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31. 止まった時間

「時が止まってる?」



シャロンは眉をしかめてグレイに視線を向ける。グレイは決してふざけた様子は無く静かにそう言った。

何を言い出すのかと思うも、シルクの体質についてを踏まえると妙に腑に落ちてしまう。


空腹感が無く、睡眠を欲せず、魔力は消費されていないかのように使える状態。

確かに時が止まっているという表現は合っているのかもしれない。



シルクは目を見開いて固まっていた。

この瞬間、シルクは脳内に電撃が走ったかのような強い衝撃を受ける感覚に襲われる。


強い頭痛を訴えるわけでは無い、純粋な驚愕。

そして、ぼんやりとしていたはずの記憶の一部が脳内に映し出される。

完全にはっきりとはしていない、ほんの僅かな記憶。




『君、まるで時が止まっているみたいじゃないか』




遠い過去の記憶。

誰の顔かはまだはっきりと思い出せない。

だが確かに、言われたことのある記憶。



固まって動かなくなったシルクにミュスカは心配の視線を向ける。

グレイは更に考えたことを素直に口に出した。




「シルクの話してくれた体質の事に踏まえて、僕は他にも気になっていたことがあってねぇ。直球に聞くけど、シルクって何歳か覚えてる?」


「…何、歳」




シルクは戸惑う。

中途半端な記憶喪失のような状態で過ごしてきたこともあり、年齢など覚えていない。

しかし、戸惑っている理由はそれだけでは無かった。


先程蘇った記憶、問われた時の風景。

相手の顔はぼやけているが、これだけははっきりと思い出せた。


問われた時の自分は、今の自分と姿が変わっていなかった。

遠い過去の記憶のはずなのに、全く同じ背丈、同じ顔、同じ髪の長さ。


遠い過去だと思い込んでいるだけなのか、それは否。

確かに遠い昔のことであることには間違いない。



問われた時の周りの風景が、脳内で広がっていく―――





「…大丈夫か?」


「あ…はい、大丈夫です」



シャロンに声をかけられたことでふと我に返り、額から冷や汗が流れる。

落ち着こうとするために珈琲を一口含んだ。ミュスカが淹れたためか、きりっとした濃い風味が口内に広がり鼻腔を突き抜けた。



「その様子だと覚えていないようだね」


「…すみません」


「謝らなくて良いよ、突然ごめんね。見た感じシルクって10代後半か20代前半くらいの見た目だからさ。これまで経験してきた仕事内容とか聞いてると、この若さで成し遂げられるものとは考えられにくくてね…僕みたいに飛び級で博士課程を卒業したわけでも無さそうだし」



それに、とグレイは言葉を続けようとする前に視線をとある方向へと向ける。

広間の隅に棚が置かれており、その中に1つ置かれているのは穴あきの小瓶。中には大炭草の葉が1枚収められている。



「以前大炭草を見つけた時の話をしてくれただろう。その時シルクが言っていた自生環境について考えててね…見つけた時の洞窟ってもしかして、リコット山にある洞窟じゃなかったかい?」


「…確かに、そんな名前の山だったような」



リコット山は火山であり、周りは豊かな自然に囲まれている規模の大きい火山の1つである。珍しい魔法植物や魔物が多く生存していることもあり、多くの者が素材集めの為に挑戦するが、標高が高く厳しい環境であるため難易度は高い場所だ。


ミュスカはぴくりと片眉を上げる。

同様の事を考えたシャロンはつい言葉で表してしまう。



「ちょっと待て…リコット山って確か一度大規模に噴火して、辺りにあった洞窟は崩れて立ち入られなくなったはずだろ」


「そうだねぇ、約50年前に大噴火が起きたことで洞窟は無くなってしまっている」




一斉にシルクに視線が集まる。

シルクはゆっくりと息を吐き、珈琲カップをテーブルに静かに置いた。






「…そうです。私は何年も、何十年も…とても長い間、この姿のままで生きてきました。年月を数えることはもう、とうの昔からやっていません」



無表情ではなく、自虐的な笑みを薄っすらと浮かべながらそう言った。

悲しみを含めたような、虚しさを含めたような、何とも言えないような複雑な思いを含めた表情。




「自分が何処で生まれたのか、何者であったのか、何のために生きているのか。ぼんやりとした記憶のまま、何となく日々を送るだけ…こんな記憶が欠落した状態で何でも屋をしているなんて、失礼にも程がありますよね。世の中必死に生きようとしている人が沢山いるというのに」




再び無表情になり、陰りの入った黒い瞳で淡々と言葉を述べた。




「いつからか、私は人間ではなくなってしまったのかもしれません」




空になった珈琲カップに視線を落とし、そのまま目を閉じた。

目を閉じた時間は僅かなものであったが、嫌に長く感じられた。


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