105. 謎と願い
賑やかなお茶会を満喫した次の日。
シルクは自室で1日遅れの引き籠り計画を実行していた。
引き籠りと言えどあと2日で終了するのだが、シルクにとっては仕事をする日々の方が慣れてしまっている為さほど気にしていない。
引き籠り中はこれまでに消費した魔法薬の調合を黙々と行っていくのがほとんどである。
テーブルの上に薬研、擂鉢、擂粉木、薬さじ、小鍋、小瓶と次々と物品を並べていき、一通りの物品を並べ終えたら今度は薬草をポシェットから取り出していく。
種類毎に分けて瓶に詰められている薬草の中で、大きめの瓶の中には大炭草が残り半分以下の状態だ。
そろそろ新しい物を調達しないとな、とぼんやり考えながら慣れた手つきで薬草を取り分け、薬研で細かくすり潰していく。
水を入れた小鍋を浮遊魔法で浮かせ、すり潰した大炭草を流し入れてから鍋底に魔法で小さな炎を灯らせる。
小さな泡がふつふつと浮かび、沸騰直前で火を消したらそのまま冷めるまで放置し、その間に別の薬草を取り出しては擂鉢に入れて擂粉木で擂り潰していく。
静かに作業を進めていく中、扉を叩く音が鳴り響いた。
シルクは振り返り、返事をしてから作業を中断して扉を開ける。
「ねぇシルク、少し聞きたい事があるんだけ、ど…」
部屋にやって来たグレイは問い掛けの途中で伊達眼鏡をきらりと光らせた。
シルクはどうしたのかと思いながら首を傾げるも、グレイが視線を向けている先にある光景を見ては納得する。
「…見ていきますか?」
「良いのかい!」
子どものような無邪気な笑顔を浮かべるグレイに、シルクは一瞬眩しさを覚えながら部屋の中に入るよう促した。
グレイは暫く瞳を輝かせながらテーブル上の光景を見てはいくつか質問していき、シルクは淡々と質問に答えていく。
一通り質問して満足したのか、グレイはほくほくとした表情で椅子に座った。
「成程ねぇ、あの存在感を消す魔法薬は大炭草から作られているんだね」
「はい。普段から重宝していますので、よく作るんです…ところで、聞きたい事があると言っていましたが、どうかされました?」
シルクの問いかけにグレイはそうそう、と軽く頷いてからシルクと向き直る。
先程まで好奇心旺盛な少年のような素振りであったのが、真剣な面持ちの様子に変化する。
「シルクの体質について考えていた事があってね、その事でいくつか聞いてみようと思ったんだ」
「私の体質について…」
「あぁ、分からない事ははっきり分からないと言ってくれ。それに僕がこれから言うのはあくまでも想像だからね」
シルクは目をぱちくりとさせてグレイの真剣な表情を見つめる。
普段から体質の事は気にしないように過ごしていたが、改めて体質の事を触れられると複雑な気持ちになるのがシルクの本音である。
しかしグレイは体質について気味悪がったりせず、寧ろ今のように真剣に考えてくれている事にほんの少し安心感を覚え、同時に申し訳なさも覚えてしまう。
私のような存在の為に真剣に考えてくれるなんて、と。
「まず、僕はシルクの体質は時が止まっているみたいだって表現した。実際身体の成長は止まっていて、食事はとらずに生きていけるし、睡眠も本当に最低限だけで過ごせられている。そこで、一つの可能性として思ったんだけど…シルクは昔、何かしらの魔法をかけられたんじゃないかな」
「魔法をかけられた…?」
「そう。相手の時を止める、しかも完全に動きを止めるなんて次元ではなく、成長という概念の時を止めるような…複雑で段違いな魔法さ。今ではそんな魔法を耳にすることが無いし、僕も魔法植物でそのような効果をもたらす物は聞いた事が無い」
でもね、とグレイは前のめりになりながら言葉を続ける。
「あくまでも”今”は聞かないだけで、実は遠い昔には存在していた魔法があるんじゃないかな。その一つとして、古代魔法が挙げられるね」
古代魔法。
現代の魔法の原点となるものや、強力すぎて使用を制限されそのまま忘れ去られようとしているものなど、現代ではほとんど扱われる事のない希少な魔法。
