030 東の森
薬草と言っても種類は様々である。疲労を回復する薬草、空腹を紛らわせる薬草、怪我を治す薬草。多くの兵は薬草学を学ぶ。戦争時には自分が生き残るためには薬草を摂取することが一番だとされていた。もちろん、薬草を調合し、ポーションに出来るならなお良し。薬草はそこら辺にたくさん生えており、筋力を一時的にアップさせたりなど、戦争時にドーピングができる。さらには、傷ついた兵を薬草で癒し、戦争に再び向かえるようにでき、戦力の保持にも繋がる。薬草学をどれだけ兵に学ばせることができるかが戦争の勝敗の一部を担っていた。城ではそのため、薬草学のスペシャリスト及び、調合ができるものを育成し、戦争の際にはその場で新鮮な薬草を収穫、調合し兵たちに提供する補給係として存在していた。各国でもそれは同様であり、いかにして薬草係を潰すかが軍師のキーポイントであった。ただ、如何に薬草係を潰すかを練ったところで、兵力の差が物を言う所が多かった場面も存在する。
「アウレイア。薬草は東の森にあるみたい」
ミルに話しかけられたアウレイアは我に返った。
「わかった。東の森に行こう」
そう言い、彼らは東の森へ向かう。アウレイアは道中でずっと疑問に思っていたことを口にした。
「…ところで、薬草ってどの薬草を摘めばいいの?」
その問いに驚いたオウガストが足を止める。
「どの薬草?薬草は薬草だろ?」
「アウレイア。頭は大丈夫?薬草は薬草しかないよ?」
アウレイアはその瞬間理解した。どうやら、帝国や多くの国が消えた際に、戦争が少なくなり、薬草という概念が変化したようだ。
「えっと、薬草をあまり知らなくって。どういう効果なの?」
そう質問すれば、ミルとオウガストは優しく教えてくれた。
「傷を治すのが薬草よ」
「ただ、傷はかすり傷程度のみを治せるんだ。大きな傷は少し、癒す程度しかなかったはずだ」
「2人ともよく知っているね。教えてくれてありがとう」
どうやら、この国では薬草は『傷を治す』薬草を差すらしい。つまり、それ以外にもある薬草の存在は一般に知られていないのかもしれない。
王都を出て、森に入るとアウレイアは気配を探した。どうやら魔物はおらず、動物が数匹いるのみだ。周囲の様子が分かるアウレイアと違ってミルやオウガストは気を引き締めるように口を結び、辺りを警戒しながら進んでいる。たまに、揺れる木々に驚いたように反応し、振り向き、出てきた可愛い小動物を見て肩を下ろしている。実に可愛いとアウレイアは微笑ましげに彼らを見る。
アウレイアは地面を見回す。薬草である。この森はどうやら薬草が豊富なようである。ただし、『傷を治す』薬草は無いようだ。あとでこっそり薬草を摘みに来ようと思うアウレイアであった。
一行は森の真ん中あたりまでやって来た。周囲は木々が生い茂り、先ほどまばらに差し込んできた太陽の光は木々で遮断されてかすかな光を地面に残すのみとなった。当然辺りは薄暗く、視界は前よりも狭くなった。ミルとオウガストが肩に力を入れ、警戒を強める中、アウレイアは魔物の気配を感じた。3人が向かっている方向の斜め右にゴブリンらしき反応がある。
「あ、あそこにあるのは薬草では?」
ミルがふと、口を開いた。彼女の視線の先には綺麗な緑色の薬草が生えている。『傷を治す』薬草は緑色なのが特徴だ。ただ、その色が深い程効果が高い。目の前にぽつんと生えている薬草は純な緑色。つまり、効果は普通程度である。ただし、『傷を治す』薬草がここにぽつんと生えているということは近くに『傷を治す』薬草の群生地があるはずである。その知識があるアウレイアは周囲を探す。すると、斜め右方向に『傷を治す』薬草がぽつぽつと生えていた。
つまり、あのゴブリンがいる辺りに群生地があるに違いない。
「二人とも。ここに薬草が点々と生えている。だからおそらくあちらに群生地があると思うんだけど…」
「なるほど!行こう!」
「ま、待って!」
すぐに足を運ぼうとするオウガストをアウレイアは腕を掴んで止めた。
「どうしたの?アウレイア」
ミルが不思議そうにアウレイアを見つめた。
「いや、その薬草の群生地にはゴブリンが一匹いるみたいだから、心の準備して行かないと。あなたたち、初めて戦うでしょ?」
「「えっ」」
ミルとオウガストは驚いたようにアウレイアを見た。
