28. 残る謎
シルクが研究室を出た後、3人は研究室に残ったまま部屋の中央に設置されている作業台を囲むように椅子に座っていた。
そんな中グレイは小さい布袋を大切そうに両手で抱え、幸せに満ちているような表情を浮かべている。そんな様子をシャロンは若干引きながら見ている。
「いい加減その緩んだ表情をどうにかしてくれよ、流石に引くぞ」
「言っても無駄ですよシャロン。ヘリオスフラワーなんて珍しい魔法植物、なかなか手に入りませんし」
「これも仕事で入手したやつなのかね…」
再び入手が難しい代物をシルクが持参していた事に対し、ミュスカ達は謎だと感じるも余計な疑いは持たなくなっていた。
瞬時に魔法を発動させる能力、魔力量、知識の豊富さ、そして仕事帰りの様子。グレイから聞いた話の内容と合わせれば、シルクが嘘をついているとは考えられない。
そして疑いの念を持たなくなった代わりに、知りたいという気持ちがどんどん膨れ上がっていた。
「何でも屋っつー仕事をしていることは分かった。でもやっぱり分からないことが多すぎるんだよ、何をどうやったらあんな瞬時に魔法を発動させられるんだ?」
「ふふ、魔法に関しては経験だろうね。2人もそれなりに魔力と知識があるんだから、特訓すれば魔法障壁なんて一瞬で出せるようになるさ」
「確かに魔法障壁の発動は先生も得意でしょうけど、シルクさんは恐らくそれ以外も高レベルだと思いますよ」
シャロンは皿洗いの時にシルクが瞬時に落とした皿を空中で止めたことを思い出す。
相当魔法を扱いなれていなければ、あのような一瞬の間に魔法を発動することは難しいのだ。
グレイが施設にて魔法障壁を発動せざるを得ない状況にあっていたのと同様に、魔法を発動せざるを得ない環境にいたのだろうか。高レベルな魔法発動能力であることを踏まえると、相当過酷な環境にいた可能性も考えられる。
「…魔法についても気になりますけど、僕は他にも気になる事があります」
「他にも?」
ミュスカは深刻そうな表情で視線を落とし、記憶を辿らせながら顔を上げた。
特に昼食時の光景を思い出しながら。
「シルクさんは食事に対する関心が薄いです。完全に興味が無い様子ではありませんでしたけど、流石に何も食べなさすぎです」
シャロンは納得したように頷く。実際シルクは今日の昼食は半分も食べすに残してしまい、それでも空腹の訴えが無い。それ以前にこれまでの食事の記憶がほぼ無く、引っ越してくる前に何をいつ食べたのか覚えていない状態だった。
「あれでは仕事をするどころか、生きていくことも困難のはずです。それなのに平然とした様子で…そういう体質なんでしょうか」
「いくら体質でも限度があるだろ…明らかに細かったし、下手したらガリガリなんじゃねぇか」
昼食時のシルクの格好は白シャツに黒いズボンというシンプルなものであったが、身体に合ったサイズではなく大きめのものだった。ズボンはベルトで固定されていたものの、余った部分が長く、途中で大きめに結ばれていた。
シャツの袖から見える手首は常時活動する身にしては細く、もし片手で掴んで力を入れてしまえば骨の軋む音が容易く聞こえるのではないかと思うほど。
「確かにシルクは細すぎるねぇ…もしかして体力は魔力で補っているのかな?だとすれば相当な魔力量になるね」
「先生、大掃除の時シルクさんはほぼ動きっぱなしって言ってましたけど…本当に疲れた様子は無かったんですか?」
「全然だよ。常時箒に跨りながら移動してたけど、疲れた様子は全く無かったね」
長時間魔力を使用しても疲れていない時点で、魔力量は桁違いであることが示される。
しかし普段から感情を表に出さないことから、もしかしたら誰にも見えないところで疲弊しているのではないかと3人の中で心配が込み上げていく。
するとグレイは立ち上がり、普段と変わりない平然とした様子で言った。
「よし、気になるから聞いてみよう」
「え」
そのまま研究室から出ようとするグレイを2人は直ぐにひき止める。
突然白衣を掴まれたグレイは驚くも、ひき止められた事に疑問になり首を傾げた。
「流石に突発的すぎませんか先生!確かに気になりますけど、もう少し慎重に考えてから聞くべきと言いますか…結構デリケートな内容にもなりますし!」
「気にしすぎだよ、さっきまでの気まずい空気はもう終わったでしょ?だったら普通に気になったことを聞きに行っても問題無いよ…それにシルクはこれまで生きてて出会ったことが無いタイプの存在なんだ。だからかその分気になって仕方が無い。納得するまでは僕は行動するよ」
それに、と手に持っている布袋を軽く振って付け足すように言った。
「シルクには僕の研究をもう少し手伝ってもらおうかなと思っていてね。今のうちにシルクの時間を確保しに行こう。いつまた仕事で不在になってもおかしくないし」
訪ねる理由がシルクについて知る事がメインなのか、研究についてがメインなのか。下手したら後者が強いのではないかと2人は考えてしまう。
どのみち話し合う時間は確保したかったため、そのままシルクの部屋へと向かう事となった。




