29. 衝撃の事実
シルクは自室で椅子に腰かけ、ぼんやりと窓の外の景色を眺めている。
外は曇り空が広がり、雨が降る様子はみられないがほんのり薄暗い。
視線を落としてゆっくりと目を閉じる。
先程研究室でシャロンとミュスカから言われた言葉を思い出す。
仕事から戻ってきた直後の驚愕された表情や昼食時の疑うような視線を向けられた時と違い、純粋な気持ちで反省した様子の謝罪の言葉を。
シルクは少々拍子抜けしてしまっていた。
当たり障りのない関係で過ごせば良いと割り切らせながら過ごしてきたこともあり、今回のような反応をされたことで、張っていた気持ちが薄れてしまったのである。
(…ここなら、やっていけるのかな)
再び視線を窓の外に向ける。
雲の隙間から太陽の光が部分的に差し込んでいた。
直後、3回ノック音が響く。
「…はい、どうぞ」
何度目かの訪問にもシルクは顔色を変えず、素直に返事を発した。
扉が開いて真っ先に姿を現したのはグレイであった。背後からはシャロンとミュスカがひょこりと顔を出して伺っている。
「何度もごめんねぇシルク。今日は曇りで研究を進められないからさ、良ければまた色々話を聞かせてくれないかい?これについて聞きたいこともあるし」
グレイは左手をひらひらと振りながら部屋に入る。右手には先程シルクが手渡したヘリオスフラワーの種が入れられている布袋が握られていた。
話を聞きたい、と言われたことに対しシルクは眉をぴくりと動かす。
再び何処まで話せば良いのかと考えを巡らせようとするも、直ぐに考えることを止めた。
目の前にいる者達には、詳しく話しても大丈夫なのではないか。
不思議とそう考えていた。
「はい、今日は仕事は入れていませんので、大丈夫です」
「ありがとう、それじゃあまた一階の広間で話そうか」
「あの…先にこれ、お返しします」
ミュスカがグレイの背後から一歩踏み出し、シルクに小瓶を差し出す。
中にはドラゴンの鱗の粉末が入っている。
「このような貴重な物は先生が持っていると何をしでかすか分かりませんので、シルクさんが持っているべきかと」
「…良いんですか?」
「まだ実際に凍らせてないからもう少し手元に置いておきたかったけど、2人が煩く言うから仕方無くね」
グレイは不貞腐れた表情をするも、直ぐにけろっとした表情に戻って伊達眼鏡をくいっと上げ直す。背後でシャロンがジト目でグレイを見上げて溜息をついた。
シルクは小瓶を受け取り、ポシェットの中に仕舞い込む。
そのまま部屋を出ようとするも、グレイが振り返らず立ち止まったままであることに気が付いて疑問を浮かべた。
「どうかされました?」
「…1つ聞いても良いかい?」
グレイは室内をぐるりと見渡す。
部屋にあるのは備え付けの棚、テーブル、椅子。テーブルの上にはいくつかの小瓶と、薬草をすり潰すのに使用した薬研などの細かい道具が置かれている。部屋にある家具はそれくらいしかない。
あまりにもシンプルな部屋だ。
だが圧倒的に足りない物がある。
「シルクってベッドはまだ購入していないのかい?」
引っ越ししてから数日しか経っていないため、家具が揃っていないのは当然だろう。
しかしテーブルと椅子はシルクが持参してきたものであり、どれもポシェットに仕舞い込んでいた物だ。
大きさに関係無く出し入れできるポシェットがあれば、ベッドも同様に持参できるはず。それなのにベッドは未だに部屋に設置されていない。
単に古くなっていたから破棄し、新しい物はまだ購入できていないのかとグレイは考えるも、シルクからの答えは予想しないものだった。
「購入する予定はありません」
「え」
「…え?」
互いにポカンとした表情で見つめ合う。
シャロンとミュスカも予想外の答えに目をぱちくりとさせる。
「いやだって…流石に床で寝るわけにはいかねぇだろ、徹夜しまくった先生じゃあるまいし」
「ちょっとシャロン、流石に僕でも床では寝ないよ…え、寝てないよね?」
「何度か寝てましたよ…いやそうじゃなくて。購入する予定はないってどうしてです?」
「どうしてって…」
シルクは視線を逸らして口籠る。
再び、やってしまったと言わんばかりに冷や汗を流した。
「…普段から使う事が、無いので」
その瞬間、グレイ達に衝撃が走った。
シルクは食事だけでなく、睡眠に対してまで関心が薄れていたのだ。
「シルクさん?最後に睡眠をとったのはいつです?」
「昨日とりました」
「…何時頃に、何時間くらい?」
「…昼食前に、2時間程」
グレイはゆっくりとシルクに近付き、右手をぽんとシルクの左肩に置いた。
シルクは変わらず視線を逸らしたままである。
「僕に対して睡眠の重要性を説いたにも関わらず、シルクは睡眠をまともにとっていないと…ねぇ?」
「私の場合は本当に必要無いんです…眠くならないんです」
視線を下に向け、表情に陰りが入る。
嘘をついているようには見えないシルクの様子に、グレイはふうと軽く溜息をついた。
「…これは話が長くなりそうだね」




