27. 晴らす
「…それを凍らせようとしたんですか?」
シルクは目をぱちくりとさせてミュスカが手にしている容器を見つめる。
容器内には未だに水が入れられており、粉末は溶けずに水を弾いた状態で浮かんでいる。
ドラゴンの鱗という貴重な素材の粉末を実験と称して粗末に扱ったことにシャロンとミュスカは冷や汗を流しながら視線を泳がせているが、実験を行った張本人であるグレイは途中で止められた為か不貞腐れたような表情をしている。
「僕はただ好奇心に従って行動しようとしたまでだよ」
「先生にはもう少し加減を覚えてほしいと言いますか…兎に角やり過ぎないで下さい」
「本当慎重に扱ってくれよ、特性があるからと言えどこんな貴重な素材を平気で燃やしたりしやがって」
燃やすという言葉にもシルクは再び目をぱちくりとさせるが、ドラゴンについての特性を勿論把握している為か冷静を保っている。
シルク本人は特に気に留めていない様子だが、シャロンとミュスカは申し訳なさでシルクと視線を合わすことが出来ずにいる。昼食の際は穴が開くのではと思われるほど凝視していたにも関わらず、その後の気まずい終わり方もあってか尚更視線を合わせられない。
そんな状況を気にしていないのか、シルクは淡々とグレイの疑問について答えだした。
「ドラゴンの鱗は凍らせても特に大きな変化は見られないかと。鱗は肉体を保護する為に頑丈でないと意味がありませんからね」
「そっか~…じゃあ実際に見てみようよ」
「もう十分ですよ」
ミュスカは更にグレイから容器を遠ざけて警戒する。
何とか話を逸らせようと、気まずいながらもシルクに問いかけた。
「ところでシルクさんはどうして研究室に?」
「…博士に渡したいものがありまして」
シルクは手持ちのポシェットに手を突っ込むと、中から小さい布袋を取り出した。
その布袋を開け、中が見えるようにしてからグレイの前に差し出す。
中に入っているのは白色の植物の種だ。
グレイは一瞬瞳をきらりと光らせる。
「これはもしや…魔法植物の種かい?」
「はい。ヘリオスフラワーと呼ばれている向日葵の種です」
植物の名前を聞いた瞬間、グレイはピシリと動きを止めた。
そしてみるみるうちに瞳を輝かせながら頬が赤く染め、興奮した表情のまま両手をわきわきと空中を握ったり開いたりを繰り返す。
ヘリオスフラワー。見た目は大振りな向日葵だが、一度開花してから枯れてしまう最後までの間、自ら光を放出し続けるという特殊な性質を持つ。
更に、その光は太陽光にほぼ等しいとも言われている。
開花するまでは自然の太陽光を必要とするが、一度花開けば自らを太陽として周りに光を放出させることができるのだ。
「これを開花させれば、太陽が出ていない日でも研究を進めやすくなるかと…」
「あ…ああぁ…」
グレイは種が入った布袋を受け取る。興奮でうまく言葉を表せていないが、表情だけで相当嬉しいことが周りに伝わっているだろう。
布袋を大切そうにテーブルに置くと、グレイは勢いよくシルクに向かって振り返る。
「感謝感激だよシルク…君ってやつはぁ~~!!」
そのまま突進する勢いでシルクへと向かったことに、シャロンは驚愕した表情で止めようと手を伸ばした。ミュスカも驚愕しているが、容器を未だに手にしていることもありグレイの奇行を止めることが出来ない。
そのままシルクに感謝の意を込めて抱き着こうとするも、それは失敗に終わる。
シルクとグレイの間に見えない壁が現れ、グレイはそのまま壁に激突した。
突然の出来事にシャロンとミュスカは困惑するも、魔力の流れを感知し、僅かながらも状況を把握する。
シルクが透明の魔法障壁を瞬時に発動させたのだ。
「つれないなぁシルク…僕からの感謝の念を受け取ってくれないのかい」
「言葉だけで十分ですので」
見えない壁にへばりつき、そのままずるずると下へずり落ちていく様子をシルクは無表情で見つめる。
そしてミュスカとシャロンそれぞれと視線を合わせて軽くお辞儀をした。
「それでは、私はこれで」
シルクは用を済ませたため、そのまま研究室を出ようとする。
しかし、ミュスカから大きめの声で呼び止められた。
「待って下さい!」
「…何でしょう」
先程まで気まずそうに視線を逸らしていたミュスカは、しっかとシルクと視線を合わせる。続いてシャロンもシルクに視線を向け、一歩前に踏み出した。
「あの…先程、昼食の時は失礼な態度をとってしまってすみませんでした。気を悪くさせましたよね」
「正直言って、お前のことを色々疑ってたりしてて…でも流石に疑い過ぎた。すまねぇ」
シルクは再び目をぱちくりと数回瞬きさせる。
軽く視線を上に向けて昼食時の事を思い出し、確かに仕事のことで気まずい空気になったなと自身で振り返る。
そして、淡々とした様子で言葉を述べた。
「気にしないで下さい。お2人の反応はごもっともです…こういう事には慣れていますから」
シルクは自分が周りとはズレた行動、考えを持っていると割り切っていた。
2人から疑いの目を向けられることは予想の範囲内であり、仕方が無いと思っていた。
しかし現時点でシルクはその予想が外れようとしていることに内心驚いていた。未だに床に膝をつき、見えない壁にへばりついているグレイに視線を落とす。
(…博士がいたから?)
グレイは出会ったばかりのシルクに対し、純粋な興味を示し関わろうとする数少ない存在。
そんなグレイの事を先生と呼び、それなりに慕っているシャロンとミュスカ。グレイに諭されたのであれば納得せざるを得ない部分もあるのだろう。
しかし、今向けられている2人からの視線には、疑いの念は含まれていないように感じた。
下心の無い素直な謝罪としてシルクと向き合っていた。
「…では、失礼しました」
研究室の扉が閉まると同時に、見えない壁が解除されてグレイは続いて床にへばりつく。
数秒間沈黙が続いた後、シャロンとミュスカは互いに顔を見合わせた。
慣れていると割り切られたものの、最後にシルクから無表情では無く、ほんの少しだけ柔らかい表情を向けられた気がした。




