14. 経緯
シルクからの助言と圧によって強制的に始まった大掃除は結局丸一日かかった。
研究室と同階の倉庫部屋だけでなく3階の倉庫部屋も徹底的に見て回り、どうせならと1階も続いて掃除・片付けが行われることになった。
爆発騒動の日からほとんど放置されていた前研究室も掃除の対象となり、煤だらけだった壁は綺麗になっている。流石に壊れた扉はそのままだが、半開きの状態から見える部屋の中も綺麗に整えられている。
「ゴミ袋の量から大掛かりな掃除をしたのは分かるけど、まさか1日で終わらせられるなんて…」
「早く研究したかったからねぇ」
「それでも2人だけで出来ることでしょうか」
実際に掃除が完了しているにも関わらず、シャロンとミュスカは疑いの目で2人を交互に見る。
掃除を始める経緯は納得できても、2人だけで1階から3階をまとめて大掃除するのに1日で終わらせられるとは思えない。
「2人でといってもほとんどはシルクがやったんだけどね。僕は荷物の移動を手伝ったくらいだけど、普段よりも大幅に魔力を使ったから流石に疲れたよ…シルクは魔力と体力どっちも余裕そうだから羨ましいね」
「…慣れてますので」
1日で掃除を終わらせられた理由として、2人が魔力を持つ者であることが挙げられる。
グレイの魔法コントロールは安定しているため、家具程度の重い物は浮かせて移動させることは容易い。魔力量は魔法を扱う者達の中では上位のほうだ。
そしてシルクも魔法で荷物を浮かせることは勿論の事、掃除用具を手にして汚れを取り除く作業を徹底的に行った。移動手段に箒を使いながら自らも浮いて素早く移動し、荷物の移動先をグレイと相談しながら着実に片付けを進めたのだ。
ほぼ1日起きている間は魔力を使い続けたとなると魔力消費量は激しくなるが、疲れた様子のグレイと比べシルクは疲れた様子は無い。決して瘦せ我慢しているわけでも無く、本当に疲れていないのである。
「シルクさん…本当に只の魔法使いなんですか?」
「只の魔法使いです」
相当な魔力量にも関わらず只の魔法使いだと言い切るのは流石に無理があるだろう、とミュスカは怪しいと言わんばかりにジト目を向ける。それでもシルクは無表情を貫いた。
突如パンパン、と乾いた音が室内に響く。
グレイが注目を集めるかのように2回拍手したのだ。
「さぁさぁ雑談はここまでにして、準備は整っているから始めるとしよう。今日も良く晴れているから光合成のさせ甲斐があるね」
グレイは作業台に置かれているピュアポトスに日光が当たるようにカーテンを勢いよく開ける。室内の照明よりも更に明るい光が作業台に向かって降り注いだ。
有無を言わせず開始された為、3人は素直に実験に目を向けることにする。
ピュアポトスの近くには小型の機械、酸素濃度計が設置されている。
始めは21と表示されていた数値は数秒程で変化が現れ、少しずつ数値は上昇していく。ピュアポトスが光合成により活発的に酸素を放出している証拠だ。
ここでシルクは疑問を浮かべる。
「この実験は密閉された容器の中では行わないんですか?そうすれば以前のような爆発の発生を多少は防ぐことが出来ると思うのですが…」
「以前はそうしてたんだよ…だけどそれじゃ限界値が限られてしまうから意味がないってさ」
シャロンはため息交じりに答える。
確かに小型の容器内よりは室内の方がより新鮮な酸素を貯蓄できるだろう。しかし酸素濃度は低すぎるだけでなく高過ぎても危険なものだ。
偶然起こってしまった水素爆発も危険なのだが、高濃度の酸素に取り込まれることだけでも十分危険と言える。酸素中毒を起こして命の危険が晒されやすいのだ。
現状、研究室内にいるシルクたちは誰も防護服などを身にまとっていない。
流石に命を削ってまで行うのはどうなのかとシルクは窓に視線を向けると、窓が僅かに開いていることに気が付いた。どうやら完全に密封された空間ではないようだと分かり、完全にではないが安堵の溜息を静かに漏らす。流石にグレイも酸素中毒については多少考慮していたようだ。
「一時間くらい光合成させて酸素濃度を調べてるんだ。今日は雲一つない快晴だし、良い数値が期待できそうだねぇ」
作業台近くに椅子を4つ移動させ、それぞれで座るように促される。
しっかり一時間経つまでは見守る。一見地味な研究ではあるが、見守る間は何もしないで良い訳では無い。時間が経つにつれて太陽の位置がずれていくため、日光の当たり具合を調節する必要がある。
少しでも日陰の時間が出来てしまうとその分数値が低くなってしまうと、これまでの研究データから読み取られているのだった。
では太陽光を浴びることが出来ない日は研究をしていないのか。
答えは否、代わりに人工的に室内で特殊な光を当てて研究を進めるのだが、結果からすれば人工的な光では放出量に波が出やすく、太陽光の方が一定の酸素を放出することが出来た。
そういったこれまでの研究データについて説明を受けながらシルクは現状のピュアポトスの光合成を見守った。