「あ、アウレイア。ツッコミどころがいっぱいあるんだけど…。取りあえず置いとくね。で、ゴブリンがいるんだよね?どうするの?できるだけ避けた方がいいんじゃないかな?」
ミルがそう言って、別の方向に薬草の群生地がないか探し始めようとする。
「ミラージュ。いずれはゴブリンと戦わなければならない日が来る。その日が早まったところで何かが変わるわけではない。どっちみち、戦わなければいけないんだったら、今、戦ってみてもいいんじゃない?授業で習ったことを実践していこう」
アウレイアにそう言われたミルは嫌々ながらにも頷いた。
こうして、3人は一匹のゴブリンに向かって行った。薬草を、経験を得るために。
実際のゴブリンは緑色の小さな奴で怖いところは釘がいっぱい刺さった棍棒を持っている所だった。ミルは震える手で短剣を握りしめ、きっ、とゴブリンを睨みつけた。隣でもオーガストが同じように剣を握りしめている。その2人の後ろでアウレイアは腕を組んで見守っていた。
戦闘において大事なのは相手の動きをいかに見極めるかである。戦闘しなれた猛者になれば、相手の指や髪の毛の先が一歩でも動けば、相手の動きを把握できる。生憎、ゴブリンには髪の毛は付いていないのだが。
アウレイアはただ、2人を見守っているわけではない。一応、2人に万が一のことがあった場合に備え、魔法を使う準備をしている。
先に動いたのはオーガストだった。剣を右手に持ち、剣先を下に向けながら、ゴブリンへ寄っていく。対するゴブリンは鼻をほじりながら余裕そうな表情で棍棒を構えた。
実の所、学園に通って真面目に授業を受けていればゴブリンはともかく、さらに上の敵ですら倒せるはずだ。学園は貴族に暗殺に対して最低限自衛ができるようにと武術に関して力を入れている。閑話休題。
オーガストはゴブリンに対して剣を振り上げた。ゆっくりと剣筋がゴブリンに近づくと、ゴブリンは棍棒で剣を止めた。カキンと剣と棍棒がぶつかると、静かにそのままゴブリンの持つ棍棒の上部が斜めに切断された。オウガストはそのまま剣を振りぬいた。残念ながら、ゴブリンの肌を刃が掠っただけだが、棍棒のリーチが少なくなったことで怒ったゴブリンが棍棒を振り回しても避けやすくなった。肌を傷つけられたゴブリンは怒ったようにオーガストへターゲットを絞った。要警戒人物としてオーガストを睨む。ただ、そこで勝負は決まった。後ろに回り込んでいたミルが心臓めがけてナイフを持ち攻撃したのだ。心臓を突かれたゴブリンは棍棒を振り上げようとして地に落ちた。そして、核を残して体が消えた。
ミルとオーガストは初めて魔物を倒したにも関わらず、表情は暗かった。いや、初めてだからこそ暗かったのかもしれない。なにかを壊すとき多くの人が初めは罪悪感を感じる。生き物にはそれぞれの生があり、生きる道があった。それを終わらせたのは紛れもない自分たちだ。しかし、魔物は人間に敵対する存在。自分たちが生きるためには出会ったら殺すしかないのだ。
「よし、薬草摘みをしよう。これが薬草だよね?」
だから、アウレイアは魔物を倒したことに対して何か言うわけでもなく、薬草摘みを颯爽と始めた。そんなアウレイアを見て2人ははっとした表情で薬草摘みを始める。アウレイアは薬草を主に効能が良い物を麻袋に詰めて行った。
「こんなものか?」
オーガストが最後に薬草を摘んで、袋に仕舞い込む。ミルが麻袋の数を見て眉を顰める。
「全部摘んじゃダメなの?ちょっと残さなければならないなんて話を聞いた覚えがないんだけど」
そう。実は薬草は疎らであるが群生地と言えるほどの数がまだ地面に生えている。3人はあえて薬草を残して引き上げるのだ。これを提案したのはアウレイアだ。植物も無にふと生まれるものではない。有から有を生み出し、繁栄していくのだ。ここにある薬草も同様のことが言える。このことからアウレイアは薬草を適度に残し、次に見つける人が摘めるようにしておこうということである。自分たちの取り分がその分少なくなるわけだが、別にお金目的で3人は行っているわけがない。本業の冒険者に少し寄付をした。そう考えればいいのではとアウレイアはミルに言った。
「…たしかに。アウレイア、納得した」
ミルはそう言って頷いた。その時、微かに悲鳴が聞こえた。
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