古代魔法についての文献はいくつか残されているものがあり、それらを用いて研究している機関も存在している。
しかし限られた文献の中では解読できる内容が限られており、今でも研究は進められているものの、難航が続くばかりだという。
「シルクの昔の記憶が曖昧なのは承知の上なんだけど、昔に何か強力な魔法をかけられた事がある、なんてことは無いかな」
シルクは斜め上に視線を向けて記憶を巡らせる。
しかし記憶はぼやけたものばかりであり、所々の記憶があっても、強力な魔法をぶつけられたような記憶は出てこない。
「そのような目に遭った記憶は…無いと思います。分からない事だらけです」
「そっか…そもそも、シルクが何年前からそうなったかなんだよねぇ。分かる範囲で構わないんだ、シルクにとっての一番遠い昔の記憶って何年前のものになるんだい?」
「一番、遠い…」
シルクの脳裏に、昔の王都らしき光景が思い浮かぶ。
建設途中の城の様子を見渡せる場所で、一人の少女と話していた記憶。
以前王都を訪れた時に思い出した記憶だ。
「…恐らく、王都の城が建設される前の時点ではこの体質になっていた気がします」
グレイはぴしりと固まり、その後ふうと溜息をついてシルクの様子を伺う。
真剣な表情でシルクが呟いたのだ、嘘は含まれていないとグレイは判断する。
王都の城が建設される前となれば、軽く300年以上前から成長が止まっている事になる。
グレイは予想を超えた回答に頭を抱えそうになった。そもそも専門外な領域の時点で分からない事だらけなのだが。
「それはもう、とてつもなく長い年月を過ごしてきたわけだね…シルクはそれまでの間何をして過ごしていたんだい?やっぱり仕事?」
「そうですね、仕事をしていた…筈です」
今の何でも屋の仕事もいつから始めた事なのか、それすらも記憶が曖昧である。
シルクは申し訳なさで一杯になりそうな気持ちに襲われる。
「すみません、もっと思い出せる事があれば良いんですけど、まだ分からない事が多くて…」
「謝らないでくれよ、僕が急に話題を振ったんだから。それに、以前よりも思い出せている事があるんだから、これからも少しずつ思い出してくるかもしれないよ」
グレイはいつものように笑いながらシルクを励ます。
そんなグレイの様子をシルクはじっと見つめるうちに、肩の力が少しずつ抜けていった。
「…博士は優しいですね」
「え?僕って優しいかい?」
「はい、何だか安心します」
この時、シルク自身はいつものように淡々とした表情をしていると思い込んでいた。
しかし実際は無表情のままではなく、優しい笑みを浮かべていた。
ふわりと優しい穏やかな笑顔。
グレイはそんなシルクの表情を見つめてはそのまま固まる。
「色々と気にかけてくださって、本当にありがとうございます」
更にお礼の言葉を口にするシルクの笑顔は優しく綺麗なものであり、グレイは瞬きをせずに目を大きく開けてその笑顔に注目する。
もしこれがミュスカやシャロン、カネルの前であればわざとらしい態度で「あはは!僕が優しいのは当然のことじゃないか~全くもう~!」と肩を叩いたりしていただろう。
しかし今のグレイは違った。
熱が集中するように、みるみるうちに顔が赤くなってはふいと視線を逸らし、頬杖をつくように片手で口元を隠した。
「シルクってそういうところがあるよね」
「そういうところ…?」
シルクは言葉の意味が分からず、首を軽く傾げる。
この時点では既に無表情に戻っていたのだが、グレイの脳内には先程の笑顔が鮮明に残っている。
素直な言動に心を揺さぶられながらも、これまで表情を変えずに過ごしていたシルクが少しずつ感情を表に出す様になってきている事に嬉しく感じていた。
体質や記憶についての謎は多く残っている。
これから先、謎が判明していくのかは分からない。
どのような事実が隠されているのかも、現時点では分からない。
ただ、どのような結果であったとしても、これだけは。
笑顔でいられる事だけは違わないでほしい。
身体の熱が冷めていない状態でちらりとシルクに視線を戻し、密かにそう願ったのであった。




