前夜暗闘16
…
「どう言う事ですか、ミノタウロスが現れたとは?」僕はしどろもどろになって、彼女の言葉を復唱する。
「そのままの意味だよ。ミノタウロス、人身牛頭の怪物らしき姿が迷宮の中で現れたという事だ」
僕の体は彼女に持ち上げられて、ベッドへと移される。体の状態に対して、いささか過保護だと感じつつ、僕はそのまま身を委ねる。
彼女の顔には暗い影が落ちて、憂慮が蝕み始めている。
「事情を始めに伝えて来たのは、四罪ヶ楽真空だった。まぁ、予想通りと言えばそうなのだが、部屋に飛び込んできた彼女の形相と言うのは見るに耐えない歪なものだった。恐怖と怒りが織り混ざって」
「無事だったのですか?」
「あぁ、この医務室が答えだ。君以外がこの部屋のベッドを利用する事は無かった、幸いな事に」
「けれど、その様な事情から話を彼女自身から聞く事は出来なかった。彼女からすれば、未だに犯人が私であるという認識だからな。責めこそすれ、私に事実の説明をしてくれるという事は無かった」
「その後に、部屋に催馬楽古学と香永遠が入って来て、虚実入り混じる罵詈雑言を話す彼女を宥める様に動いてくれた。とりあえず、催馬楽古学が彼女を部屋の外に出し、落ち着かせている間に香永遠から話を聞いた」
「彼女の語りはこうだ」
私は自分の作った地図を広げるべく、1人で迷宮内に入っていました。先輩は京介さんの所へ行くらしく、手持ち無沙汰だったからです。
もちろん、先輩の所へ行く事も考えましたが止められていたので辞めました。野暮はいけません。
私は迷宮の外周部分を回る事にしました。例の番人と名乗る大男が居た不思議な壁という場所へは1人でも簡単に行く事は出来ますし、外周部分なら選択は内側に行く道のみが基本ですから、場所を見失う事も少ないと感じたからです。
迷宮に入って、少し進むと先に催馬楽古学さんが居るのが見られました。彼とは前日時点で話をした事もありましたので、警戒する事も無く近づき、声をかけられた彼も穏やかにこちらに会釈をしました。
彼と出会った場所は不思議な壁の前あたりでしょうか。共に行動する理由は無かったので、その時はそのまま別れました。そして、私は一人のまま地図を埋め始めました。
ぼんやりと外周を回りながら、歩いていましたが、迷宮には異様な音が響きました。「ウォー」とでも聞こえる、人が叫ぶみたいな声で、私は反射的に時間を確認しました。その音が迷宮の動きで発生したものだとすれば迷宮から出る事が出来なくなるからです。けれど、時間には余裕がありました。
私は何やら違和感がある事を肌身に感じながら、先に進む事をやや躊躇しました。そうこうしているうちに、声の響きはどんどんと近づいている事が分かりました。そして、もう一つコンコンコンコンコンコンという凄まじい速さの足音が動いている事も分かりました。
私は無言で立ち去りました。とっていたメモを仕舞い込んで、来た道をぐるっと戻ります。
先に催馬楽古学、彼と再会しました。彼も音に気が付いていたらしく、共に動きました。そして、コンコンコンコンという音がそこまでに差し掛かった時、四罪ヶ楽真空が角から出て来ました。顔は青ざめて、化粧も汗でボロボロとなって綺麗な服が彼女には勿体無いくらいに砂埃に塗れていました。
「ワタシはそれに追われているの……あの生き物に。そう、ミノタウロスに」気が動転する彼女でしたが、催馬楽古学がとりあえず彼女の元に駆け寄り宥めました。が、止まっている時間などありませんでした、ゆっくりとそれは足音も立てずに近づいて来ていました。
えぇ、人身牛頭のミノタウロス。それが長い道の先の角から現れ、ゆっくりと歩み、こちらへ向かってくるのです。
これには私達も突き動かされました。三者三様に驚き、私は先に走り、残りの2人は真空を支えるようにして共に走っていました。
一目散に逃げていた私達でしたが、場所が自分の場所が分かっていた私は出口まで簡単に走り抜けました。後ろの2人も同じように。ミノタウロスはそれ以上追ってくる事はありませんでした。私達は3人の無事を確認しあい、ここ、医務室まで逃げ帰った訳です。




