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竜の棲む島  作者: 四つ葉
第三章
9/24

 九月に入り、白島にゆっくりと秋が来た。まだ日中は暑いが、朝晩の風が涼しくなってきている。ウルバーノの垣根のキョウチクトウはまだ九月でもたくさんの花を咲かせていた。

「お互いのことを知ろう」と誘われて、何度かルカはヴァレンティーノのお勧めの店へ行き、一緒に食事をして、ついでに料理のコツを教わった。ヴァレンティーノが子供の頃から重宝しているシーグラス拾い用の浜辺で丸くなったガラスを拾った。

 空を飛んでいる竜たちは、子供たちが海辺で遊んでいるとよくやって来て、子供たちに危険がないように少し遠くから見守っている。あの竜が元人間だったのか、自然繁殖のした一匹だったのかは分からない。竜の色は様々で、ガラスの色のように赤い竜は珍しい。青みのある淡い緑色の鱗をした竜が多かった。島の人たちは竜と付かず離れず暮らしている。

 一度、ビーチコーミング中にヴァレンティーノが波を被って、いつも着ている黒のシャツを脱いだ。その時に鎖骨のすぐ下あたりと背中の一部にも鱗があることを知った。だから彼はシャツの第一ボタンまでいつもしっかりとボタンを締めるのだ。肌を見られるのは嫌かと顔を背けたら「そんなに気を使わなくていい」と笑われた。そこに島の人がやって来て、ヴァレンティーノに声をかける。鱗を見て、「少し増えたね」と言った。竜の呪いは、地元の人たちには特別なものではなかった。呪いはババ抜きのババのようなものだとヴァレンティーノはよく言った。ババは、それがなければゲームにならないが、自分は引き当てたくない。そういうものだと。

 呪いも竜も、ルカが思っているほど恐ろしいものではなく、人の生活に溶け込んでいるものだった。


 ウルバーノの工房側の通りに移動販売のパニーニ屋が毎日パニーニを売りに来る。ヴェトライオたちと同じ時間に昼食を食べるときは、ルカもパニーニを買い、工房の二階にある大会議室で昼食にした。

 ヴェトライオたちと一緒に大会議室へ行くとロレンツォとステファノが弁当を先に広げて食べている。無垢材を組み合わせて作られたテーブルは大きく、一度に十人ほど座ることができた。ロレンツォとステファノの左隣にテオとニコラが座り、ロレンツォとステファノの向かいにカルロとクラウディオが座っている。ルカは少し迷って、今日はクラウディオの隣に座った。

 ルカが椅子の一つに座ると、少し遅れてニーノとトトがやって来た。

「トトはこんな早くに来て偉いなあ。俺なら一時ギリギリに店舗行くよ」

「だって、一人でご飯食べててもつまんないよ! お疲れ様~」

 元気いっぱいのトトにヴェトライオたちが、それぞれお疲れ様の挨拶をする。遅番ならば、皆の昼食が終わった頃に来れば十分に間に合うのだが、寂しがり屋のトトは遅番のときは少し早めに来て、大会議室で一緒に昼食にした。

「ルカさん、レースグラスの研磨処理が終わったので、午後に在庫補充できますよ」

 遅刻のことで揉めたルカにニーノは翌日も何でもない顔で積極的に話しかけてきた。きっとヴァレンティーノが話を付けただろうから、今の体制でルカが納得しているはずだと。ルカも決して心の底からニーノの遅刻を納得したわけではなかったが、もうあれこれと余計なアドバイスはしなかった。

「ありがとうございます。今日はレースグラスの売れ行きが良くて、もう在庫室に在庫が全然なくて助かりました」

 ルカもまた以前と変わらぬ態度で接する。遅刻の話はしない。人手の足りない販売の仕事を手伝ってもらえたらきちんと礼を言う。それで二人は互いを認めることにした。トトがルカを見るとすぐさまルカの隣に座る。そのさらに隣にニーノが座った。

