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10. 疑念と驚愕

シルクが入居した初日と比べ、建物内は大きく変化していた。

新たに家具を設置したり模様替えをしたわけでは無い、寧ろ綺麗さっぱりして以前と比べて内装の容量が減ったくらいだ。


圧迫感のあった段ボールの山が無くなったことで本来の広々とした廊下。

広間も掃除されたことで床には全く埃や塵が落ちておらず、薄汚れた上に破れていたカーテンが無くなった代わりに細かい模様が施されたレモン色のカーテンが備えられている。薄い膜が張るように汚れていた窓は綺麗に磨かれてより外の景色を伺えるようになった。

見慣れてしまっていた壁の汚れも綺麗に取り除かれ、白い壁が本来の姿を取り戻したことで喜んでいるかのように輝いて見える。



以前と比べて良い意味で変わり果てた光景に、研修帰りの学生であるシャロンとミュスカは声を出さずに驚きを露わにしていた。声を出す余裕が無い程状況の整理が追い付いていないと言うべきだろうか。



この建物で暮らすメンバーが揃ったということで、グレイはそれぞれ自己紹介しようと提案。そうして現在は広間にて4人がテーブルを囲むようにソファに座っている。



「2人の事は簡単にしか説明してないからね。癖毛で目付きの鋭い方がシャロン、眼鏡をかけてる方がミュスカ。2人とも魔法学校の学生で、僕のような研究者希望なのさ」


「先生のようなというのは少し語弊がありますね」



ミュスカは珈琲を一口飲んでから淡々とそう告げる。

静かに珈琲カップを置き、シルクの方へ視線を移した。



「ミュスカ・カルムといいます。魔法薬学を専攻していますが、先生のような変態研究者にはなりませんのでご安心ください」


「変な紹介しないでくれないかい、僕は変態じゃないよ」


「間違ったことは言ってねぇだろ。俺はシャロン・フォール、ミュスカと同じ魔法薬学専攻。何があったかはこの後詳しく聞くけど、よく先生を説得できたなアンタ」




シャロンは表情を変えずに紹介を聞くシルクに対して疑念を抱く。ミュスカも同様に警戒する。


内見もせず突然入居確定となり、嫌な素振りを見せずに過ごしていることが逆に怪しい。何か企みがあるために平常心を装って過ごし、ふとした時に本性を表すのではないか。2人がそういった疑念を渦巻かせている中、シルクも簡単に自己紹介を済ませる。



「シルクといいます。只の魔法使いとして個人活動しています」


「まーたそう謙遜した言い方をする。シルクは優秀なんだからもっと自信持ちなって!」




グレイは頬杖を突きながらシルクに語り掛け、シルクはそんなグレイからの視線を逸らすようにフイと横目に向ける。その後再びシャロンとミュスカの方に視線を移すが、直ぐに2人からも視線を逸らしてしまう。あまりにもジーっと見つめられることには慣れていない。

気を紛らわせるように珈琲カップを口に付けて口内に一口流し入れる。苦味が薄くて少し物足りないなと思いながら、カップ内の珈琲を眺めた。




(…あの先生が優秀っていう言葉を使うなんてな)



シャロンは疑念だけでなく、驚愕の思いも抱いていた。


グレイは魔法薬学研究者の中でも特に優秀な成果を残している。

若くして博士号を取得し、魔法薬学界にて一目置かれている存在だ。


そんな彼は好奇心が強く、一般的には思いつかないような突飛な発想をすることが多い。時には1つのことに対して結果が出ているのにも関わらず、更に新たな結果があるのではないかと探りを入れては止まらなくなることも度々あったとか。考え出すとキリがないかもしれないが、何かしら疑問が残ると解明せずにはいられない、それがまた楽しくて堪らない。


そういった考えを持っていることもあり、研究施設に所属していた時期はそれはもう多くの意見のぶつかり合いが発生。同じ土俵に立って研究するには無理がある、秀才過ぎるのも困りものだ、と他の研究者から匙を投げられ続けた。


グレイにとっては単に気になる事を解明しようとしているだけに過ぎなかった。それなのに周りは理解せず次々と離れていく。

自分が優秀であることは自覚している。周りを見下すつもりはないのだが、自分の考えを理解しようとしない者に優秀な者は存在しない。


そういった経緯や考えが固着してしまったことで、グレイは他者を評価する際はそう簡単に”優秀”といった言葉を使用しないのだ。



それなのに、出会って間もないシルクのことを優秀だと言った。

ヘラヘラとした表情の裏に黒く渦巻くドロドロとしたものが潜んでいることを知る2人にとって、先程の優秀という言葉はお世辞ではなく正真正銘本物の言葉であると確信する。



シャロンは同様に静かに驚いているミュスカと顔を見合わせる。


このシルクという者の正体が気になって仕方が無い。

正体を探るためにも何かしらの話題を持ち掛けようとすると…





「よし!簡単に自己紹介も済んだことだし、早速研究の続きを始めようじゃないか。良ければシャロンとミュスカにも協力してもらいたい!」



そう言ってグレイは立ち上がると広間を出るために歩き出し、途中で立ち止まり振り返ってはポカンとした様子の3人に向かって手招きする。



「簡単に終わらせ過ぎじゃありません?」


「別に良いじゃないか、共に過ごせば少しずつ分かってくることなんだから」


「そう言うけど、本当は今すぐ研究したくて堪らないだけだろ」




図星であるかのようにグレイは分かりやすく視線を逸らす。

相変わらずの様子にシャロンは溜息をつき、ミュスカは申し訳ない表情でシルクに声をかける。



「すみません、先生はこういう人なので…」


「…お構いなく」



表情を変えずに言うため、内心どう思っているのかが読み取れないことにミュスカは手強さを感じた。





「博士は研究熱心ですからね」



ポツリと、これもまた表情を変えずに言う。

2人はピシリと固まる様に身体を強張らせ、直ぐにグレイが出て行った後の半開きの扉に視線を移す。




「シルクさん、もしかして無理矢理言わされてる?」


「無理矢理…とは」


「その博士ってやつだよ」



2回程瞬きをしてから、シルクは「あぁ」と思い出したかのように声を漏らす。




「やたらと強調していたのが気になって、そのまま呼んでるだけです」



一瞬キョトンとした表情から直ぐに無表情へと戻る。

シルクに対する警戒心は抱いたままだが、裏があるようには感じられない素直な回答に一瞬だけ拍子抜けした2人であった。


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