26. 証明
昼食後、シャロンとミュスカはグレイに呼び出されるまま研究室へと向かう。
シルクとは気まずい空気のまま終わってしまったのだが、突然研究室へと呼び出されたことに2人はグレイの考えを読めずにいる。
グレイに続いて研究室に入ると、早速2人の前に1つの小瓶が差し出された。
中にはキラキラと光沢が散りばめられた薄い赤色の粉末が入れられている。
「おい…これってまさか」
「昨日言ってたやつだよ、シルクが手に入れたドラゴンの鱗を粉末状にしたもの」
ドラゴンの鱗という貴重な素材が粉末状に砕かれ、更に希少価値が上げられた代物。
そんな物を簡単に目の前に差し出された2人はポカンとした表情をする。未だに本物であるか疑わしい気持ちがあるためか、貴重なものという実感がなかなか湧かないのだ。
「どうやら本物かどうか疑っているみたいだねぇ…それじゃあ実際に確かめてみようか」
「え…確かめるって?」
グレイは小瓶を開けると、空の小さな容器に粉末をすべて移し替える。
そしてテーブルの上に置かれている1冊の本を取り出し、パラパラと捲っては目的の頁で止める。2人にも見えるよう開いた本を差し出すと、そこにはドラゴンの特性について書き記されていた。
「ドラゴンにも色々種類があるけど、大抵のものは火に耐性があるんだ。特に鱗はとても頑丈で、通常の火では炙っても全く焦げないらしいよ」
グレイは粉末を入れた容器に向かって人差し指を向ける。
「ちょ、待ってくださいよ先生!まさかいきなり――」
ミュスカが最後まで言い切る前に、グレイは魔法で容器の中に炎を発動させる。
容器内が明るく照らされ、外には溢れない程度の炎がユラユラと灯された。
粉末は炎に包まれるも黒く焦げる様子は無い。
炎を灯したままの状態で容器を空中に浮かせつつ、グレイは人差し指でくるくると混ぜるような動きをする。それに合わせて容器内の炎が渦を巻くように動き出し、粉末も動きに沿って炎に包まれながら浮かびだす。
それでも粉末は綺麗な赤色を保ったままで、光沢を更にキラキラと輝かせている。
「…本当に燃えてない」
「そんなまさか…本物?」
「おや、まだ疑わしいなら他の方法も試してみるかい?」
2人が驚いた様子であるも、僅かに疑わしそうな表情を浮かべたことからグレイはきらりと伊達眼鏡を光らせる。
容器内の炎を消してテーブルに置いたと思えば、今度は水の入ったボトルを手に持つ。
ミュスカはまさかと口角を引きつらせるも、有無を言わせずグレイは笑顔のまま容器の中に水を注ぎ入れた。先程まで炎が入っていたこともあり、容器の表面がジュッと音を立てる。
水を注がれた粉末は混ざり合い溶けるどころか、寧ろ水を弾いていた。
「ドラゴンの鱗は撥水性が高いっていう特性もあるんだってねぇ、だからこうやっても全く混ざらないわけだ」
再び人差し指で宙を回転させるようくるくる動かせば、容器内の水は渦を巻き出す。それでも粉末は溶けることなく状態を保っていた。
好き勝手に実験する様子を目の前で見せられ、2人は言葉を発せずただ眺める事しかできずにいる。そして段々偽物だという考えは薄れていった。目の前で証明されてしまえばそれを信じるしかない。
「えーっと、他にはそうだな…よしシャロン、これを魔法で凍らせてみてくれないかい?氷魔法が得意だろう?」
「は?」
突然のグレイの提案にシャロンは表情を引きつらせる。
ドラゴンの鱗であることはほぼ強制的に証明されたというのに、更に何をする気なのか。ミュスカもグレイの提案に表情を青ざめさせる。
「熱に強い、水に強いとは分かっても…氷点下の状況ではどのような事が起こるのか、その本には記されていないんだよね。だからどうなるのか気にならないかい?何も起きなければそれで良いし、何かしらの反応が起こればそれはそれで発見だよねぇ!」
「ちょっと待てよ先生、もう本物だって理解したから!これ以上実験するのは勘弁してくれよ!」
「この目で見ないと気が済まないからさぁぁ!!」
「変なスイッチを入れないで下さいよ先生!流石にこれ以上そのような貴重なものを粗末に扱うのは心臓が持ちませんから!!」
本物のドラゴンの鱗の粉末であることを理解した瞬間、性質が分かっていると言えど容赦なく炙ったり溶かそうとしたりしたことに2人は手の震えが止まらなくなる。
本来ならこの目にすることすら幸運とも言えるような希少価値の高い代物。値段で表せば簡単に札束の山ができるだろう。
「仕方が無い…じゃあ僕が自ら魔法で凍らせみるよ」
「おいこらグレイ待てやごらぁ!!」
「先生は氷魔法の制御が下手でしょう!本当に止めて下さい!!」
グレイが容器に向かって指を振ろうとするのをシャロンが何とかして抑え、ミュスカは容器を隠すようにグレイの前に立ちはだかる。
そんな時、ガチャリと扉が開く音が響いた。
3人はピタリと止まって扉の方へと視線を移す。
「……」
そこにはシルクの姿があり、数回瞬きをしたところで視線を落とし、申し訳なさそうに呟いた。
「…お取込み中、失礼しました」
「待ってください!」
「ちょっと待て!」
そのまま扉を閉めようとしたところを2人は必死に呼び止めた。




