22. 仕事内容
「先生…シルクさんについて何かしら聞いているなら、何故あの時教えてくれなかったんですか」
「あの時はシルク本人が目の前にいたんだし、本人の前で言うのもどうかな~って」
グレイは申し訳なさそうな表情をしながら食後のハーブティーを飲む。ミュスカは溜息をつきながらティーカップを置いた。
ミュスカは夕食の準備をしている際にシルクが出かけていることをシャロンから聞き、その時は残念そうな表情を浮かべていた。しかしその後、グレイがシルクの正体について繋がるであろう情報を持っていることを聞いた瞬間、表情は一変する。
昼間は知ら無さそうな様子で過ごしていたというのに、とミュスカはグレイに対する不満を露わにするが、思い返してみれば一言も「分からない」とは言っていなかった。
最終的には只の魔法使いだとまとめられる。そういった言葉を口に出していた時点で、何かしらの情報は知っていたのだろう。
ミュスカは若干苛立ちを含みながらグレイを呼び出したため、グレイは何故怒っているのかが分からず戸惑ったが、シャロンから事情を聞き納得すると同時に簡単に謝罪を済ませた。あまりにも軽い謝罪であった為か、その後ミュスカから脇腹にグーパンを喰らった。
詳しい話は夕食後にすることになり、昼食時と同様に消化に良い食事を済ませてから3人は改めてテーブルを囲んで座っていた。
「それでは聞かせてもらいますよ、シルクさんの正体について!」
「正体って…あくまでも僕が聞いたのは仕事関連の事さ。具体的な生まれや育ちについては全く知らないよ」
「仕事内容だけでも十分な情報だろ。あ、一応魔法植物について詳しいって事は承知済みだからそれ以外でな」
シャロンの先手を打つような言葉にグレイは不満そうな表情をする。
そして会話の内容を思い出しながら、シルクが現在行っている仕事について話し出した。
「シルクは色んな依頼を引き受ける仕事をしているようだよ。魔法の素材集めに魔物討伐もやってるとか」
「魔物討伐…?」
2人は学校で聞いた魔物についての授業内容をふと思い出す。
魔物にも分類があり、人には無害で穏やかな魔物もいれば、凶暴で危険な魔物や駆除対象になる厄介な魔物も存在する。討伐の対象になるのは主に凶暴性の高い魔物、駆除対象となる魔物がほとんどだ。
危険を伴う魔物討伐も仕事の1つとして行っていることを聞き、正直本当なのかと疑問を浮かべる。そんな2人の心を読むようにグレイは言葉を続けた。
「魔物についての知識も結構詳しく知っているみたいだよ。魔法素材を集める際にセットとして討伐することもあったとか…魔物の身体の一部も素材として扱えるしねぇ。特にドラゴンの鱗を採取するのが大変だったみたいだよ」
「は?」
「…流石にそれは冗談では」
ドラゴンは魔物の中でも上級に分類される危険な存在。
爪や鱗が魔法素材として扱われることもあるが、ドラゴンは一般的な魔物と比べて数が少なく、基本的に討伐は禁止されている。
つまり、ドラゴンの身体の一部を素材として入手するには、相当な手練れの者でないと困難なのだ。
大勢で立ち向かってもほとんどの者が負傷するか、運が悪ければ絶命。
そんな相手に対してシルクは立ち向かい、本当に鱗を入手したのだろうか。流石に作り話なのではと2人は疑いの視線を…本来ならシルクに対して向けたいのだが、本人は不在の為仕方が無くグレイに向けている。
「僕も最初聞いたときは疑ったけど、その鱗を粉末状にしたものを見せてくれてさ。興味本位で頂戴って言ったらあっさりと渡してくれたよ。部屋にあるけど見る?」
「あるのかよ!?」
「待ってください…流石に後にしましょう、話がまた進まなくなりそうです」
ちなみにドラゴンの鱗は1枚が大きいため、素材として扱う際は大抵細かく粉砕される。
しかも粉末状にされたものの方が希少価値が高い。そんな貴重なものをあっさりと渡すのは一体どうなのだろうか。尚更偽物っぽさが増して疑いの念が渦巻いていく。
「まぁ僕にとってはドラゴンの素材より、自らの甲羅で魔法植物を自生させるフォレストータスの話の方が興味深かったけどねぇ。食した魔法植物の種類によって甲羅から生えてくる種類も変化するっている珍しい魔物だけどさ、滅多に見られない存在で…」
「先生、魔物以外の情報は無いんですか?」
魔法植物に関連する話になると止まらなくなる為、ミュスカはすかさず話題を逸らすように問いかける。グレイは話を遮られて一瞬ムッとした表情をするも、仕方が無いと溜息を吐きながらテーブルに肘をつく。
「他にはお悩み相談だったり、潜入捜査をすることもあったとか。何でも屋みたいなことをやってるみたいだよ」
「何でも屋…それを個人活動、つまり1人でやってるのかよ」
「確かに個人活動してるって言ってましたね」
「そうだねぇ…何だか、集団で動くのが苦手みたいなことを言ってたよ」
グレイは当時のシルクの発言を思い出しながら呟いた。
「『多くの人が集まる中で活動するのは窮屈でなりません』…だとさ。何だかその気持ち分かるな~って思っちゃってさ。僕も施設で研究員をしてた時は本当毎日イライラしてたし」
施設での納得いかない扱いや発言を思い出したのか、グレイはこめかみを軽く引きつらせながら残りのハーブティーを飲み干した。
シルクの仕事内容については一通り言い終えた為、そのまま席から立ち上がりぐっと腕を伸ばす。
「僕から説明できるのはざっくりとこんな感じだね。後の詳しいことはシルク本人から聞けばいいさ…その方が納得することも多そうだし?…それじゃあ僕はそろそろ研究の続きに取り掛かるから、研究室に戻るよ」
「分かりました…お話しありがとうございます」
グレイからの説明だけでは疑い深くなる内容であったため、ここまで来ればシルク本人から細かく聞き出さないと気が済まない。そうでも言うようにミュスカは納得いかない表情をしながらも、グレイに礼を言った。
グレイが部屋から出た後、シャロンは深い溜息を吐きながら脱力したようにテーブルに突っ伏した。
謎を解明するどころか更に新たな謎が出来てしまい、内容が本当に事実なのかすらも疑ってしまうことで頭の中は大混乱である。
「…シルクさん、いつ戻ってくるんですかね」
「早くて明日の昼頃だとよ、何かしら連絡があれば良いんだけどな」
「…連絡?」
ミュスカは眉間に皺を寄せてシャロンの方へ向く。
そこでシャロンは思い出したかのようにハッとした表情になる。
「言い忘れてた…先生、シルクと連絡先を交換してるんだよ」
「もっと早く教えてくださいよ!」
ついテーブルを軽く叩いてしまい、ティーカップ内に残っているハーブティーに波紋が描かれては消えていく。
すっきりとしないまま話が終わってしまい、2人は複雑な心境のまま夜を過ごすこととなった。