「今日、何度~? 工房で蒸し焼きになりそう!」

 パニーニを食べながらニコラがぼやく。

「九月になりましたが、まだ日中は暑いですからね。でも次第に涼しくなりますよ」

 ニコラの隣に座っているロレンツォがニコラに優しく声をかける。ルカがウルバーノに勤め始めたのは七月の中頃だったので、白島に越して、もう二か月近く経つ。そろそろ夏の暑さが和らいできても良い時期なのだが、今日は格別に暑い。皆で工房の室温に文句を言いながら、ヴァレンティーノの黒の長袖シャツの話になった。

「ヴァレンティーノさんは溶解炉のある工房でよく毎日黒の長袖を着ていられますね。私も長袖のシャツを着ていますが、それでも白いシャツしか着られません」

 クラウディオはヴェレノの出身の人たちより肌が白い。白島の苛烈な日差しを直接浴びてしまうと、肌が真っ赤に日焼けしてしまうため、真夏でも長袖の白いシャツを着ている。ルカも同じ理由で、夏は綿の薄い上着を着ていることが多かった。

「まあ、あいつはなあ。肌が透ける白いシャツは着たくないんだろ」

「ヴァルも暑い暑いってしょっちゅう文句言ってるよ。でかい扇風機も何台も回してるけど、気休めだよね」

 加工室か研究室にいるクラウディオに工房でのヴァレンティーノの様子をニコラが話す。

「私たちは鱗なんて今更驚かないのですから、Tシャツでいいんですけどね。……誰かに何か言われたことがあるのかもしれないですね」

 少し寂しそうにロレンツォが呟く。色んな人間がいるからな、とルカたちよりヴァレンティーノの過去を知っているステファノも多くは語らず、職場で淹れられるコーヒーを飲んだ。

「ヴァルは第一ボタンまでいつもぴっちり締めてるよね。せめて第一ボタンくらい外せばいいのに。そうしたら扇風機の風が入って来て、少しはマシだよ」

 パニーニの外袋を外しながらトトが言う。トトのもっともな提案にルカはヴァレンティーノの肌を思い返した。

「鎖骨のあたりにも竜の鱗があるんだよ」

 そしてルカはつい、隣でパニーニに食いつくトトにヴァレンティーノが第一ボタンまで締める理由を話してしまった。

「え? そうなの!? 俺、全然知らなかった!」

 ルカの言葉を聞いて、トトが驚く。トトだけでなく、同じ工房で仕事をしているヴェトライオも非常に驚いている。ヴェトライオたちを見て、ルカはヴァレンティーノが普段隠している情報を公開してしまったことに気が付いた。しまったと思ってももう遅い。よりにもよって、こんなにたくさんの人がいる前でしていい話ではなかった。

「でも何でルカは鎖骨の鱗のこと知ってるの?」

 狼狽えるルカに構わず、ステファノたちさえ知らなかったことを何故知っているのかトトが尋ねた。

「……あ、いや……」

 勝手に人の機微情報を公開してしまったことに動揺しすぎて、ルカはすぐには何も答えられなかった。特にやましいことはなかったが、また彼が職場に公開していない情報を言いはしないかと不安になって言葉が出ない。

「バッカ! 察しろよ! そういうことだよ!」

 動揺しているルカに代わって、何故かテオがトトを怒る。しかしテオの強い言葉にトトは理解が追いつかない。

「……? どういうこと……?」

 ルカの右側でトトは困惑し、そしてそのさらに隣でニーノがぱあと表情を明るくした。トトの方に身を乗り出して、顔をルカに近づける。

「なんだ、やっぱりヴァレンティーノさんが好みだったんですね。でもいつの間にお付き合いを始めたんですか? 全然そんな素振りもなくて気づきませんでした。いやあ、都会人とモテる男は違いますね」

 この手の話が大好きなニーノは興味津々だ。同僚相手に遠慮などしない。確かにルカはヴァレンティーノにプロポーズをしたが、それはニーノが期待している関係ではなかった。ルカの左隣に座っているクラウディオも興味があるのか、ルカの方に体を向けた。

