9. 困惑
「長い期間だと思ってたけど、何だかあっという間だったかもな」
「後半になってから興味深い課題が沢山出てきましたからね」
二人の人物が緩やかな坂を上りながら目的地へと向かっていく。
赤みがかった茶髪でくせ毛が特徴的な吊り目の少年と、薄緑色の長い髪を後頭部で1つに縛っている眼鏡をかけた少年。
現在時刻は午前9時。
二人は昨日まで行われていた研修が無事終わり、都内にある宿で一晩過ごしてから早朝に出発し帰路についていた。
研修後にそのまま帰宅しなかったのには理由があった。
現在暮らしている場所が研修場所からからだいぶ離れていたこと。
もう一つは、癖の強い同居人がいること。
同居人に対しての嫌悪感は無い。ただあまりにも癖が強く面倒臭いことが多いのである。
長期間の研修で疲労が溜まっている状態でその同居人の相手をするのは、二人にとっては酷と言えるものであった。
その為敢えて一日遅れで帰宅することにしたのだ。その旨については同居人も把握している。
「『僕は僕で研究に没頭しているから楽しんできてね』、なんて言ってたけどさ。俺達が出発する前からだいぶ難航していた研究が一体何処まで進んでいるのやら」
「また部屋が爆発していたらどうしましょう」
「…有り得そうだよな」
互いに溜息をつきながら重い足取りで進んでいく。
途中で茶髪の少年が立ち止まり、違和感を訴えるかのように眉を顰めた。
眼鏡の少年も同じ違和感に気付いたのか、同様に立ち止まる。
「…空気が綺麗ですね、不思議なくらいに」
現在歩いている道の周りは自然豊かな場所であり、都心からの距離はだいぶ離れている。
何も知らない一般人なら空気が綺麗であるのは当たり前なのではないかと思うだろう。
しかし二人にとっては違和感でしかなかった。
通常なら薄っすらと薬品独特の臭いが漂ってくるはずなのに、一切その臭いを感じないのだ。
好き勝手に実験を行い、実験を重ねる毎に様々な薬草を取り扱って発生した独特な臭い。
それは辺りの自然にも影響してしまい、本来自然豊かであった環境は変わり果ててしまっていた。
これまでの入居希望者を見送らせてきた、人が立ち入らなくなった原因の一つなのだが、それが嘘であるかのように綺麗さっぱり消えていた。
歩を進めても臭いがしないことに、二人は疑問を浮かべると同時に不安が込み上げていた。
自分達がいない間に何かあったのか。
まさか同居人が誰かに連れ去られ、研究に扱う道具や素材なども持ち去られてしまったのではないか。
同居人は癖が強くて面倒臭い人物だが、界隈では”天才”、”秀才”と呼ばれている研究者だ。
その才能を利用しようとする者、憎む者によって何か良からぬことが起こっているのではないか。
段々早歩きになりながら目的地へと向かう。
見慣れたアパートが視界に入り、正面玄関へと真っ直ぐ向かおうとしたところで、二人は再び足を止めた。
玄関前には白衣の人物と、黒いローブの人物がいる。
「昨日に続いて体力を一気に持っていかれた気がする」
「ごみ捨てだけで体力を消耗しないでください」
白衣の人物、グレイは心做しかやつれたような表情をしながら、両膝にそれぞれ手を置いて肩で呼吸している。
黒いローブの人物、シルクはそんなグレイの様子に対し、無表情ながらも呆れたように溜息をついていた。
そしてシルクがふと顔を上げると、二人の人物と目が合う。
シルクは無表情ではあるが、しまったとでも言うように一瞬肩を揺らすも、直ぐにお辞儀してから外していたフードを深く被った。
グレイも二人に気付くと、にこにことした表情で手を振った。
「おかえり、研修お疲れ様~」
「先生、これはどういうことですか。あとこの方は一体…」
正面玄関から少し離れた場所には、大量のごみ袋が積み重なっている。
枯れた植物や壊れた用具、掃除で使用しぼろぼろになった掃除用具、破れた衣類のような物など。大掃除によって不要と判断された物が大量に詰められていた。
このアパートで暮らすグレイの同居人であるシャロンとミュスカは互いに顔を見合わせ、続いてシルクの様子を伺う。
深くフードを被ってしまい、シルクの表情を読み取ることはできなかった。




