈だ。
今は整理整頓されて独特な臭いも消え去っているが、それを知らない男は改めてシルクにちらりと視線を向ける。
「お嬢さん…何があったかは知らねぇが、変なことされたら正直に助けを求めるんだぞ」
「僕の信用無さすぎじゃない!?」
「大丈夫です、博士は悪い人ではありません」
普段よりも声は小さめだが、聞きとれる程の声量。
御者の男は数秒黙り、改めてグレイに問いかけた。
「本当に何も飲ませてないんだよな?」
「そろそろ僕泣いても良いかい?」
「これまでの行動を精々反省してください」
「流石にここまで言われても仕方がねぇよな」
「二人まで酷いなぁ」
グレイはわざとらしく落ち込む素振りを見せるが、よくあることだからか気にしている様子はみられない。
男は軽く笑いながら言葉を続ける。
「はは、何もされてないなら良いんだよ。それにしてもこんな別嬪さんが入居するとはねぇ、羨ましいねぇ」
「シルクさんを変な目で見ないでくださいよ」
「そんなんだから振られるんだよおっさん」
「余計なこと言うんじゃねぇよ!」
シルクは未だに固まった状態で馬車に揺られるがまま。
相変わらず緊張は続いているものの、出発前に比べれば比較的マシな方ではある。
暫くして、馬車は目的地へ到着する。
グレイが先に馬車から降りて料金を支払っている間に、シャロンとミュスカも続いて降りていく。
最後にシルクが地面に足を着け、顔を上げれば目の前で人々が多く行き来している光景につい息を呑ませる。
普段つけている狐面とフードが今は無い。
やたらと視界が広く感じ、余計に緊張感が増してしまう。
「お待たせ…て、シルクったら固まっちゃってるけど大丈夫かい?」
「…大丈夫です」
「流石に気分が悪くなったら言ってくださいね」
「それじゃあ早速店に向かおうぜ」
人通りが多い通路で離れ離れにならないよう固まって歩いて行く。
両脇には様々な店が揃えられており、新鮮な青果物、園芸用品、花、工芸品、衣類など多種多様だ。
シルクは周りをきょろきょろと見渡すことはあっても、特定の店に目を留めることはない。
興味の物があればそこに視線を留めてもおかしくないのだが、現在のシルクは店の内容よりも、周りの人の目を気にするのに必死なように見える。
そんな様子を後ろから見ていたシャロンは本当に大丈夫なのかと心配を覚えながらも、同様に周りに視線を移してふと別のことを考えだす。
周りの人々はグレイとすれ違うも、特に気にすることなく通り過ぎていく。
それがシャロンにとってはある意味新鮮なものであった。
以前のグレイであれば薬品の臭いを漂わせていた為、自然と人々が遠ざかった状態になり変な空間が出来上がっていた。
しかし臭いを漂わせなくなった今は誰も気に留めていない。
ミュスカも同様のことを考えているのか、いつもと比べて周りに視線を動かす頻度が多くなっている。
二人は改めて、グレイを説得し大掃除をさせたシルクに感謝の念を送った。
そのような念を送られているとは思っていないシルクは変わらず固まった表情で歩を進め、グレイに至っては普段と変わらず平然とした様子で小さく鼻歌を呟いている。
人とぶつかることなく進んで行き、様々な店が集結している商業施設に辿り着く。
クイチェの街中でより大きく目立つ建物だ。
「さぁ到着!此処の二階に寝具売り場があったはずだから、そこに向かおう」
「はい、直ぐに決めてしまいましょう」
「じっくり考えても良いんですよ?」
シルク達は目的の売り場へと向かう為に再び歩を進める。
その数秒後、偶然いた移動式の魔法植物店にグレイがふらふらと脱線し、ミュスカとシャロンが必死に腕や衣服を引いて止めた。