「すごい。私、全然そういうの縁がなくて。短期間でどうやって意中の方と仲良くなるんですか?」

 ニーノの興味とは違う方向で、クラウディオもルカとヴァレンティーノの関係に興味を持っている。

「違います! そういうんじゃないです!!」

 皆が完全にルカとヴァレンティーノの関係を完全に誤解しているので、ルカはすぐさま大きな声で否定した。しかし、ルカが何をそんなにも狼狽しているのかとニーノは不思議そうでさえあった。

「同性だってお付き合いくらいしますよ。あ、なんか設定あるなら合わせますよ。いつでも言ってください」

「金曜日、ヴァレンティーノと同じ退勤がいいよね。シフト交換しようか?」

 ニーノの言葉でようやくテオが怒った意味が分かったトトが、良かれとシフトの交換を申し出る。

「違うんです! 本当に違うんです! 着替えているところを見たことがあって……!」

 誤解されたままではヴァレンティーノに迷惑をかける。ルカは慌てて鎖骨の鱗を知った経緯を話そうとしたが、突然のことでどこから話せばよいのか頭が回らない。

「そりゃ、することしたら着替えくらい見るでしょ」

 何を当たり前のことを、とニーノが困惑している。狼狽えながらの半端な説明では、ニーノたちをさらに誤解させるだけだった。

「たまたま一度、見ただけで!」

「……一晩限りってことですか? すごいっすね。店舗で修羅場やらないでくださいね」

 クラウディオの隣で興味深げに話を聞いていたカルロが会話に混ざる。最近やっとスムーズに挨拶ができるようになったカルロからの積極的な初の会話内容がこれで、ルカは心底絶望した。

「……彼女と同棲してたって言ってましたけど」

「どっちも有りなんだろ」

 積極的には会話には混じらないが、話はしっかり聞いているロレンツォとステファノがヴァレンティーノの過去の情報と最新情報を擦り合わせる。

「モテる癖に対象範囲も広いのズルい〜!」

 モテ放題ではないかと、誰にでも簡単に近づくので光の速さで彼女はできるが、人との距離の取り方がおかしいので光の速さで彼女と別れるトトが理不尽な不満を漏らす。

「だから……!」

 ルカが慌てふためいていると、少し遅れて昼食を食べにきたヴァレンティーノが大会議室に入ってきた。パニーニの紙袋を持ち、平然と「お疲れ」と言うヴァレンティーノに従業員たちの視線が一斉に集まる。異様な視線を浴びて、ヴァレンティーノは不思議そうな顔をした。

「何かあったのか?」

「あったも何も。ヴァレンティーノさんも言ってくれたら良かったのに。お祝いくらいしましたよ」

 こういう色恋沙汰の話が三度の飯より大好きなニーノが、目をキラキラさせてヴァレンティーノを見上げた。

「は?」

「ルカと付き合いはじめたんでしょ? なんで言ってくれないの? 俺達、仲間じゃないの?! どこでお祝いしたらいい!?」

 恋バナが大好きなトトがニーノの話に乗っかる。ルカがあのプロポーズの話をウルバーノの従業員たちにするはずがないとヴァレンティーノが怪訝な顔をした。

「何の話だ。経緯を説明しろ」

 やや慎重に言葉を選びながら、胡乱な顔をするヴァレンティーノにステファノとロレンツォは何か誤解があるようだと察し始めた。しかしニーノとトトは自分にとって都合の良い方の説を心から信じるので、ヴァレンティーノの態度に違和感を見出そうともしなかった。

「ルカさんがヴァレンティーノさんの着替えを見たことがあるって、もうそういうことじゃないですか!」

 目を輝かせたニーノが主張する状況証拠にヴァレンティーノがオリーブ色の目を丸くする。少しの間、その意味を考え込んだヴァレンティーノが盛大なため息をついた。

「……お前らの頭の中はどうなってるんだ。二人連れは全部カップルに見えるのか。子供のいる夫婦のセックス回数を一々考えるのか。海で波を被って、着替えたんだ。お前らが想像している関係じゃない」

 そしてヴァレンティーノは、ばっさりとニーノの状況証拠を全否定した。

「ええー? でも海でデートしてたんでしょ?」

 二人で海にいたのは確定なのだろうとトトがヴァレンティーノに反論する。ヴァレンティーノが微塵も狼狽えない様子にカルロとクラウディオはようやく何か誤解をしていることに気がついてきた。

「デートじゃない。この地域の料理が知りたいって言うから何度か一緒に飯食って、シーグラス拾いに誘っただけだ」

「もう立派にデートじゃーん!」

「そうっすよ。俺たちは誘ってくれないのに」

 どうしても浮いた話が聞きたいニーノと恋バナが聞きたいトトがまだまだ食い下がる。ニーノの言葉がヴァレンティーノの神経に障ったようで、ヴァレンティーノが表情を変えて啖呵を切った。

「誘ってないだと!? 俺は自分から人間関係を作る努力をしないお前らと仲良くなるために、全員一度はシーグラス拾いに誘ったぞ! カルロはガラスを見ると仕事モードになるから嫌だ、トトとクラウディオは古いガラス拾いは興味ない、ニーノは朝起きられない、ニコラは水が怖いから海に近づきたくない、テオは釣りの方がいいって言って、誰も来なかったんだろうが!」

 ヴァレンティーノは大概の人が受け入れられないことを受け入れる度量がある割りに、白島の気質故なのか、時々ルカには理由の分からないことで短気を起こした。

 ヴァレンティーノに指摘されて、心当たりのある者たちが「……あ」と声を零して、一様に視線を逸らす。ステファノが呆れて、カルロたちを見た。

「……お前ら……散々人と関係が作れないってぼやく癖に努力しないのはどうかと思うぞ」

「努力ができないから、関係が作れないんですよ」

 弁当を食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら、ロレンツォがばっさりと彼らの欠点を指摘する。ヴァレンティーノの証明終了を受けて、ようやくルカの不用意な一言が起こした誤解は解けた。

「あ、あの、すみません。勝手に鎖骨の鱗の話をしてしまって……」

「ああ、別にいい。見せてないだけで隠してはいない」

 ルカの謝罪を受け取ったのか、受け取るほどでもないのか、ヴァレンティーノはそう言うと空いている席を探して、テーブルの一番端のロレンツォの隣に座った。

「なんだ、違うのか。俺はルカなら良いと思ったんだがな」

 コーヒーを飲みながらステファノがロレンツォ越しにヴァレンティーノを揶揄する。

「じいさんまで……」

 名前を出されて内心どぎまぎしているルカに対して、自分を揶揄うステファノにヴァレンティーノが呆れた。

「人といた方がいいよ、ヴァレンティーノ」

 ステファノの揶揄とは違う声音で、ロレンツォが珍しく人のプライベートに踏み込む。

「ロレンツォまでそんなこと言うのか」

「君は一人でいるのが向いてる性格じゃない」

 ロレンツォもヴァレンティーノが一人でいることに賛成ではないようだ。ルカは既婚者のステファノとロレンツォの反応から、自分のプロポーズが間違ったものではないと勝手に答え合わせをして、少しばかり嬉しかった。

 異業種からヴェトライオに転職して来た者同士、ロレンツォとヴァレンティーノは仲が良く、販売や売り上げについての相談をヴァレンティーノは度々ロレンツォにしていた。だが今はルカの視線も気になるのか、言葉を曖昧に濁して、ヴァレンティーノは食事を始めた。ロレンツォはまだ言い足りなさそうな顔をしていたが、もう余計なことは言わなかった。

「……本当に違うんですか? ワンナイトも何もないんですか?!」

 せっかく久しぶりの浮いた話があっという間に流れて納得のいかないニーノがしつこく食い下がる。

「こんな田舎で、こんな関係が近い人間とそんな面倒くさいことするか!」

 ヴァレンティーノの至極もっともな一喝にようやくニーノが現実を見て、ため息をついた。

「……なあんだ」

 それまで目を輝かせていたニーノがいつもの気怠い表情に戻って、食事に戻る。ようやく日常が戻ってきたことに安堵して、ルカもすっかり冷めてしまったパニーニに齧り付いた。


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